(稲葉山城)1
☆
斎藤義龍は本陣にいた。
物見や使番から、もたらされる知らせを元に、戦場の把握に務めた。
味方の現状は悪くはなかった。
ただ初日だからか、道三・織田の両軍が健闘していた。
あくまでも健闘だ。
無勢を活かし、機動的に動き回り、こちらの鼻面を引っ搔き回していた。
それも今日限りだ。
明日はこちらの番。
数を活かし、疲れた両軍を捕捉して押し遣る。
地獄まで押し遣る。
もうじき日が暮れる。
双方が矛を収めて陣に引く頃合い。
本陣の大外を巡回している旗本の一人が駆け込んで来た。
微妙そうな顔で報告した。
「稲葉山城から参った者です」
連れて来られた者に見覚えがあった。
直臣ではない。
厩舎で見かけたことがある
足軽ではなかったか。
それにしても、おかしい。
武具を身につけていない。
戦場に平服。
顔色も悪い。
ビクビクしていた。
見兼ねた長井道利が口を出した。
「落ち着け。
落ち着いて話せばいい」
平服の男が慌てて跪いた。
「城が落ちました」早口で言う。
長井が怪訝な顔をした。
「城とは稲葉山城か」
「はい、稲葉山城です」まだ早口。
敵味方問わず、美濃の兵のほとんどが長良川周辺に集まっていた。
そんななか、堅城の稲葉山城が落とされたと。
二千や三千で落とせる城ではない。
どこから湧いた、そんな大兵力。
斎藤義龍は平服の男をジッと観察した。
嘘をついてる気配はない。
しかし、信じられない。
「攻めて来たのは誰だ。
飛騨の兵か、信濃の兵か、それとも三河の兵か」
何れも有り得ないとは頭で分かっていた。
それでも敢えて聞いた。
意外な答えが返ってきた。
「明智家の兵です。
攻めて来た連中がそう教えてくれました」
敵の陣立ては把握していた。
明智家の軍勢は雑兵を含めても六百前後。
貫高からすると精一杯の動員だ。
そしてそれは道三軍の中にいた。
今日の戦でも何度か突出して来た。
平服の男が言い訳のように言う。
「旗指物は白地に赤い桔梗紋が二つ。
あのような図柄の桔梗紋は初めて見ました」
桔梗紋は美濃ではありふれたもの。
美濃国守護・土岐氏が桔梗紋であったことから、
土岐氏の支族の多くも桔梗紋様の図柄を使用していた。
明智家は土岐氏の支族。
赤い桔梗紋二つと言う図柄は見たことも、聞いたこともない。
義龍は首を捻り、長井を見た。
長井は答え代わり首を二度三度、横に振った。
知らないのでは仕方がない。
義龍は肝心のことを尋ねた。
「奥の者達はどうなった」
妻や息子だ。
「申し訳ございません。
持ち場が離れておりましたので、確とはわかりません。
ただ、火は出ておりません」