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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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52. 回復

 翌朝、レイラはゆっくりと目を開け、体を起こした。ニナの言う通り、本当に一日で効果が出たようだ。



「……?」


 なんとなくぼんやりする頭を右手で支えながら、レイラは記憶を辿る。


「わた、し……?」


 彼女の記憶は、ある場面で止まっていた。

 そう。ニナの代わりにお茶を飲んだ場面である。


 また、ふと自分の左手に多少の重さを感じて視線を落としてみれば、そこにはギルバートの手がかぶさっていた。

 ギルバート本人は、寝台に突っ伏す形で寝ているようだ。


「ギル……?」


 レイラは徐々に事態を把握していく。


(やっぱりあのお茶に毒が入っていたのね……。私はそれを飲んで倒れて、ギルバートが看病してくれたってことかしら……?)


 俯瞰で見るギルバートの寝顔は綺麗に整っており、無意識に見入ってしまう。

 レイラは自然と、空いていた右手を伸ばしてギルバートの髪に触れる。


 心配をかけてしまっただろうか。


 そんな申し訳ない気持ちを持ちながら、目の前の夫が自分の看病をしてくれただろうことに、少しだけ嬉しさも覚えながら。



 すると、ピクリとギルバートの指が動いた。


「あ」


(いけない。起こしてしまったかしら……)



 むくりと起きたギルバートは、上から見下ろすレイラを見て、目を見開いた。


「レイラ……?」

「おはようございます。もしかして起こしてしま、」


 ガシッ。


「目が覚めたんだな! 具合はどうだ? 気持ち悪かったり、どこか変なところはないか?」


 レイラが言い終える前に、ギルバートはレイラの両腕を掴み、矢継ぎ早に質問を投げる。

 そして、回答を待たずして彼はレイラを抱き寄せた。



「ああ、良かった。本当に……」

「ギ、ギル……?」


 突然の抱擁に、ぱちくりとレイラは瞬きをするが、ギルバートは真剣な様子。

 レイラもそっと彼の背中に腕を伸ばし、彼を抱きしめ返した。



「ご心配おかけしてすみませんでした。私は大丈夫です」


 そう言われて少し安心したのか、ギルバートは胸に抱いていたレイラを解放し、目と目で見つめ合って話をした。


「本当に大丈夫なのだな?」

「はい。少し頭がぼーっとしていますが、他は特に何も」

「そうか。ずっと意識が戻らないから騎士団の皆も心配していたのだ」

「ずっと? 私はそんなに寝ていたのですか?」

「倒れたのは五日前だ。侍医が持ってきた解毒薬を飲ませても全然効かなくてな。当初は皇太子妃に毒を盛った容疑がかけられたんだが……そなたが一向に意識を取り戻さないため、皇太子妃が聖女としてそなたの治癒にあたったのだ。こうして回復したからには、皇太子妃は無罪になるだろう」


 眠っている間に起きた出来事を聞き、レイラは複雑な心境になる。


「そうですか……」


(回帰前の私と同じ立場になったというのに、彼女は無罪を得られるのね……)


 不条理な結果に、レイラは眉根を寄せた。


 死刑を望んでいたわけではないけれど、無罪となると、そう簡単に納得は出来ない。


 そう思っていたところ、ギルバートがレイラの名前を呼び、布団の上に置かれたレイラの手に、彼の大きな手がすっぽりと覆い被さった。



「レイラ。後生だから、もう二度と無茶な真似はしないでほしい」


 ギルバートの切なる願い。

 被さった手からもその想いが伝わってくる。


「アリシアから聞いた」


 回帰のこと。

 伝染病のこと。

 偽の聖女のこと。

 毒殺未遂という冤罪で処刑されたこと。


「全て聞いたのだ。そなたは、毒が入っていると分かっててお茶を飲んだのだろう?」


 ギルバートに何もかも知られているという事実に、レイラはどう反応していいか分からなくなる。


「今後は私がそなたを守る。回帰前の私はそなたを守れなかったようだが、今回は絶対に守ると誓う。私は常に、そなたの味方だ」


 だから。


「もう二度と私に、そなたを失う恐怖を味あわせないでくれ」



 その言葉を聞き、レイラの瞳から涙が溢れる。


「あ……」


 すると、涙は止まることなくぽろぽろと溢れ出し、ギルバートはどうしたのかと慌てる。


「レ、レイラ……!? なんで泣く……!? 私はただ、その……」

「本当は、怖かったんです」


 レイラは涙の理由を説明する。


「死ぬかもしれないって……。でも、飲まなかったらまた処刑されると思って。飲むしかなくて……」


 拭っても拭っても落ちてくる涙。


 処刑を一度経験しているレイラにとって、毒を飲むということは苦渋の選択だった。


 飲まなければ処刑されて死ぬ。

 飲めばまだ、助かる可能性はあるが、死ぬ可能性も高い。


 結果、処刑の恐怖よりは、毒に侵される恐怖を選択したわけだが、それでもかなり怖かったはずだ。


 それをこうして無事に乗り越え、ギルバートから優しい言葉をかけられてしまえば、安堵するに決まっている。

 緊張の糸が解けたために、安堵の涙が止まらなくなってしまったのだ。

 もちろんそこには、ギルバートからの言葉を「嬉しい」と思う気持ちも乗っているだろうが。



「約束します。……もう二度と無茶はしません」


 レイラは止まらない涙を必死に拭いながらも、こくこくと頷いてギルバートと約束をした。


「ああ。必ずだぞ?」

「……はい」


 ギルバートはそう言って念押ししつつ、レイラの目尻にキスをした。そしてゆっくりと唇を離したと思ったら、「しょっぱいな」と口にした。それは紛れもなく、レイラの涙に含まれる塩分を指している。


 自分の涙を舐められるとは思ってもみず、レイラは衝撃のあまり目を見開いて固まっている。


「なっ……なに……」

「ああ、すまない。そなたの涙が綺麗でつい」


(つい!? つい、で涙にキスを!?)


 レイラの記憶が正しければ、ギルバートは女慣れはしていなかったと思うのだがどこでそんな高等技術を?

 そんな不意打ちは、心臓がいくらあっても足りない。


「だが、涙は止まったようだな」

「え」


 レイラが驚いている内に、いつの間にか涙は止まっていた。いわゆるショック療法というのだろうか。


「ほ、ほんとうですね……」


 そんなことしか言えないレイラ。心なしか片言になっている。



 するとそこで、ノック音の後にガチャリと扉が開けられた。


「失礼します。妃殿下のお着替えを……!?」


 侍女がそう言いながら顔を上げた瞬間、起きているレイラと目が合い非常に驚いた顔をする。


「妃殿下……? もしかして意識が……?」

「ああ。ついさっき目が覚めたところだ。すまないが侍医を呼んできてくれるか?」


 ギルバートは侍医を呼んでくるよう頼み、侍女は慌てた様子で部屋を飛び出して行った。

 そうして瞬く間にレイラの回復は知れ渡り、同時に、聖水を使ってレイラを回復させたとして、聖女ニナは無罪放免となったのだった。

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