64. 悪女には、死がお似合い
そして、処刑の日がやって来た。
騙されたことに憤りを見せる民たちが処刑台の前に集まり、そして、処刑台の上には生気を失ったニナがいる。
全身みすぼらしい姿になり、服は所々血の色が滲み、靴も履いていない足はこの処刑台に歩いてくるまでの間に土で汚れてしまっている。
皇太子妃だったとは思えないまるで落ちぶれた姿に、民はどよめいていた。
「……さすがにアルフレッド殿下はお越しにならないようですね」
周辺を見渡してもアルフレッドの姿がなく、レイラはギルバートに聞いてみた。
「そうだな。アルフレッドはあれ以来、離れから一歩も出ていないらしい。自分の妻に騙されていたのだから無理もないが」
「そうですね……」
アルフレッドが心に負った傷はかなり深いはずだ。処刑台まで来れるほど、まだ回復してなくても無理はない。
処刑執行人は皇帝陛下が務める。
「ニナ・ハーグストン。聖女を騙り、皇子妃を殺そうとした罪は重い。よって、死をもってその罪を償うことを命じる」
兵士がニナを乱暴に突き出せば、民はニナに罵声を浴びせ始める。すると、無反応だったニナはクッと口角を上げて笑い、口を開いた。
「……ほんと、最低ね」
民の声にかき消されてしまうその声を聞き取れたのは、ギルバートたち獣人くらいだろう。
「勝手に聖女に仕立てて崇めたのはあんたたちなのに。偽物だと分かればお払い箱だなんて」
死ぬ間際に言い残すことが、こんな恨み言なのか。
つくづく、なぜ彼女を聖女だと思っていたのかと、ニナの言葉が聞き取れた獣人たちは思う。
「私はただ……家族を守りたかった。そのためなら自分の人生も、他人の命もどうだって良い。いらないのよみんな。みんなみんな。みんな邪魔。邪魔な人たち。消えて欲しかった。みんな消えればいいのに」
「? ギル、彼女何か話してる?」
「ん、ああ……」
ニナの口元が動いているように見えて、レイラはギルバートに確かめた。ギルバートは少しだけ言いにくそうな顔をしたが、レイラに耳打ちをした。ニナが今何を言っているのかを。
「驚いた。反省心は皆無なのね」
「そのようだ」
レイラはそう言いながら、まるでみんなに呪いでもかけるかのような言葉を発していたニナに、悍ましさを感じた。
そして思い出す。
レイラが処刑されたとき、ニナになんて言われたのかを。
「……陛下。少しだけ、彼女と話してもよろしいですか?」
陛下に許しを得て、レイラはニナに近づいて行く。
ニナの横に立つと、ニナはギロリと目をレイラに向けた。憎しみを全てレイラに向けるかのように強い視線だ。
「……私が憎いですか?」
「……」
レイラが軽く問うが、ニナは答えない。
それでもきっと、答えは「憎い」のはず。彼女の目がそう語っている。
レイラはそのまま話を続ける。
「……私もあなたが憎いです。私はあなたに、殺されたから」
「?」
何の話?、とニナは怪訝そうな顔でレイラを見る。
(殺されたのは回帰前の私。今のニナに言っても意味が分からなくて当然だけれど。でも……あの言葉は言い返してあげないと)
「ニナ。あなたにとっておきの言葉があるの」
レイラは一歩前に踏み出して、ニナの耳元で囁いた。
────悪女には、死がお似合いよ。
言われた瞬間、ニナは大きく目を見開いてレイラに襲い掛かろうとしたが、兵士に抑えられた。
「わた、わたし! 私は!!」
「あなたにこそ相応しい言葉でしょう? 民を騙し、私を悪女に仕立てて排除しようとした! 悪女はあなたよ!」
レイラの頭の中には、回帰前に処刑された瞬間が思い出されていた。
やってもいない罪を押し付けられ、無念にもそのまま処刑されたあの瞬間。
処刑される直前にニナに言われた一言。
あのときは言い返せなかったけれど、でもやっと、本物の悪女に言うことができた。レイラは心の底からスッとしただろう。
……レイラがニナから十分に離れたところで、皇帝陛下は命令を下し、ニナの処刑が執行された。
回帰前のレイラと同じく、ニナは絞首刑に処された。
刑執行の瞬間は、罵声を浴びせていた民たちも一瞬にして静まり返り、処刑場は静寂に包まれた。中にはその死に様から目を逸らす者もいた。
しかしレイラは、自分を苦しめた相手の最後を……この戦いの結末を、その目にしっかりと焼き付けていた。
「……最後、なぜあんなことを言ったんだ?」
皆がニナの死の余韻に浸りながら解散していく中で、ギルバートはレイラに質問した。
レイラの声は囁くような小声だったけれど、当然ギルバートの耳には届いていたのだ。
「意地の悪い、女だと思われましたか? 処刑前の彼女に追い討ちをかけるなどと」
「そんなことは思っていない。何となく気になっただけだ。言いたくないならそれで良い」
無理に追及はされなかったけれど、レイラはギルバートに教えた。
「……あの言葉は、私が処刑されるときにニナに言われた言葉なんです。死ぬ間際に」
「……そうだったのか」
ギルバートはただ頷いた。
ニナがどれほど、レイラに対し酷いことを重ねてきたかをある程度知らされてはいたが、最後にそんな言葉まで浴びせていたのかと思うと改めて怒り狂いそうになる。それでも、ニナにその言葉をお返しできたレイラはスッキリした表情をしていて、怒りの矛先となるニナは今しがた死を迎えた。ギルバートはただ頷き、レイラのように心を落ち着けることにしたのだった。
「さ。湿った空気はこれくらいにして、皇子宮に戻りましょうか。仕事は待ってはくれないですからね」
レイラは軽くパンッと両手を合わせ、ギルバートに明るい笑顔を見せた。
たとえそれが罪人でも、見知った人の死は少なからずやるせないものがあるけれど、レイラたちにはやらなければいけないことがある。
ギルバートの皇太子即位に向けた活動だ。
予想通り貴族たちから反対の声が上がっており、現在は陛下やアルノー宰相が時間をかけて説得してくれているところだ。そこに後押しするように、即位前ではあるが、皇太子が担うべき公務を実際にこなすことで、ギルバートがその座に相応しいことを示そうとしていた。
突然降ってきた公務にギルバートは大変そうな顔もしているが、レイラも手を貸すことで対応できているようだ。
二人で協力しながらではあるが、これまでアルフレッドができていなかった公務まで十分に対応する姿を見て、徐々に反対の意見は消えていったのだった。




