(西から迫る兵火)14
私は驚いた。
お市が尼御前と文の遣り取りをしていた。
しかも、刷り上がったばかりの【鎮西八郎伝奇その二】を贈呈すると言う。
仲が深まっている証だろう。
そんな話、聞いてないよ。
私は思わず側仕えの近藤勇史郎を振り向いた。
「知ってたのか」
「いいえ、初めて聞きました」
近藤は旗本隊の隊長であると同時に大人衆の第三席を兼任していた。
要するに、お偉い地位にあった。
彼が入手する情報に至っては私以上だろう。
お市が私と近藤を交互に見遣って、首を捻った。
「知らんかったん」
「初めて聞いた」
「ええ、某もです。
どの様に遣り取りなさっておいでなのですか」
お市は一旦、天井に視線を向けた。
それから視線を戻すと、ニコッとした。
「秘密だがや、それでええよね」
近くにいた一人が挙動不審な行動をした。
何も言いつけてないの、さも用事が有るかの様に退室したのだ。
猪鹿蝶。
忍びを束ねる猪鹿熊久の娘にして、夫は同僚の沖田蒼次郎。
それを見送りながら、女同士に交流、そう思い、追及しない事にした。
近藤もその様で、話題を変えてくれた。
「そうそう、織田様は如何ですか。
一向一揆には手間取っていると聞いていますが」
お市が首を傾げた。
「よう分らんの。
兄様が私共には教えてくれんの」
妹二人、お絹とお市には心配かけたくないのだろう。
織田家の当面の課題は宗教。
長島の一向一揆と、三河の一向一揆。
共に信徒総代を務めていた国人は討ち取った。
長島の服部友貞。
三河の石川康正。
だからと言って、それで一揆が止んだ訳ではない。
今もって盛んだ。
私は近藤に尋ねた。
「見通しは」
「一向一揆側が根負けするでしょうね」
「根負けか」
「ええ、根負けです」
お市が口にした。
「よう分らん、勇史郎、教えてちょ」
「織田方が、一揆を指揮する国人衆の大方を討ち取ったそうです。
残りは坊主と農民漁民、女子供、砦に籠城するのが精々です」
「それでは、・・・」
「そうです、籠城してもどこからも加勢は来ません。
加勢の当てのない籠城は、籠城とは言えません。
ただの、殻潰しです」
お市は暫し考え、顔を上げた。
「その者達を助ける手立てはにゃーの」
「ありません。
宗教は病なのです。
見たこともない神や仏を信じる病なのです。
放って置くと、心の弱った者に感染するので始末に困ります」
「一体どうせやあええの」
「効く薬がないので、殲滅するしかありません」
「・・・、大変やね」
「それが我等に課せられた責務です。
後世の平和の為に、神や仏の名を騙る者達を殲滅します。
織田様もそのつもりでしょう」
冬も押し迫る頃合い、織田の義兄から書状が来た。
三河の一向一揆を鎮めたと。
一揆に参加した寺全てを破却したとも。
寺領を差し押さえたので、これを屯田の村にするのだそうだ。
長尾家といい、織田家といい、当家を見習い過ぎ。
もともと、双方ともに国人衆や地侍を抱えた国。
軋轢が生まれないか、それが心配だ。
そして正月を過ぎて長島の一向一揆が鎮められた。
三河同様の仕儀と相成った。
一揆に参加した寺は全て破却され、寺領が差し押さえられた。
そしてそれらは屯田の村になった。
義兄からの書状を読んでいると、お絹とお市の姉妹が駆け込んで来た。
「あに様からでや」
私への書状とは別に、妹二人へも文が届けられた。
それの何を騒いでいるのだろう。
「こちらにも来ている、それが何か」
「無心だがやね」
「そうだがやね」
「無心・・・、無心ね」
尾張には、正月前に届く様に、正月用の進物を送った。
なのに、・・・。
「砂糖が不足しそうだで、送って欲しいだがや」
「珈琲紅茶が不足しそうだで、送って欲しいだがや」
義兄は酒より珈琲や紅茶を好む。
だから砂糖も理解できる。
しかし、あんなに大量に正月用の進物を送った。
それをこんな短期間で消費するか。
疑念が、・・・。
正月用に大量に送った進物を、戦の褒賞に転用したのではなかろうか。
義兄だけに、・・・有り得る。
なんて我儘な。
まあ、しょうがないか。
戦勝祝いだ。




