49. 戻らない意識
────それから数時間後。
侍医には皇子宮まで薬を持って来させ、レイラに急いで飲ませたというのに、レイラはまだ目を覚ましていなかった。
「どうなっている!」
「ひっ……!」
ギルバートが吠えれば、侍医は小さく悲鳴を上げて反射的に土下座をする。
「もも、申し訳ございません! あとはもう根気強く解毒薬を飲ませて体内の毒を取り除くしかございません……」
「それにはどのくらいかかるのだ!」
「それは……私どもでもなんとも……」
「なんだと!」
「団長。落ち着いてください」
侍医の首元に噛みつきかねないギルバートを、アリシアがなんとか食い止める。
そしてアリシアは、ギルバートに目配せをした。それは、二人だけで話がしたいという意図だった。
その意図を汲み取ったギルバートは、一旦侍医と侍女を下がらせる。二人きりになった途端に、アリシアは話を始めた。
「……団長。お話が」
「なんだ」
「その前に約束してください。私の話は最後まで聞くと」
「言われなくても」
「団長は先ほどから理性を失っておられるようですので。これから話す内容もまた、あなたを憤らせるようなお話ですから、途中で部屋を飛び出していかないかが気がかりです」
「っ……。分かった。約束しよう」
「はい。くれぐれもお願いしますね」
そんな約束を取り付けてから、アリシアは話し始めた。内容は、レイラの回帰について。アリシアがレイラから聞いた話を、ギルバートに伝えていく。
「……偽物だと!?」
「そうです。皇太子妃は本物の聖女ではないそうです。そして恐らく……いえ。間違いなく、レイラ妃殿下が飲んだ毒を用意したのは皇太子妃です」
回帰という事象を信じるのは容易くないが、それでも、回帰しているのだと言われれば婚約した当時のレイラのあの発言に合点がいくのも事実。
その上で聖女が偽者なのだという爆弾も落とされ、ギルバートの混乱は増していく。それでも、どうにか情報を整理していく。
「ではやはりあの者がレイラを殺そうと、」
「いいえ。皇太子妃は、その毒を自ら飲もうとしていたはずです」
「どういうことだ?」
「レイラ妃殿下の回帰は、聖女毒殺未遂という容疑をかけられて処刑されたタイミングで起こったと言っていました。しかしその容疑はまったくの濡れ衣で、毒殺未遂の容疑をレイラ妃殿下にかけるため、皇太子妃はあえて自ら服毒したとか。つまり毒殺騒ぎは皇太子妃の自作自演となるのですが、そのとき部屋にいたのがお二人だけだったため、毒を盛ったのがレイラ妃殿下であろうという単純な見解がなされたとか」
「そんなことがあり得るのか? そんな……自ら服毒してレイラに罪を着せるなんて……」
ギルバートはギリッと歯を軋ませて、グッと拳を握っていた。まるで、すぐにでも部屋を飛び出して誰かを殴りに行きたい衝動を必死に抑えているようだ。
「毒と一緒に解毒薬も用意しておき、飲んでも死ぬことはないと確信があれば出来るでしょう」
「……一応聞くが、その単純な見解をしたというのは……」
「……ええ。お察しの方ですね」
言わずもがな、この皇宮には、『単純な』という形容詞が似合う男が一人いる。全面的にニナの味方しかしない奴だ。
ギルバートは予想を立てつつも念のため確認してみたのだが、アリシアからは肯定の返事。
ギルバートは小さく「アルフレッドめ……」と苦々しく言葉を漏らした。
「とにかくそういうわけなので、もしレイラ妃殿下の意識が戻らない場合は、皇太子妃が持っているであろう解毒薬をいただくのが良いと思います。……まあ、簡単には出さないでしょうが」
「そうなったら無理矢理にでも奪う」
「どうか冷静なご判断を」
「……善処しよう」
アリシアが念のためギルバートに釘を刺したものの、彼の返事の仕方からして、力の加減ができるかは非常に微妙である。アリシアの口からは思わずため息が漏れていた。
***
「宰相、レイラの容体はどうだ?」
レイラが倒れたと報告を受けた皇帝陛下が、執務室でアルノー宰相に近況を確認した。
「依然、意識が戻っていません」
「解毒薬は飲ませたのだろう?」
「はい。侍医が言うには、あとは薬を飲ませ続けて体から毒が抜け切るのを待つしかないそうです」
「そうか」
ふむ、と目を閉じ、皇帝陛下は頭を抱える。
皇子妃であるレイラが毒を盛られたとあれば皇宮の一大事。本来であれば即刻調査する者を立て犯人を捕らえようと躍起になるところだが、今回はその容疑が皇太子妃のニナにかけられている。しかもニナは聖女だ。公然と聖女を疑えるわけがなく、国としての対応は慎重を期さねばならない。
「……もし。証拠不十分で皇太子妃を無罪としたら、そなたはどう思う?」
もし、なんて言いつつも、皇帝陛下の中ではそれはほぼ決まっていた。それでも聞くのは、アルノー宰相がレイラの父親だからだろうか。
「……どう、答えて欲しいのですか」
娘に毒を盛ったかもしれないニナを不問に付すなんてあり得ないけれど。
アルノー宰相は、皇帝陛下の右腕だ。感情で意見することはできず、いつもなら「お心のままに」と簡単に言える場面。しかし今回ばかりは、賛同しかねるといった態度。
これには皇帝陛下も苦笑するしかない。
「困ったものだな」
できればニナを無罪として何もなかったことにしたいが、毒に倒れているのが皇子妃で、しかもまだ意識が戻っていないくらい重症となると話はそう簡単なものではないのだ。
「アルフレッドはすぐにでもニナの謹慎を解いてほしいと嘆願してきているが、一方ではあのギルバートがいつもの冷静さを欠くほどに怒りを露わにしていたそうじゃないか。双方、妃を大事にするのは良いことだが、まさかこんな状況になるとは」
はあー、と深く重いため息が皇帝陛下の口から漏れ落ちる。
そんな時に丁度良く、執務室にある人が訪ねてきた。
「陛下。皇后陛下がお越しです」




