(開演)2
☆
光国の側仕え筆頭・近藤勇史郎は館の奥庭に足を運んだ。
目の前で当主の次男の光国が朝から汗を流していた。
相手をしているのは側仕えの若侍・沖田蒼次郎。
仕えていても沖田は容赦がない。
木刀で打ち込む、打ち込む。
「エイッ、ソリャ」
それを必死で受け流す光国。
光国と木刀が悲鳴を上げ続ける。
「クッ、ウウッ」
付け入る隙を窺っている様だが、反撃するには至らない。
ついに木刀を打ち落とされた。
離れたところに寝転がっていた犬二頭が起き上がった。
一頭が光国の側に身を寄せ、ク~ンと鳴く。
慰めている様にも見えた。
もう一頭は木刀を咥え、光国に歩み寄る。
一頭目が雌犬の花子、二頭目が雄犬の太郎。
光国の愛犬だ。
両者の稽古を見守っていた土方敏三郎が近藤に気付いた。
「城へ向かう刻限ですか」
「そうだ。
皆様方がお集まりだ」
光国は荒い息遣い。
沖田は余裕の表情。
お園が光国に駆け寄り、汗を拭う。
「蒼さんは大人げないですわね」
「私より三つ上だから、元服してもまだ子供」屈託がない光国。
「それは心外ですね」笑顔の沖田。
館の背後の山に明智城。
館は当主が平時の政務を行うものだが、城は違う。
内外に貫目示す為に建てられた。
一方で籠城をも考慮のうち。
その明智城の大広間に主立った者達が集められ、
明智家の去就を決する評定が開かれた。
一段高い上座に当主・明智光綱。
左右の板壁沿いに親族衆、一門衆、土豪衆、地侍衆が序列に従い、
向かい合う様にして腰を下ろしていた。
左列の筆頭は嫡男・光秀。
次席は次男・光国。
右列の筆頭は祖父・光継。
次席は叔父・光安。
美濃国は混乱していた。
切っ掛けを作ったのは現国主・斎藤義龍。
実弟の孫四郎と喜平次を謀をもって殺害した。
これに激怒して挙兵したのが三名の親であり前国主の斎藤道三。
双方が国人衆、土豪衆、地侍衆を味方につけようと躍起になった。
乱世では有りがちな近親者間での醜い争い。
だが、巻き込まれる周囲はたまったものではない。
味方した方が負ければ、そこに付いた家も潰される。
一蓮托生、迷惑な話だ。
美濃の国人である明智家にも双方からの誘いが来た。
共に条件は良い。
けれど勝った場合だ。
安請け合いはできない。
叔父・光安が縁を伝って集めた有力者達の動きを説明した。
優勢なのは現国主の斎藤義龍陣営。
搔き集められる兵力は一万を優に越える。
斎藤道三陣営は後塵を拝していた。
こちらは五千に届かない。
光安が言い切った。
「道三様は勝てません」
誰も何も言わない。
大広間の空気が重い。
私はその訳は知っていた。
家中の者達も全員が知っていた。
祖父・光継が下座を見回して口を開いた。
「ワシへの遠慮はいらん。
明智家が浮くか沈むかの評定だ。
生き残る為にはどうするのか、それを話し合わねばならん」
祖父の娘、私にとっては叔母が斎藤道三の正室なのだ。
当主・明智光綱にとっては妹。
叔父・光安にとっても当然、妹。
側室の子である斎藤義龍よりも身近な存在。
比べ様がない。
比べ様がないが、一点一画も揺るがせぬ現実が目前に迫っていた。
堰を切った様に意見が溢れ出た。
大まかには三つ。
人情から道三につく。
義理から義龍につく。
中立に徹して兵を出さない。