50. 皇后陛下の提案
「皇后。執務室に来るなんて珍しいではないか。何か用か?」
きらびやかな装いの皇后を執務室に招き入れ、皇帝陛下がその理由を尋ねた。
「お仕事中に申し訳ございません。どうしてもお話したいことがあり、参りました」
艶やかな声で皇后が語る。
「陛下は今、皇太子妃の処遇について悩まれておりませんか?」
「!」
先ほどため息をついたばかりの事案だ。
皇帝陛下は「ああ」と頷く。
「しかし、息子たちの意見が割れていてどちらも一歩も譲らなさそうでな」
「はい。私も聞き及んでおります。そこで陛下に提案がございます」
「提案?」
「……皇太子妃に、皇子妃を診ていただくのはいかがでしょうか」
それは、皇帝陛下もアルノー宰相も考えつかなかった意見だった。
「知っての通り、彼女は聖女です。聖女の力を使って、皇子妃を治癒していただきましょう。もし本当に皇太子妃が毒を盛ったのだとすれば、皇子妃を助ける真似は出来ないはずですもの」
「……レイラの治癒させることで容疑を晴らすということか」
「その通りです。皇子妃が回復さえすれば、第一皇子も怒りは鎮めてくれるかと」
もしそれが可能なら、名案かもしれない。
ただしそれは、ギルバートが許可すればの話だ。
現時点でニナは、毒を盛ったとされる容疑者なのだ。聖女の力に頼るとしても、容疑者であるニナをそう簡単にレイラと会わせてくれるかどうか。
「陛下がご命令くだされば、第一皇子も従うしかありませんわ。皇宮でのこの騒ぎ……これが一番の解決策だと思い、ここまで出向いてきたのです」
皇后は力強く頷き、自分の提案に自信を持っている様子だ。
「うむ……。皇后の意見は分かった。宰相、ギルバートをここに呼んでくれるか」
「畏まりました」
「では私は失礼いたします」
「ああ」
皇后の意見に賛同することにした皇帝陛下は、アルノー宰相に命令をした。
その命令を聞いて安心した皇后は、スッと礼をして部屋を去ったのだった。
***
「あなたの言う通りにしてきたわ。これで良いのね?」
自室に戻った皇后は、部屋の中で待っていた青年に声を掛ける。
「はい。これで聖女様の謹慎は解け、皇太子殿下も落ち着いていただけることでしょう」
その青年とは、神官のソルだった。
先ほど皇后が提案した内容は、面会謝絶となったニナを助けるためにソルが入れ知恵をしたことだったのだ。
皇后は息子であるアルフレッドを誰よりも大事にしている。
ニナに執心過ぎるアルフレッドが、彼女が受けた処遇を前に下手なことをしかねないと危惧していたところ、ソルから良い解決策を聞いたのだ。
満足いく結果となり、ソルも皇后陛下も笑みを浮かべる。
「なら良いわ」
「全ては皇后陛下のおかげです。陛下に進言していただきありがとうございました」
「アルフレッドのためだもの。あれぐらい大したことではないわ。でも、たかだか神官がここまでするなんて意外だったわ。聖女のためと言ったって、神官はこれまで皇宮の出来事には踏み入ってこなかったのに」
「まあ……我々神官の務めは聖女様をお守りすることですので」
皇后陛下が何気なくそう言うと、ソルは当たり障りのない回答をする。何かを含んでいるような笑みを浮かべたソルを見ながらも、神殿のことにそこまでの興味はない皇后陛下は「ふーん」と軽く受け流した。
「じゃあ後はうまくやってちょうだい」
「仰せのままに」
そう言って皇后は、しっしっとソルに向かって手を払い、彼を部屋から追い出したのだった。
***
時を同じくして、皇帝陛下に呼ばれたギルバートが執務室に到着し、ニナがレイラを診るという提案を聞かされていた。
「……そんなこと、受け入れられません」
「そなたの気持ちも分かるが、聖女に対する民心は大きいのだ。どうか分かってくれないか」
予想通りギルバートに断られたものの、皇帝陛下は彼の説得に動く。
しかし、ギルバートはアリシアから偽物の聖女の話を聞かされたところだ。偽物の聖女で、しかも毒を用意した張本人に、どうして大事なレイラの治療を任せられるのか。
(陛下にも話せたらいいのだが……。証拠もなく話せる内容ではないしな)
皇帝陛下の説得も虚しく、ギルバートは首を縦に振りはしなかった。
「はあ。ならば致し方ない。これは命令だギルバート」
「なっ……!」
「命令に従うな?」
説得できれば良かったのだが、頑ななギルバートを見て、皇帝陛下はやむなく命令という形をとった。
父親から息子への提案ならば断れた。
しかし、皇帝陛下から騎士団長への命令となれば、従うしかなくなる。
「ギルバート」
皇帝陛下は念押しするように彼の名前を呼んだ。
名前を呼ばれたギルバートは、グッと眉間に皺を寄せ、この、ままならない状況に顔を歪めた。
「…………命令ならば、仕方ありません」
どうしても嫌そうにしてしまう顔は隠せないが、それでも彼の口からは、皇帝陛下の命令を受け入れる回答が出ていた。
「ただし、レイラと彼女を二人きりにはさせません。必ず私が同席します」
「うむ。それは許可しよう」
受け入れてすぐギルバートは条件を提示したが、それくらいの条件ならばと皇帝陛下は許可をした。
「すまないなギルバート。だが、聖女の力でレイラの意識が戻れば、この件が全て解決するはずなのだ。国のため……分かってくれ」
「……はい」
ニナを無罪放免としようとする気持ちなど、分かりたくもない。
それでも、この国の頂点に立つ皇帝陛下からそう言われてしまえば、せめて口先だけは「はい」と言うしかなかった。
心の中では、ニナに対する負の感情が渦巻いているけれど、それは無理矢理にでも奥底に仕舞い込んで。
ギルバートは静かに頷いたのだった。




