(狸ヶ原)1
この台地は狸ヶ原。
かつて狸が大量発生した事からそう呼ばれていた。
その北側から武田軍が次々に引き返して来た。
後尾の馬場信春が一番手。
歴戦の猛者らしく油断がない。
付け入る隙を与えずに台地北の左側に布陣した。
二番手は内藤昌豊。
これは台地北の右側。
三番手は驚いた事に信玄公の本隊。
台地北の中央の最奥に布陣した。
布陣する様子を芹沢は具に観察した。
武田勢に迷いが見られない。
事前に決められていたかのように動く。
それを見て確信した。
信玄公はここを決戦場と決めている。
それも今日一日で決着を付ける覚悟とみえる。
近藤は軍勢の布陣を終えた。
本隊を台地南の中央最奥に布陣させ、旗印と馬印を掲げた。
当主の代わりに影武者を置き、周囲を槍足軽五百で固めた。
その前には鉄砲隊。
旗本隊の鉄砲足軽千と第十番隊の鉄砲足軽千、合わせて二千。
一組二百五十で八組、八段撃ちの態勢を取らせた。
指揮官は山南。
さらにその前には盾足軽五百。
脚付きの盾を並べさせ、足軽達は射撃の邪魔にならぬように、
盾の陰に控えさせた。
彼等が役に立つのは敵が到達してからだ。
本隊の左には土方の旗本隊三千。
右には美濃与力衆二千と近江与力衆二千。
美濃衆を率いるのは竹中重元。
近江衆を率いるのは藤堂虎高。
共に先見の明で領地を献上し、銭雇いに応じた者だ。
急遽現場で決めた布陣だが明智軍は手間取る事はなかった。
足軽のみとは言え、常備軍であるから急な指示には慣れていた。
混乱一つなく防御陣を組み終えた。
芹沢は武田軍をじっと見据えた。
二万の大軍だから仕方ないとは言え、時間を掛け過ぎていた。
事前に決めていたのなら、もう少し早く終えるべきだ。
これでは明智家の番役方には推挙できない。
二万人頭から百人頭に降格だ。
ようやく武田軍の全容が露わになった。
左の先鋒は馬場信春隊。
左第二陣は真田幸隆隊。
さらに後方には小荷駄隊。
中央先鋒は遠山一族隊。
第二陣は信濃諸将隊。
第三陣は同じく信濃諸将隊。
第四陣は秋山虎繁隊。
そして武田信玄の本隊。
右の先鋒は内藤昌豊隊。
第二陣は一条信龍隊。
第三陣は小畠虎盛隊。
対峙して時間だけが過ぎた。
明智軍に焦りはない。
地元なので日が暮れれば城に戻るだけ。
対する武田軍は事情が違う。
その武田軍から触れの太鼓が打たれた。
攻太鼓だ。
まず中央の先鋒が前進を開始した。
気負っているのか、慎重だ。
弓の間合いで停止すると弓隊が前に出た。
明智軍も応じた。
懸太鼓。
すると左の土方勢から騎馬五百が飛び出した。
弓足軽だ。
巧みな騎乗で敵弓隊の前に躍り出た。
予想外の事に敵弓隊の動きが止まった。
騎乗の弓足軽達は容赦しない。
横隊となり、素早く射た。
連射で敵弓隊を殲滅した。
遠山一族隊は我に返った。
「返り討ちにしろ」
命令と共に軍勢が我先に駆け出した。
ところが明智家の騎馬五百は、用が済んだとばかりに馬頭を返した。
それを執拗に追う遠山一族隊。
失態を挽回するのに必死になり、鉄砲の射程内に入った。
明智軍の鉄砲隊が動いた。
山南の号令で第一組が立ち上がった。
立射。
狙いは遠山一族隊。
「放て」
凄まじい轟音。
一斉に二百五十の筒先が火を噴いた。
終えた第一組は素早く腰を下ろし次弾の用意。
山南が第二組、第三組と次々と指示を下した。
八段撃ちを終えると、射程内に立っている敵兵は皆無。
死体だけが残されていた。
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