(稲葉山城)6
☆
翌朝、斎藤義龍軍が整然と陣を引き払った。
長良川の浅瀬を渡って北へ向かった。
おそらく私の一言を受けての行動だと思われる。
地理的には先に鷺山城、続けて大桑城だな、多分。
入れ替わるように道三軍と織田軍が義龍軍陣跡に布陣した。
義龍軍の行動が理解し難いのか、何組かの物見を走らせた。
当然、その一隊が稲葉山城門前にも恐る恐る現れ、
門前に掲げられた旗指物に首を傾げていた。
その様子を私は本丸から見下ろして、彼等に同情した。
初めて目にする旗指物の家紋、波紋を広げそう。
どう報告するんだろう。
夕刻、私は大広間の上座に腰を下ろした。
側仕えと大人衆も私を守る為に居並んでいた。
迎える態勢は万全。
下座には会談を申し入れた面々が雁首を揃えていた。
真ん中に道三と近習。
右に織田信長と近習。
左にうちの家族である父、兄、叔父、近習。
割と数が多いが、討ち取るつもりなら一瞬だ。
万一に備えて隣の部屋に腕利きを控えさせていた。
そちらから会談を申し込んだのに礼儀がなっていない。
当初から道三側と明智家側が私を睨んでいた。
それはもう喧嘩腰さ。
頭を下げる気配は微塵もない。
私は彼等の大人げない対応に困った、困った。
織田信長を見遣れば、彼は首を竦め、冷笑を返してきた。
巻き込まれたくない空気感ありあり。
いきなり道三が口火を切った。
「城を返せ」唾を飛ばして怒鳴る。
汚い、汚い。
私は反射的に返した。
「あんまり怒ると額から血が噴き出すよ」自分の額を指差した。
老人特有の額噴火を指摘した。
居並ぶうちの連中は口を手で押さえ、肩をプルプル。
受けて良かった。
反して道三殿は増々怒った。
顔を真っ赤にした。
「ふざけるな、ここはワシの城だ、返せ」手を差し出す。
「その手に稲葉山城は乗りませんよ」
道三の真っ赤な顔が、どす黒くなった。
慌てた近習の一人が道三を制止した。
抱きかかえるようにして宥める。
代わりに父が私に言う。
「光国、ここは道三様のお城だ。
今のうちに素直にお返ししなさい。
そうすれば罰されることもない」
「父上、お尋ねします。
稲葉山城を引き渡すとして、その対価は」
「対価、何を申している」
「ここは義龍殿の城。
その前が道三殿の城。
でも今は私の城。
・・・。
返すなら真っ先に義龍殿にでしょう。
今さら道三殿に引き渡すのは道理に適いません。
どうしてもと言うなら、それ相応の対価が必要です。
苦労して奪ったのですからね」
目の前の面々は全員、ポカ~ン。
理解できないらしい。
だから脳筋の武将は嫌いだ。
でも、流石は我が兄貴、分かってくれたらしい。
光秀兄貴が私に問う。
「金銭で支払えと申すのか」
「そうです。
道三殿は対価に値する領地は持ってないでしょう。
そうなると金銭しかない、子供でもわかるでしょう」
父が怒った。
「結局は銭か、お前と言う奴は」
今まで父が私にここまで怒った事はない。
初めてだ。
従順に矢銭を収めていた頃は喜んで受け取っていたのに。
あ~、いやだ、いやだ。
子供は親の所有物じゃないっちゅうに。
「父上、明智家が今回、貫高以上の兵を出せたのは私の矢銭ですよ。
ことに馬が高かった、分かってますか」
「貴様、親に何という口をきく」