56. 内乱と援軍
陛下から全権を与えられたギルバートとレイラは、すぐに行動に移した。
まずはレイラ主導の元、第二弾としてニギラ村へ行く派遣団を結成し、また、それとは別でカルダールまで行き調査を行う派遣団も結成した。加えて、より一層サプレスを量産できるようにと、新たな温室の工事計画を進めていた。
一方のギルバートは、奔走するレイラを支えつつも、陛下に言われた通り早速帝王学も学び始めていた。アルフレッドや皇后陛下に皇位に興味があるなどと変な誤解をされないようにと今まであえて避けてきた分野なので、知識はほぼない。そのため最初はまず基礎を覚えるところからなのだが、ギルバートに素質があるからなのか、彼は講師も驚く早さで一気に教科書を読み進めていた。
「……ふぅ」
レイラは一息吐き出した。
皇帝陛下から賜った責任を果たすべく、そして民の命を守るべく休まず動き続けているが、彼女はまだ病み上がり。体力が回復しきっていない体にこの忙しさは辛いだろう。
そうして、本棚に本をしまいながら思わず漏れ出てしまった小さなため息は、ちょうど部屋に入ってきたギルバートに聞かれてしまった。
「レイラ? 大丈夫か?」
「ギル。すみません、平気ですわ」
「しかし顔色が良くない。少し横に、」
「いいえ。こうしている間にも獣人の命は脅威に晒されているのですから、休んでいる暇はありません」
「だが……」
「失礼します!」
レイラを心配するギルバートの言葉にかぶさるように、ユアンが勢いよく入室してきた。
「大変っす団長!! カルダール……、カルダールで内乱が起きたっす!」
「「!?」」
ユアンの報告に、レイラとギルバートは大きな衝撃を受けた。
「どういうことですか!?」
「あれっす! あの人、グランヴィル公爵が関与していると!」
「公爵が? レイラ。公爵から何か連絡は?」
「いいえ私には何も……」
レイラは愕然とした。
あの温厚で自由に生きる公爵がなぜいきなり?
レイラたちが知っている公爵は、内乱とは無縁の性格だというのに。一体どういうことなのか、全く理解できない。
「ユアン。その情報は確かか?」
「はい。奥方がカルダールに送った派遣団から届いた報告です」
派遣団の中には、獣人騎士団の団員も何名か含まれていた。何かあった時、即座に皇宮に報告できるようにと鳥類の獣人も加えていたので、その団員が至急で情報を届けてくれたのだろう。
それであれば、実際にカルダールの状況を見た騎士団員からの情報なので、恐らくは間違いない。
「そうか。……ではレイラ。私はこの件を陛下に報告に行くが、そなたはどうする?」
「……」
(……どうする? 私はどう動くのが正解?)
レイラはこの後の行動を考える。
今入ってきた情報は、「カルダールでの内乱」と「内乱にグランヴィル公爵が関与している」というもの。
「……殿下。一つ提案があります」
「なんだ?」
「……カルダールに援軍を送れないでしょうか?」
レイラからの突拍子のない提案に、ギルバートは眉根を寄せた。
「グランヴィル公爵への援軍か?」
「そうです。詳しい状況は分かりかねますが、もしかすると公爵は、我々ゼイン帝国のために内乱を起こしたかもしれません」
ネイトからの連絡がない以上推測でしかないが、可能性はある。
「内乱は、自由を好むあの方には不釣り合いです。何か相当大きな理由があったはず。……もし。もしも帝国で伝染病が流行り始めたことを知った公爵がそれを止めるために事を起こしたのだとしたら……」
レイラは考えついた可能性を口にした。
「それは……」
「もしそうだとしたら、我々こそ援軍を送るべきではありませんか?」
レイラからの真剣な眼差しを向けられ、ギルバートは自問する。
レイラの言い分はもっともだが、その可能性に賭けていいのか。元より内乱を画策していて、帝国からの援軍に望みをかけて自分たちに近づいたのではないか。
(……いや、あの人はそんな人じゃないな)
彼が帝国に来たときの言動からは、そんな企みは感じられなかった。それに何より、レイラがこんなにも信頼している人だ。
ギルバートは頭を縦に振り、レイラの提案に乗ることにした。そして即座に、その場にいたユアンに指令を出す。
「では私は陛下に援軍の許可をもらってこよう。ユアン、すぐに団員たちを集めて出発の準備をしておけ。カルダールまで最短で行けるよう空路と陸路両方の隊を編成するからそのつもりで頼む」
「おっ! 了解っす!」
ユアンはビシッと敬礼し、タタッと部屋を後にした。
「陛下から許可をいただけるでしょうか?」
レイラはギルバートに心配そうに尋ねた。
自ら言い出したこととは言え、正直、カルダール内部の状況が不明瞭なまま隣国へ援軍を送ることはかなりの賭けだ。皇帝陛下をそんな賭けに乗らせるのは至難の業である。
しかしギルバートは、軽く笑顔を見せて答えた。
「忘れたのか? 今全権は私の手の中にある。伝染病に関係しているかも、と言えば援軍を送る権利もあることになるのだ」
「!」
「ただ、陛下がどう出るかは分からない。援軍の許可はいただけても、もしかしたらアルフレッドに任せろと言うかもしれないな」
「それは……!」
もしもカルダールの内乱を抑え、その結果ゼイン帝国の伝染病も解決できたとしたら。
皇帝陛下はその偉大な功績を、アルフレッドに与えたいと言い出すかもしれない。
「だがまあ、アルフレッドは前戦に出たことがない。それに、カルダールへは獣人の方が早く到着できる。その辺りを理由に説得を試みようと思う」
「……そうですね。それならば陛下も……」
そこでふと、レイラはあることに気づいた。
援軍を送るということは、ギルバートが騎士団を率いて出兵するということではないか?
……それは彼を、ともすれば命の危険がある場所へ送るということになる。
「ギル……。私あなたを、」
「分かっている」
愛する人を自ら危険な場所へ行かせる提案をしてしまったことに気づいたレイラはギルバートの袖を掴んで謝ろうとしたが、ギルバートはそこに言葉を被せた。
「私は死なない。だから大丈夫だ」
端的だけれど、レイラの心を安心させるには十分な言葉。
そして、レイラの手がギルバートの大きな手に包み込まれるのと同時に、そのままレイラは彼の胸の中に引き込まれた。
少々驚いたけれど、彼の胸元にすっぽりおさまってしまえば、聞こえてくる彼の心臓の音と彼の温もりが、さらに安心を与えてくれる。
「……はい。ご無事を祈っております」
ギルバートの広い胸に抱かれながら、レイラは小さな声でそう答えた。




