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6. 黒に近い、グレー

「そうやってまた私を虐めるのですね」


 ニナが続けた言葉に、レイラは疑問を抱いた。


(……また?)


 レイラにはニナを虐めた覚えがない。

 だから「また」という言葉はおかしい。


(……そもそも、今虐めてると?)


 レイラは獣人への差別発言をしたニナに忠告をしただけ。

 後々外交問題になってはまずいと思って言っただけだ。それは虐めでもなんでもない。


「皇太子妃殿下? 仰っていることがよく、」

「以前学園で、私がアルフレッド様と仲良くしていたときもそうやって虐めましたよね?」



 アルフレッドの名前を聞いた瞬間、レイラの脳内に当時の記憶が鮮明に蘇った。

 まるで死の間際に見る走馬灯のように、あの日の、アルフレッドの誕生日パーティでの会話が思い出される。


 そこで、ニナは言ったのだ。


『レイラ様は私の悪口を言っていました。それに、私と仲良くするとアルノー家が黙っていない、ってクラスメイトを脅していたんです』


 レイラには全く身に覚えのないレイラの悪事を、公衆の面前で。

 レイラにひどいことをされたと、ニナは涙ながらにアルフレッドに訴えていた。



(あの後お兄様にニナの調査を依頼したけど、結局決定的なことは何も分からなかったのよね……)


 頼りにしていた兄のルーファスも、残念ながらニナについてはほとんど情報を掴めなかった。

 ニナの周辺……学園に通う生徒も調べてもらったが、誰も噂の出所ではないという結論。皆、噂を聞いて誰かに話しはしたと言うのだが、その噂がどこから出て来たかを聞くと「知らない」という無責任な回答ばかり。

 ニナの周辺に噂の出所がいないとなれば、ニナ自身が噂の出所であると考えざるをえないのだが、いかんせんそれを裏付ける証拠はなかった。


 ただ言えるのは、ニナがレイラの黒い噂を流すことで、彼女はレイラから皇太子妃の立場を奪えたということ。

 証拠はないが、動機は十分にあった。


 ニナは限りなく黒に近い、グレーな存在。


 皇宮に入っても出来るだけニナには関わらないようにする、とレイラはルーファスと約束をしていた。


(と、いうことをこのタイミングで思い出すなんて……。このところ平和過ぎて忘れていたわ)


「学園でのことは今は関係ありません。私はただ、国の為を思って、」

「そう言って! 国の為だなんて、まるで皇后気取りですね。今もまだ皇太子妃の座を諦めていない証拠です! 私に忠告をして、自分の方が皇太子妃に相応しいと言いたいのでしょう!?」

「いいえ。私は、」

「私は……同じ妃同士、過去は水に流してレイラ様と仲良くしたいと思っているのに……。こんな仕打ちあんまりです」


 レイラに反論や説明をする隙は与えず、一方的にニナが言葉をぶつける。

 どんどん気持ちが昂っていくニナの目には、うるうると涙も溜まってきていた。


 ようやくニナの言葉が止まったときを見計らい、レイラは言葉を選びながら話す。また変な妄想をされないよう、慎重に。


「……誤解がないよう申し上げておきますが、私は皇太子妃の座を狙ってはおりません。今はしっかりと、ギルバート殿下の妻として生きていこうと思っております」

「……本当に?」

「はい」

「ではどうして、お二人はまだ(・・)なのですか?」

「はい?」


 怪訝な顔で突飛なことを聞いてきたニナ。レイラの返事の最後には疑問符が付いた。


 『まだ』とは……。


「ギルバート様とまだ夜を共にしていないと聞きました。それって、アルフレッド様に未練があるからですよね?」


 無垢な顔して、品のないことを。


 さすがのレイラも顔が引き攣る。

 皇太子妃が人の夫婦事情に口を出すなんて、どこまで忠告されたいの、とレイラは心の中でため息をつく。


 その上その理由が「アルフレッドに未練があるから」だなんてニナは本気で思っているのだろうか。だとすれば彼女の妄想力には恐れ入る。


「それは……夫婦間の話ですのでお答えいたしかねますが、皇太子妃殿下が心配されるようなことは何もございませんわ」


 レイラがそう答えると、ニナはむう、っと頬を膨らませる。自分の聞きたい答えが聞けず、怒ったようだ。

 まるでリスを連想させる可愛らしい怒り方だが、それが通用するのは一部の男性くらいなもので、同性のレイラには全く効かない。そんな顔をされてもレイラは答える気にはならない。


 するとレイラは、ニナの後ろに控えていた侍女を見て言う。


「それよりも、後ろの侍女が先ほどから焦っておいでですよ? 何か用があるのではないですか?」

「!」


 レイラに指摘され、ニナは瞬時に振り向いた。確かに、ニナの後ろにいた侍女が何かを言いたげにチラチラとニナを見ている。


「なに?」

「あ、あの……」

「良いから言って」

「申し訳ございません! あの……そろそろ祈りを捧げる時間ですので、その、神殿に……」


「ああ、そうでしたか」


 侍女の言葉を聞き、レイラは明るい声色と笑顔でニナに言う。


「皇太子妃殿下は聖女様ですものね。ぜひたくさん、民のために祈ってきてください」


 この場を退かなければいけない状況になり、ニナは不機嫌さを丸出しにしながら、「失礼します」と言ってレイラの前から去って行った。



「散歩の気分じゃなくなっちゃったわね……。部屋に戻るわ」


 ニナが遠くに消えたのを確認し、レイラは後ろに立っていた侍女にそう伝えて部屋に戻った。その後で、レイラは侍女にお酒を持って来させた。まだ日は高いけれど、久しぶりにお酒が飲みたい気分になったのだ。


(殿下と関係を持ってないことをアルフレッド殿下への未練ととられてしまうなんて……。やはりこの件は早々に解決しないといけなさそうね)


 だが解決しようにも、レイラからは言い出せない。はしたない女だとは思われたくない。


 レイラはグラスに注いだお酒を一杯、もう一杯と飲み続けながら解決する方法を探した。いつの間にか、飲んだ量は彼女の許容量を遥かに超えて。日が沈み夜も更けた頃には、意識が無くなっていた──。

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