48. 怒り心頭
「そなたは何者だ! 皇太子妃を疑うなんて不敬であるぞ!」
部屋に入ってきたアルフレッドは、アリシアに憤怒する様子を見せながらニナの肩を抱き寄せ、アリシアを叱責した。
不本意ながら、アリシアは頭を下げて説明をする。
「獣人騎士団所属の医師、アリシアと申します。……恐れながら、私は状況を語っただけでございます。決して、無闇に疑ったわけではございません」
「はんっ! 獣集団の医師ということは兄上の部下だな? レイラに代わってニナを陥れようとは、なんと愚かな!」
(……は?)
頭を下げつつアルフレッドの言葉を聞いていたが、アリシアの優秀な頭脳をもってしても彼の言葉は意味不明だった。
なぜアルフレッドは、レイラがニナを陥れようとしていたという前提で話しているのか。
(……噂通りのぼんくら皇太子ね)
アリシアは平静を装いながら顔を上げ、アルフレッドに問う。
「ではお伺いしますが、もし倒れたのが皇太子妃殿下で、立っているのが皇子妃殿下だったら同じことを言えるのですか? ……その場合でも、皇子妃殿下が毒を混入したのではないと断言できますか?」
「っ……!」
もし立場が逆転していても、同じことが言えるのかという確認だ。簡単な質問だろう。
『言える』と答えるのが正解である。
状況を判断してニナを擁護したのだから、立っているのがレイラだとしても同じ状況ならば擁護する、と言うのが正しいのだ。もし正しく答えたならば、アリシアたちも、アルフレッドのニナに対する擁護を受け入れるしかない。
しかし、馬鹿なアルフレッドには難しい質問だったようだ。彼は、その場にいる全員を騒つかせる答えを出してきた。
「もし同じ状況で倒れたのがニナならば、間違いなくその犯人はレイラだ! 動機だってあるのだ。そんなことが起きればすぐにでもレイラを牢獄に入れてやる!!」
「それは聞き捨てなりませんね」
アルフレッドとアリシアの間に、ギルバートが割って入る。
「今の発言は取り消してください。私の妻ならば毒を入れて当然などと、勝手に彼女を貶めないでいただきたい」
「兄上はレイラの本性を知らないだけです!」
レイラを悪く言われたことに腹を立てたギルバートだが、アルフレッドの言葉はさらに彼を怒らせる。
「レイラは学園にいた頃、平民出身であるニナを嘲笑い、陰ではコソコソとニナの悪口を吹聴していたのです! それに、ニナと仲良くすればアルノー家が黙っていないと脅しまでして、ニナが学園で孤立するよう仕向けたのです!」
「レイラはそんなこといたしません」
「兄上が知らないだけで、あの女は悪、」
ギロリと睨みつけられ、アルフレッドはその後の言葉を口に出せなかった。
「前々から気になっていましたが、殿下はいつまで私の妻を名前で呼ぶおつもりですか?」
「は?」
「今は私の妻です。殿下であろうと、他の男が名前で呼ぶのは良い気がしません」
「え、いや……それは……」
そんなところを注意されるとは思わず、アルフレッドは言葉に詰まる。その間に、ギルバートは話を進める。
「とにかく。殿下は今、人が違えば牢獄に入れると仰いました。それはつまり、状況的には皇太子妃殿下が怪しまれてもおかしくないと認めたということです」
「いやそれは、」
「誰か! 皇太子妃殿下を牢獄にお連れせよ!」
丁寧な口調ながらも、ギルバートは兵士に向かって、ニナを牢獄へ連行するよう命じた。
それを聞いたニナの顔色はさあーっと青ざめ、慌ててアルフレッドに擦り寄り懇願した。
「牢獄なんて嫌です! 私は無実です! アルフレッド様……!」
「大丈夫だニナ。俺がそんなことは許さない」
縋ってきたニナの手を優しく包み込み、アルフレッドは彼女を宥める。
「皇太子である俺の方が立場は上だからな。俺が許可しない限りお前が牢獄に入ることはない」
そう断言したアルフレッドを見上げながら、ニナはホッと安堵していた。しかし、その安らぎは、再び絶望に変わる。
「……では陛下にお決めいただきましょう」
「!」
「陛下は殿下より上ですので、陛下の許可があれば問題ないですよね?」
冷めた眼差しでギルバートはそう言った。
ギルバートからすれば、どう見てもニナがレイラに毒を盛った状況なのだ。例えニナが聖女であろうと関係ない。そう易々とニナへの嫌疑を晴らすことはできない。
「へ……、こんなことに陛下を巻き込むなんて、」
「こんなこと? 皇子妃の命が狙われ、その容疑が聖女であり皇太子妃のその方にかけられているんですよ? 陛下に判断を下してもらっても良いくらい、大事かと」
「う……」
先に立場の話を持ち出したのはアルフレッドである。自分が皇太子だから決める権限があるというのなら、ギルバートはさらに上、言ってしまえばこの帝国の頂点にいる皇帝陛下を味方につけてしまえばいいと思ったのだ。
実際に陛下が味方をしてくれるかは分からないが、この場でアルフレッドを抑え込むには十分だろう。
「陛下と話ができるまで、一旦皇太子妃殿下は自室で謹慎とするのが良いでしょう」
「は」
「扉の前には我が騎士団の騎士を配置しますので、部屋からは一歩も出ないように。また、面会謝絶として誰かがこの部屋に入ることも禁じさせていただきます」
「え」
「それから、レイラはこんなところに寝かせておけないので、私が皇子宮まで連れ帰ります」
アルフレッドやニナはそっちのけでスルスルと話を進めるギルバートは、連れ帰ると言って寝台に横たわっているレイラを抱き抱えて部屋を出て行こうとしたが、目の前にアルフレッドが立ちはだかった。
「兄上、そんな勝手は……!」
「アルフレッド」
ギルバートはいつもアルフレッドを殿下と呼ぶ。兄弟ではあるが、アルフレッドの方が立場が上だから、公の場では敬意を評しているのだ。
しかしここで、ギルバートは珍しく『アルフレッド』と名前を口にした。
「そこを退け」
彼の怒りの沸点はとうに超えていた。
金色に光るギルバートの瞳が、アルフレッドを一蹴する。彼の凄まじい殺気に圧倒され、アルフレッドはやむなく道を譲っていた。
その姿はまるで、狼に睨まれた子犬が尻尾を巻いて逃げるようで、とても惨めであった。




