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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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51. 聖水

***


 重い空気の中、ニナはレイラを診始めた。


 なぜ重いのか。

 それは、ギルバートがニナの背後から睨みを効かせているからだ。


 レイラの部屋に入室を許されたのはニナ一人。

 本来神聖力がそこまで高くないニナでは、毒に苦しむレイラを回復させるなんてことは難しいので、ニナは診るフリをするしかなかった。


 診るフリを続けてる後ろからギルバートに睨まれては、居た堪れなくてしょうがない。



(……っもう。まるで獣のいる檻の中に入れられた気分よ。あんなに睨まなくたって良いのに)



 ニナは内心で、そんな愚痴をこぼしていた。



「……どうだ?」

「!」


 突然声をかけられたことに驚いて、ニナはバッと振り向いた。


「あ、えっと……」

「聖女なら治癒できるのだろう? 早くレイラの意識を戻してくれ」


 彼女が偽の聖女だと知りながら、ギルバートはあえてそんなことを言う。


「それ、は……。レイラ様の体内には複数の毒があるようでして……。その、私の神聖力でも治癒は少し、時間がかかるかと……」


 びくびくしながらニナがそう答えると、ギルバートは「ほう」と小さく返事をした。


『私の神聖力でも』じゃない。

『私の神聖力では』だ。


 彼女の、たかが知れている一般人の神聖力では、治癒は難しいのだろう。


「……まあいい。とにかく治癒を」


 ふいっとギルバートはそっぽを向いて、ニナに何の効果もない治癒を続けるよう指示した。


 重い空気が少しだけ緩和され、ニナは安堵する。そして、ギルバートに言われた通り、レイラに治癒を施しているように見せ続けた。



────ニナが治癒するフリを続けて三日目。


 依然として、レイラの意識は戻っていない。


 何の効果も生まないことは、最初から分かっていた。それでも、自分の無実を証明するためにニナはレイラを診続ける。そしてその際は、彼女がレイラに変なことをしないようギルバートが目を光らせる必要がある。


 ニナを見張るという無駄な時間を費されていることに、ギルバートは苛立ちを覚え始めていた。



「これ以上は無理だ」


 温室で薬草の状態を確認していたアリシアに向かって、ギルバートが話しかけた。


「そうですねえ」


 アリシアは薬草の確認を続けながら相槌を打つ。


「三日経っても目覚めないんだぞ。やはり皇太子妃から解毒薬を、」

「急いては事を仕損じますよ」

「だが、」

「妃殿下を案じているのは分かりますが、皇太子妃に対してはより慎重に動かなくてはいけません」


 尽くアリシアに発言権を奪われ、ギルバートは最後まで言わせてもらえなかった。


「皇太子妃が妃殿下を診ることになった背景には、皇后陛下の進言があったからだと聞いております。敵は皇后陛下まで味方につけているのです。そう簡単には解毒薬を奪えないでしょう」

「なら黙って見ていろと言うのか!」


 ギルバートはぎゅっと拳を握る。

 声を荒げたものの、その声には怒りというよりも悲痛の感情が感じられた。


 それを感じ取ったアリシアは、「いいえまさか」と言ってクスッと笑う。


「奪うのではなく、使わせるのです」

「なに?」

「妃殿下の意識が戻らない現状に、敵も何か策を講じようとしているはずです。なんとかして妃殿下を回復させなければ、皇太子妃は更に窮地に陥りますからね。……ですからもうそろそろ、あちらから動いてくれると思いますよ」


 余裕たっぷりに笑みを浮かべるアリシアに、ギルバートは首を傾げる。

 それを見て、アリシアはもう少し説明を加える。


「もし皇太子妃が『聖水を使いたい』と言ったら、ぜひ使わせてあげてください」

「なに……?」

「偽の聖女に聖水は作れません。彼女が用いる聖水は恐らく、解毒薬でしょう。解毒薬さえ使ってくれれば、妃殿下は目を覚ますはずです。だからもう少しだけ待つのです」

「なるほど……!」


 レイラの回復に希望の光が差し込み、ギルバートの表情がほっと和らいで見えた。



 ……そうしてギルバートが耐え忍んだ数日後、アリシアの言っていた時機が訪れた。


「聖水を使ってもいいでしょうか?」とニナに恐る恐る尋ねられ、ギルバートは一拍置いてから許可を出した。


 ギルバートの内心では嬉しさが溢れていたが、そんな素振りは見せなかった。


 冷静に、ニナを睨む目は緩めずに。


 ニナを疑う側として、そう簡単に許可を出せばそれが何かを知っていると悟られる可能性がある。


 アリシアに注意されたのだ。

 ニナが偽の聖女であることや、毒を用意したのがニナであることを知っていると、相手に悟らせてはいけないと。


 だからギルバートはニナを、ただレイラに毒を盛った容疑者として見ているように動く。

 その観点からいけば、本来ニナが用意したものなんて飲ませたくないが、レイラが目を覚まさないためやむなく、といった感情で許可を出さなければならない。


 ギルバートは終始冷静に、そんな感情を演じていた。



「飲ませるのは私がやろう」


 ギルバートはザッザッと寝台に近づいて行き、レイラの上半身を抱き起こす。

 レイラを自分の胸にもたれかけさせ体勢を安定させたら、ニナが取り出した聖水(もとい解毒薬)の入った小瓶を受け取り、レイラの口元に近づけた。

 そこでピタリと動きを止め、ニナを見て言う。


「ああ、そうだ。これに毒が入ってるなんてことはないだろうな?」

「なっ! あり得ません!!」


 明らかな牽制をぶつけ、ニナの様子を窺うが、嘘はついていないようだ。

 それを見て安心したギルバートは、レイラにそっと小瓶の中身を飲ませる。



 弱々しくも、レイラはそれをこくんと飲んだ。



 レイラが飲んだことをきちんと確認して、ギルバートはゆっくりと彼女をまた寝かせる。


 あとは効くのを待つだけだ。



「……聖水は、どのくらいで効くものなのだ?」

「あ、えっ、と……。たぶん明日には目を覚ますんじゃないかと……」

「そうか……」



 ニナの回答はしどろもどろだったが、ギルバートはそれを信じるしかなかった。



(明日には……。レイラ、早くそなたの笑顔を見せてくれ。早く元気な姿で、また私に笑いかけてくれ。どうか……)



 ギルバートはレイラの手を握り、そう願ったのだった。

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