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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第一章

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8. 一夜明け

***


「いっ……たぁ」


 見慣れない天井に思わず飛び起きた瞬間、レイラの頭に激痛が走り、悶絶した。

 ずきずきと、まるで割れるように頭が痛い。


 自室ではないここはどこかと、レイラは昨夜の記憶を必死に辿る。


(昨日は昼間からお酒を飲んで、それで…………)


 どうにか思い出そうとしていたところ、視界の隅で何かがもぞっと動いた。

 レイラが視線をそちらに向けると、そこには夫のギルバートが寝ているではないか。


「…………ギ、ギル、」


「ん。起きたかレイラ」



 ギルバートも目を覚まし、半裸の上体を起こした。

 彼がそこにいる衝撃はあまりにも強く、レイラは彼の名前すら最後まで言えない。


「大丈夫か? その、体はきつくないか?」


 レイラの脳内ははてながぐるぐると駆け回り、ギルバートの質問にも受け答えが出来ない。


「……レイラ?」


 何も答えないレイラを心配し、ギルバートが彼女の顔を覗きこむ。

 金色の瞳が近くに迫り、レイラはハッと意識を取り戻す。


「あ、すみません! ……私、部屋に戻ります」


 事態が飲み込めないまま、とりあえずここにいてはいけない気がして、レイラは寝台から慌てて飛び出す。


 が。


 床に一歩踏み出した瞬間、レイラはその場にすとん、としゃがみ込んでしまった。



(……? あれ、なんで……)


 足に力が入らなかった。

 それから腰も痛くて……ふと、足の付け根あたりにも鈍い痛みも感じた。

 普通に生活していれば痛みを感じることのない部分だ。


 その痛みを引き金に、昨夜の記憶がまざまざと蘇る。

 お酒の失態と、ギルバートとの初めての夜。


 顔面蒼白になりながら、恥ずかしさで赤くもなり、レイラの顔色は何やら複雑になる。



「レイラ! 大丈夫か?」


 その場にしゃがみ込んだレイラを見て、ギルバートが慌てて駆け寄った。そしてそのまま、レイラを軽々と抱き上げて寝台に戻した。


「え、あ、あの……」

「無理しなくて良い。必要なものがあれば持って来させる」


 ギルバートが優しく微笑んだ。

 

 レイラはドキッとした。

 彼のそんな微笑みを見たのは初めてだった。


 婚約してからずっと、感情の起伏も表情の変化もなかったから。


 いきなりこんなに優しくされて微笑まれては、気持ちが付いていかない。

 心臓の鼓動がうるさく感じる。


「一応確認なんだが、昨日の事は、」

「あら? 妃殿下……?」


 ギルバートが何かを言いかけたとき、隣の部屋から侍女の声がした。

 きっとレイラの侍女が朝の支度に来たのだ。

 しかしそっちにレイラは寝ていない。


「あ……」

「よい。私が」


 また動こうとしたレイラを、ギルバートが制止した。

 すると、流れる動作で椅子の背もたれにかかっていたローブを羽織りながら、ギルバートはレイラの部屋へと続く扉を開けてそちらの侍女に話しかけた。



「レイラならこちらの部屋にいる。今日は一日休ませるから、顔を洗う水だけ部屋に。……ああ、あと。今朝は部屋で食事を取りたい。私の侍従にも伝えて、二人分の食事を部屋まで運んでくれるか?」

「!?!?」


 ギルバートが現れただけでも驚きなのに、彼の発言はさらに侍女を驚かせる。

 侍女は驚きながらも「かしこまりました」と返事をすると、一目散にレイラの部屋から出て行った。


 それを見届けたギルバートは、クルッと回れ右をしてレイラの待つ寝台に戻る。


「これで問題ない。すぐに侍女が顔を洗う水を持ってきてくれるはずだ」

 そして寝台の脇に腰を落としながら、ギルバートはレイラの手を握って確認する。


「それで昨日のことなんだが……覚えているか?」

「あ……」


 レイラは一瞬考えて、「はい」と短く返事をした。


 自分がお酒を飲みすぎて夜這いしてしまったなんて認めたくはないが。

 体に残る痛みや二日酔いの不快感が、先程蘇った記憶が夢ではないことを物語っていた。


 レイラの返事に、ギルバートからは「そうか」と頷いた。

 妃としてあるまじき行為をしてしまったとレイラは深く反省しているが、ギルバートはなぜか嬉しそうだった。


「どうせ今日は二日酔いで動けないだろう。ゆっくり休めばいい」

「……ありがとうございます」


 失態を責めるどころか体を気遣ってくれるギルバートに、レイラは戸惑いながらも礼を言う。


「それで、今夜また話したいのだが……良いだろうか?」


 ギルバートがレイラの顔色を窺いながら問う。


(ああ、そういうことね。今責められないのは私の体調を気遣った殿下の優しさで、お説教は夜改めて、ということだわ……)


 レイラは悟った。

 そして、神妙な面持ちでそれを承諾した。


「勿論です、殿下」

「良かった。出来るだけ早く帰る」

「はい。お待ちしております」



 ……ギルバートにレイラを責める気は全くなかったのだが、レイラは変な勘違いをしたまま、夜また話す約束をしたのだった。



***


 レイラとまったり朝食を取ってから、ギルバートは獣人のみで編成される騎士団のために用意された訓練場へと向かった。そこは人間の騎士団の訓練場とは別で作られており、皇宮の中でも端に位置していた。


「お、団長。今日は遅かったっすね」


 ギルバートが訓練場に到着するや否や、軽口で声をかけてきたのはギルバートの部下──ユアンだった。ユアンはキリン族の獣人で、視力がずば抜けて良いのが特徴。遠くからギルバートが来るのを発見したため、挨拶に来たのだ。


「え、てか。何かいいことでもありました?」

「何もないが」

「またまたぁー。顔に書いてありますよ?」


 ユアンが揶揄うように指をさしてきて、ギルバートは眉間に皺を寄せた。


 本人はいつも通りのつもりだったのでそんな指摘を受けるとは思わなかったのだ。


 何かあったとすればレイラとの一夜だが……そんな話を部下にするはずがなく。



「……何もない」


 少し間を置いて、やはりそう答えるしかなかった。


「ふぅーん?」


 ユアンは納得いってない様子だが、ギルバートが表情を強張らせたので、追撃はしないことにした。


「ああそうだ。ちょっとお耳に入れておきたいことがあるんす」

「何だ」

「ニギラ村で妙な噂が」

「ニギラ村……? 帝国のはずれにある村だな。たしか獣人も多く住んでいたはず」

「はい。そこで、何人もの獣人が病に倒れ始めているそうで。確かかは分かりませんが、死人も出ているとか」


 ユアンは真剣な顔で言う。


 獣人は、人間よりも病にかかりにくい。

 それなのに、そんな獣人を死まで至らしめる病があるとすれば、相当危険な話だ。


「調査部隊は?」

「すでに派遣済みっす。ただ、ここからだと村まで距離があるので、戻るまで少し時間はかかるかと」

「そうか。何か分かれば報告を」

「はっ」


 このときはまだ分かっていなかった。

 その病は徐々に帝国全土に広がり、多くの死人を出すことに。

 そして、ギルバートもまた、この病の犠牲者となってしまうことに……。

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