(開演)11
私が稲葉山城を欲しいと思ったのは、
道三が家督を義龍に譲って隠居した年だ。
城主交代は家臣にも影響を及ぼす。
道三系の家臣が去って義龍系の家臣が新規に入る。
そこに付け込めればと思い、猪鹿虎永に相談した。
聞き終えた猪鹿虎永は笑った。
「あくどいですな。
でも面白い。
試しに手の者を入れてみますか」
地縁血縁のない仕官は無理なので下男下女から始めた。
手始めは城内の人間関係の情報収集。
誰しも付け込む隙はあるもの。
そこから堕とす人間を見定めた。
猪鹿虎永は豪語した。
「銭の力で城を落としてみせます」
内部対立を煽り、都合の悪い奴を追い落とし、
空いた席に買収済みの奴を就ける様に工作した。
そしてその伝手で経歴詐称の甲賀者を仕官させた。
一度成功すれば後は簡単なもの。
次々に仕官させた。
本来であれば斎藤義龍軍を後方より襲うつもりでいた。
この先の浅瀬で道三軍と対峙しているところを奇襲し、
あわよくば義龍の首をと胸算用していた。
駄目でも稲葉山城の攻城戦に参加し、
内部に仕込んだ内応者の手引きで本丸を落とす。
それが変わったのは織田軍の存在だ。
これを活かさない手はない、幸運の女神がそう私に囁いた。
そこへ兄が援軍要請に戻って来た。
これ幸い、私は織田軍が救援に向かっていると漏らした。
幸運の歯車がクルク~ル回った。
戦場が下流に移動した。
天秤が傾いた。
表の我々は経験だけでなく、陽動も兼ねていた。
別動隊が二ついる。
一つは城内の内応者。
数は下男下女も含めて六十。
もう一つは足軽に組み入れてない山窩衆。
数は千。
その山窩衆が山伝いから城に侵入する手筈だ。
頃合い良く、別の場所で法螺貝が吹かれた。
稲葉山城の背後の山からだ。
山窩衆が侵入に成功した。
城内が一気に騒がしくなってきた。
城内の内応者も行動を開始したのだろう。
私は攻撃の懸太鼓を打たせた。
城内も城外も慌ただしくなった。
私は刀を手に立ち上がった。
猪鹿虎永の声が飛んで来た。
「いけません。
大将は本陣でジッとしているものです」
面々が深く頷いた。
側仕え筆頭の近藤勇史郎が私に両手を差し出した。
刀を受け取ると言うのだろう。
「私も初陣を飾りたい」抵抗した。
猪鹿虎永が毅然とした態度で言う。
「駄目です。
若は木っ端侍じゃありません。
立場を弁えてください」
「しかし」
「しかしもかかしも、とにかく駄目です。
陣頭に立つのは武将の役目。
若は大将、大将の役目は本陣にて全体に目配りすることです。
違いますか」畳み掛けてきた。
私はぐうの音も出ない。
言い負かされた。
素直に刀を近藤に渡した。
私が腰を下ろすと長倉金八と斎藤一葉の両名が立ち上がった。
私に正対して片膝ついた。
「これより参ります」
「えっ、どこに」
「城攻めに加わります」
「ええっ、そうなの」
「はい、それでは」
両名は良い笑顔で陣を出て行った。
私は猪鹿虎永を見た。
「あの二人は出陣してもいいのか」
「当然です。
銭雇いがここで働かねば、どこで働くと言うのですか」
う~む。
確かにそうなのだが、う~む。
私の初陣はこれか、これなのか。
叫びたい。