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5. 悩みの種

────レイラが皇帝陛下と謁見してから、早いものでもう一年と半年近くが経過していた。


 謁見後、二ヶ月後には両皇子殿下の婚約式が執り行われ、その数ヶ月後にまずは皇太子アルフレッドと聖女ニナの盛大な結婚式を挙げられ、それに続いて第一皇子ギルバートと公爵令嬢レイラの慎ましやかな結婚式が挙げられた。


 ギルバートとの結婚により名をレイラ・ゼインとし、第一皇子の妃となったレイラは、周りから妃殿下と呼ばれながら新しい生活を送っていた。



「妃殿下、今日はいかがなさいますか?」

「そうね……。天気が良いから散歩にでも行こうかしら」

「畏まりました。それでは動きやすいドレスを準備いたします」

「ええ、助かるわ」



 妃殿下となったレイラの生活を言い表すとすれば『悠々自適』が相応しい。


 皇族の妃は、レイラにとって役不足だった。

 元々皇太子妃、ゆくゆくは皇后になるための教育を受けてきたのだから、ただの妃では仕方ないのかもしれないが。


 レイラに代わり皇太子妃となったニナは、聖女の仕事に加えて皇宮管理も任されて手一杯という様子だが、そんな仕事が回ってこないレイラは、毎日時間を持て余している。


 そんな悠々自適の妃殿下となったレイラの一日は、その日の予定を考えるところから始まる。


 今日みたく皇宮内をまったり散歩する日もあれば、時々は街に下りてお茶や買い物を満喫する日もある。はたまた図書館に行って読書を楽しむ日もあれば、日がな一日寝て過ごす日もある。


 勤勉なレイラは最初この生活に戸惑いを見せていたが、時間と共に順応していった。



 ……身支度をして、レイラは皇宮の中庭に出てきた。中庭には薔薇の花が咲き誇っていて、そこを通ると薔薇の香りに癒される。


 自分が悩んでいたことも忘れさせてくれるような、ここはそんな空間で、レイラはこの場所がお気に入りだった。


 レイラの悩みの種とは、夫となったギルバート。

 正確には、ギルバートとの夜の話。


 婚約した時、愛は必要ないと言ったのはレイラだけれど。だけれども……。


 結婚式を挙げたその日の夜、いわゆる初夜に、レイラは待ちぼうけを食らった。

 次の日も、その次の日も。

 待てど暮らせど、ギルバートがレイラの待つ寝室に来ることはなかった。



 つまり二人は、まだ清い関係。



 結婚して一年近く経過した二人がそんな関係であることは、何でも筒抜けになる皇宮では周知の事実。皇子に手を出されない妃なんて、良い笑い種だ。

 たまに社交界に出れば「子供はまだか」など、レイラとギルバートの関係を知ってか知らずか、わざわざそんなことを聞いてくる貴族もいて、そのたびに返しに困ってしまう。



「あ、レイラ様!」


 レイラの名前を呼んだふんわりと甘い声。レイラはすぐにピンと来た。


 呼ばれた方に視線を向ければ、今や皇太子妃殿下となった聖女ニナが立っていた。



「皇太子妃殿下にご挨拶いたします」

「こんにちは」


 形式的な挨拶を送ったレイラに、ニナはにっこり笑って軽い挨拶をした。

 顔に出してはいけないと思いつつ、レイラの眉間がピクリと動く。


 ニナがアルフレッドの婚約者となった当初は、礼儀作法がなってなくてもまだ許容できた。


 平民出身だから仕方ない。

 これから教育を受ければ問題ないだろう、と。


 しかし長い期間を経ても、ニナの立居振る舞いは変わらなかった。実際には、ニナ自身に変えようという気持ちがないようだった。



「今日のご予定は? 相変わらずお暇なんですか?」


 屈託のない笑みを見せながらそんな失礼な質問をしたのはニナだ。


「……そう、ですわね。ギルバート殿下はなんでも一人で出来てしまうので、私の仕事がほとんどないのです」


 レイラはその質問を肯定しつつも、それがギルバート殿下のおかげだとした。夫の株を上げる、良き妻としての模範解答を出す。


「おかげさまで、こうして花を愛でる時間が持てております」

「へえ。素敵ですね。……まあでも、もし私だったら耐えられませんけど」


 レイラの答えはサラッと受け流し、ニナは無邪気な笑顔で辛口な言葉を言い放つ。


「え、だって。ギルバート殿下って獣人ですよね? 獣人とだなんて、私は絶対結婚できません。それにあの黒髪。見ているだけで悍ましくて」


 レイラは自分の両腕を抱きしめて、わざとらしくブルブルと身震いしてみせる。

 さすがのレイラも、それ以上の発言は咄嗟に止めに入った。


「皇太子妃殿下がそのような……。そうでなくてもあなたは聖女様です。差別的な発言はお控えください」

「え? 今の、差別ですか?」


 ニナはきょとんとした顔で首を傾げた。


(本気なの? 本気で、今の発言の危うさに気づいてない?)


「……獣人であることも、黒髪であることも、疎まれる謂れはございませんわ」


 キリッとした表情で、レイラは断言する。


「むしろ私は、彼の黒を美しいと思っております。黒の隊服も含めて。何者にも染まらない、芯の強さを感じますもの」

「それは……建前、ですよね?」

「本音ですわ」

「ふふ。そんなの嘘、」

「恐れながら忠告させていただきます」


 いくら話しても聞く耳を持たない様子のニナに、レイラは語気を強めて言う。



「いずれあなたは、皇太子妃として外交もなさるかと存じます。外国には、獣人が要職に就く国や、中には獣人が国王となっている国もあります。ですからどうか、獣人を真っ向から否定するその姿勢は、今のうちに直しておいてください」



 国内の、仮にも皇族にこの態度では、帝国外の獣人に対しても下手をしかねない。

 もしこれがレイラではなく、国外の貴賓相手だったとしたら。間違いなく外交問題に発展するだろう。


 そう思ったら、口を挟まずにはいられなかった。


 だが、挟むべきではなかったと、直後にレイラは後悔することになる。




「ひどい……」


 ぽそっと小さな声で、ニナはそう呟いた。

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