(稲葉山城)4
☆
斎藤義龍は陣頭で双方を見ていた。
右は道三軍、織田軍。
普通に使番を交わし、物見を周辺に発しているが、動く気配はない。
おかしいと言えば城へ使番を発していないこと。
山伝いに発したのであれば、こちらの目に触れないが、
それはないだろう。
こちらも三組の物見を山伝い走らせている。
必ずどこかで会敵するはず。
が、その知らせはない。
左は稲葉山城。
その門前が騒がしくなった。
門前で控えていた使者の従者達が、にわかに立ち上り、隊列をなした。
こちらに戻って来た。
先頭の使者三名の姿を見て安堵した。
陣幕に入って迎えることにした。
義龍は床几に腰を下ろした。
陣卓子の左右には有力な武将達が居並び、
地図を見て何やら話し込んでいた。
簡易な城の周辺絵図。
城攻めの段取りをしているのだろう。
そこへ城へ送り込んだ使者三名が戻って来た。
皆が一斉に立ち上がって迎えた。
義龍は近習に三名に飲み物を与えるように指示した。
正使だった長井が重々しく礼を述べた。
「かたじけない」
「ゆっくりでいいぞ」
喉を潤した長井が口を開いた。
「まずは奥方様やご嫡男様のことです。
お二人はもとより、奥の者達も無事です」
「見たのか」
「はい、奥をそのまま使われており、先方には大切にされています」
「それでは質と言うことか」
「いいえ、先方が申すには、言葉通りに申します。
・・・。
今の義龍君は住む城がないよね。
それじゃ家族が困るよね。
住む城が見つかるまで預かって上げるよ。
住む城が決まったら迎えに来て、引き渡すから。
・・・。
だそうです」
居合わせた武将達がざわめく。
隣と小声で話し合う。
義龍は言葉に窮した。
無償で敵大将の家族を預かり、後に帰すとは。
相手は何を考えているのだろう。
それに子供のような言い方。
首を捻らずを得ない。
「それで先方とは誰だ」
「明智家の次男、明智光国。
元服したてでございます」
居合わせた武将達のざわめくが大きくなった。
「あれか」
「明智家で二三度見かけたな」
「神童とか言われてる、あれか」
「明智印の薬か」
義龍は皆を黙らせ、長井に問う。
「子供か」
「子供です。
されど周りの大人達は一癖も二癖もありそうな連中です」
「たしかあの神童は銭儲けに勤しんでいると聞いた。
その銭にたかった大人達の神輿か」
「そうは見受けられません」
「ほう、そうか。
では、攻めれば落とせるか」
「無理でしょうな。
立て籠る兵は明智家の兵ではなさそうです。
明智家の次男は儲けた銭で多くの流浪の者達を雇い入れ、
働かせていると聞き及んでおります。
城攻めの兵はその銭雇いの者達かと。
今までは、その流浪の者は食い詰め者と思うておりましたが、
どうやら違うておりました。
立ち振る舞いを見るに、戦慣れした者達が多く紛れ込んでおります。
山城や摂津、播磨、あの辺りの訛りも聞こえました。
畿内の戦で主家を失った者達でまず間違いないかと」
日根野も同意した。
「某も同様に見受けました」
氏家が義龍に尋ねた。
「山伝いを調べた物見は」
「一人も帰って来ぬ」
「やはり。
城の中で山窩らしき者達も見かけました」