(開演)10
☆
私は四千の軍勢を率いて城攻めに赴いた。
目の前に聳え立つのは稲葉山城。
堅城に数えられる一つだ。
城下町に忽然と現れた我が軍勢に誰もが驚いた。
町衆も城兵達も口を大きく開け、目を見開いた。
ここまでは斎藤義龍軍に味方している国人衆の目を掻い潜る為、
軍勢を分散させ、人目の少ない間道や河原を行軍して来た。
無事に来れたのは行程を組んだ者の手柄だ。
偏に猪鹿虎永だろう。
当人は私の傍で笑顔満開。
「若、始めましょうか」
私の合図で旗指物が次々に掲げられた。
白地に赤く浮かび上がる桔梗紋二つ。
私の旗だ。
法螺貝が吹かれ、鬨の声が城下町の空を支配した。
はあ~、テンション上げ上げ。
どっからでも掛かってこんかい。
銭かけてんだ、うちの足軽隊に。
所詮、銭雇いの寄せ集めと馬鹿にされるかも知れない。
しかも今回が初陣、私も軍勢も。
けれど練度には自信がある。
田畑を耕させ、川を浚わせ、木こり仕事で筋力をつけさせた。
合間に槍術、刀術、弓術、盾術、用兵等を学ばせた。
基礎的な連携教練も済ませた。
かつ、鳥獣を狩らせて食わせ、身体も作り変えた。
畿内の戦を経験している者も多い。
そもそもが今の戦の主役は足軽。
数で圧する方が大抵は勝つ。
加えて統率する者が優れていれば万全だ。
私の軍勢は全員足軽で、装備一式は揃えた。
足りないのは経験だけ。
その経験が目の前にぶら下がっていた。
陣太鼓が打たれた。
布陣する備太鼓。
一斉に軍勢が攻撃担当ヵ所へ移動した。
一番隊五百名、隊長は松原忠助。
二番隊五百名、隊長は武田貫太郎。
三番隊五百名、隊長は井上源次郎。
四番隊五百名、隊長は谷三太郎。
五番隊五百名、隊長は藤堂平太。
六番隊五百名、隊長は鈴木幹之助。
普段の仕事振りを見て、統率力のある者を隊長に任じた。
隊長の下には百人頭、五十人頭、十人頭を設け、
命令系統を確たるものにした。
これで戦の前の準備は十全だろう。
私の手元の兵力は千。
小荷駄隊を含めての数で、戦闘に携わるのは五百。
小荷駄隊を背後にして本陣を置いた。
側にいるのは猪鹿虎永を始めとした面々。
側仕えの近藤勇史郎、土方敏三郎、沖田蒼次郎。
銭雇いから側仕えに抜擢した長倉金八、斎藤一葉。
銭雇いから参謀に抜擢した芹沢嘉門、新見金之助。
そして二頭の犬、太郎と花子。
参謀の二人は猪鹿虎永とは旧知の者。
畿内の戦で主家を失って流浪したところに猪鹿虎永が出くわし、
これも縁と銭雇いで声をかけた。
否がなかったので、今ここにいる。
幸いにも二人には文武に加え、謀の才があった。
そこで参謀とした。
「斎藤義龍軍が道三軍、織田軍との戦闘に入りました」
「城の周辺、敵影なし」
「長良川周辺、敵影なし」
「城下町に不審な動きなし」
「社寺の僧兵は武装を解いています」
物見が次々に戻って来た。
それらを聞き終えた私は攻太鼓を打たせた。
一斉に六隊が鬨の声を上げて動いた。
各隊、盾足軽百を先頭に弓足軽二百、槍足軽二百と続いた。
これに城兵が弓で応じた。
各隊は盾の壁で矢を防ぎ、弓足軽を盾の後ろに並べて応戦した。
城からの出撃があれば、槍衾で阻止する構え。
出足は好調。
躓く懸念は見当たらない。
さあ、稲葉山城を頂戴しようか。
せめおとし いなばのうさぎ かわをはぐ。
脳内も絶好調。
かかってこんかい。
いや、攻め込まんかい。