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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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53. どうか無事で

「妃殿下」

「アリシアさん」


 侍医に診てもらった直後、入れ違うように部屋にアリシアが入ってきた。


「無事意識が戻ったようですね」

「はい。ご心配おかけいたしました」


 レイラが笑顔を見せれば、アリシアは安心した顔を見せる。


 するとすぐに、レイラは侍女を下がらせて、アリシアとギルバートの三人だけで話を始めた。


「回帰の件、アリシアさんから殿下にお話しされたと聞きました」

「! 勝手に私の口から話してしまい、」

「そのことは構いません。今はそれよりも、急ぎ話さないといけないことがあります」


 回帰も含め、レイラが秘密にしていたことをアリシアがギルバートに話してしまったが、レイラはそのことを微塵も気にしていない。いずれは話さなければいけないことだったし、状況が状況だったので致し方なかったと承知している。


 むしろ、話してくれていて助かった。

 おかげでこの後の話が進みやすい。



「聖女毒殺未遂事件は、こんなに早くは起こりませんでした」


 レイラの一言に、ギルバートは「どういうことだ?」と疑問を投げる。


「以前は確か、私が婚約破棄されてから二年足らずでの出来事だったはずです。それが今回は、まだ一年ほどしか経っていません。それに何より、伝染病が流行っていないことが不可解です。回帰前と……状況が違いすぎます」


 レイラは目を細め、眉間に皺を寄せた。

 そして、手元にある布団をググッと掴みながら告げる。


「もしかしたらもう……ニギラ村で伝染病が流行り始めている可能性があります」


 考えたくない可能性。

 しかし、回帰前には毒殺未遂事件よりも前に起こっていた出来事なのだ。事件が前倒しで起こってしまったのであれば、伝染病も前倒しで流行る可能性は十分に考え得る。


 その言葉を聞き、アリシアとギルバートは双方とも目を見開いた。



「ですが妃殿下。その件に動きがあれば、グランヴィル公爵から連絡があるはずでは?」


 アリシアは一つ反論をした。

 伝染病は、カルダール国が新毒をゼイン帝国にばら撒くことで起きる。今回はそれが分かっているから、カルダール側で怪しい動きがあれば報告してもらうようネイトと協定を結んでいたはずだが、現状彼からそんな報告は来ていない。


「それはそうなのですが……。ただ、彼自身が毒の精製に関わっているわけではないため、彼の目をかいくぐり、カルダールが既に毒を撒いている可能性は捨てきれません」


 可能性の域ではあるが、聖女毒殺未遂事件が想定外の時期に起こってしまった以上、レイラたちは最悪の事態に備えて動かなければならない。


「まずはニギラ村の状況を確認するべきです。アリシアさん、ニギラ村とそこに隣接する村に住む獣人をまかなえる分だけ、サプレスの準備をお願いできますか?」

「分かりました」

「私は、信頼できる人間の医師及び研究者を集め、ニギラ村への派遣団を結成させます」

「妃殿下。その団に私も同行させてください」

「!?」


 人間の医師たちを派遣させると言った矢先、獣人であるアリシアが同行を願い出た。もちろん、そんな願いは却下である。


「いけません。獣人であるアリシアさんは、」

「伝染病に罹るかもしれませんね」

「分かっているなら何故、」

「治験が必要です」


 アリシアの視線は真っ直ぐにレイラを貫いた。その瞳から譲らないという強い意志が伝わってくる。


「我々が準備しているのはあくまでサプレスという丸薬であり、それが本当に伝染病に効くかは分かりません。もしそのままでは効果が薄い場合、現地で配合を変えながら新たな薬を作るつもりです」

「薬を作るなら人間の研究者が、」

「この件に一番詳しいのは私です。他の者には任せられません」

「ですが……っ!」


 彼女の言い分はもっともだけれど、そんな許可を簡単には出せるはずがなく。もしサプレスでは効果が薄い場合、その状況でアリシアが伝染病に感染すれば、彼女は死に至るかもしれないのだ。


「……」

「……」


 レイラはどうしてもその先の言葉が出せず、部屋の中に沈黙の時が流れる。そんな中、ギルバートが沈黙を破った。



「アリシア。必ず無事で戻ってこい。……これは、団長命令だ」



『団長命令』


 ギルバートはそう言った。

 騎士団員であるアリシアにとって、団長命令は絶対だ。団長が「無事で戻ってこい」と言ったのだ。何がなんでも、その命令に従わなければならない。


 それは彼なりの、精一杯の送り出しだろう。


「……は!」


 ギルバートの気持ちを汲んだアリシアは、ピシッと返事をして、団長命令を受け取った。


 二人のやり取りを目にして、レイラもアリシアの同行を受け入れるしかなくなった。不本意ではあるけれど、あとは彼女が無事に帰ってくることを願うしかない。


「……分かりました。派遣団への同行を許可します」

「ありがとうございます」


 レイラはため息をついてから、首を縦に振った。


「その代わり、私とも約束してください。……無理はせず、必ず元気な姿で帰ってきてください」

「……はい」





────それから六日後、レイラが結成した派遣団とアリシアは、多くのサプレスと、その原材料である薬草を携えてニギラ村へと出発したのだった。

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