(開演)1
久しぶりに前世の夢をみた。
殺された瞬間だ。
敵魔法部隊の奇襲攻撃を受けた。
反撃も、逃走もできなかった。
一方的な攻撃魔法で仲間もろとも殺された。
その時に受けた背中への攻撃魔法だけは今でも覚えていた。
火魔法、ファイアーボール。
初心者が最初に学ぶ魔法だが、威力から判断すると相手は上級者。
それはそれは痛かった、そして熱かった。
私は国軍では支援部隊にいた。
平時は錬金魔法上級職として武具の開発・製造を行っていた。
戦時になると治癒魔法上級職として部隊に帯同し、
後方にて負傷者の治療・回復に従事した。
まさかその後方で戦死するとは思わなかった。
前世に比べて現世は魔素が少ない。
圧倒的に少ない。
為か、魔法使いが存在しない。
この事実に私は喜んだ。
これで四六時中、周りを警戒する必要がない。
視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五感を鍛え、第六感に従えばいい。
実に簡単だ、たぶん。
館の何時もの朝が始まった。
各所で足音や衣擦れの音。
続けて雨戸を開ける音。
間仕切りを開ける音。
窓の揚戸を押し開ける音。
私の部屋の方へ軽やかな足音が近付いて来た。
聞き慣れた衣擦れの音。
スリスリ、スリスリ。
側仕えの奥女中・お園だ。
部屋の前で足音が止んだ。
「光国様、おはようございます。
起きてらっしゃいますか」
☆
お園は光国の返事を聞いて部屋に入った。
「お目覚めですね」
「丁度ね」眩しい笑顔。
室内は何時ものいい香りがした。
手早く朝の支度を手伝い、最後に髪をすいた。
羨ましいくらいに艶々の総髪。
その総髪を紐で束ね、背中に流した。
お園は生まれた時からずっと光国を見守ってきた。
今年で十三年目。
今や我が子も同然。
可愛くてしかたがない。
頃合いなので部屋の外に向けて軽く咳払いした。
「こほん」
☆
側仕えの若侍・土方敏三郎は部屋の外で控えていた。
咳払いが聞こえたので部屋に入った。
奥女中のお園が髪を束ね終えたところだった。
「おはようございます」
「おはようございます、敏さん」お園は良い笑顔。
「おはよう、今日の予定は」光国が顔を向けてきた。
「昨日、ご説明した通りでございます。
変更は一切ございません」
この家は美濃明智一族の本家。
本家ではあるが、それほど地力はない。
ところが光国が物心ついた頃から様相が変わった。
光国が父母に頼み事をしたのが発端だった。
「薬草園が欲しいです」薬草の本二冊を胸元に抱いていた。
上目遣いで甘える様な仕草だったせいか、即受け入れられた。
当主は城の傍の村に薬草園作りを命じた。
肝心の薬草の取り寄せは出入りの商人。
全て大人が行った。
「そこを耕せ」
「薬草の種をお持ちしました」
「エッサ、ホイサ」
近くで光国様が土を弄っていた。
「いい薬草園にな~れ、いい薬草園にな~れ」
一年もすると村の裏山に広い薬草園が出来上がった。
薬草園を見た光国は喜んだ。
薬草の本を片手に園内を歩いた。
「これ摘んで」
「これも摘んで」
必要とする部位を的確に指示して採取を頼んだ。
葉、花、茎、根、樹皮、果実等々。
採取をするのは村人達。
「プチプチ、ポキポキ、ザックザック」
集めた物は城内に運ばれた。
それを乾燥させて磨り潰すのは光国の側仕えの者達。
「ゴリゴリ、ゴリゴリ」
光国は本片手に、試行錯誤の末、半年で最初の塗り薬を作った。
過程で製薬の道具も作られた。
手足となって働いたのは側仕えの者達と村の鍛冶屋。
「慣れぬ仕事は疲れますな」
「疲れにはこの薬」
光国様が乾燥させられた薬草を弄っていた。
「いい薬にな~れ、いい薬にな~れ」
明智印の服用薬、塗り薬が売り出された。
効果があるので売れに売れた。
それを受けて光国は当主に量産化をお願いした。
当主にとっては願ってもないこと。
即座に量産化を命じた。
村に本格的な工房が建てられた。
同時に人材の登用が行われた。
薬草・製薬に詳しい甲賀忍者の登用。
畿内の山野に縄張りを持つ山窩の登用。
工房内の作業は機密保持の為に光秀の側仕えの者達。
光国は子供だったので見守るだけ。
「みんな、宜しくね」
「ゴリゴリ、ゴリゴリ」
光国様が薬液を掻き混ぜておられた。
「もっともっと薬効あがれ~、もっともっと薬効あがれ~」
銭が集まった、集まった。
それを光国は転がした、転がした。
鍛冶屋を増やして農具を作らせた。
鎌、鉈、斧、鍬、千歯扱き、唐箕、龍骨車、踏車等々。
勿論、武具も。
光国は指示するだけ。
指示を形にするのは鍛冶屋。
両者を繋ぐのは側仕えの者達。
当主は黙認するのみ。
「蔵の床が抜けたか、アッハッハッ」
食事が変わった。
光国は新たに手に入れた本から「医食同源」を指し示し、
肉食を推し進めた。
鳥獣は新たに登用した山窩からの購入。
食肉からの派生で石鹸も作られた。
一方では甲賀忍者の伝手で虫除けのお香や、
香りを楽しむお香が作られた。
【虫除け香】【花香】。
金銭が雪だるま式に膨らんだ。
当主夫妻は顔や髪に艶がでてきた。
「貴方様、蔵が足りませぬよ」
「そうか、蔵を増やせ、増やせ、あっはっは」
☆