表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/69

4. 愛のない結婚

***


「出来ました! いつもながらお綺麗です、お嬢様」


 レイラの髪と化粧を仕上げた侍女が、後方から声をかけた。

 レイラは両瞼をゆっくりと上げて、鏡に映る自分を見てにっこりと笑う。満足いく仕上がりのようだ。


「ありがとう。良い出来だわ」


 鏡越しに後方の侍女と目を合わせて簡単に礼を言い、レイラは椅子から立ち上がる。


「もうそろそろかしら?」

「そうですね。確認してまいります」


 レイラが尋ねると、即座に侍女が確認しに部屋から出て行った。



 ……アルフレッドの誕生日パーティから一週間ほどが経ったこの日、レイラは皇宮に出向き、皇帝陛下に謁見することになっていた。新たに婚約する予定のギルバートと共に。

 そのため、ギルバートがアルノー邸まで迎えに来てくれるのを待っていた。


 皇帝陛下への謁見が迫れば、いつも冷静なレイラの顔にも少しずつ緊張の色が見え始めていた。


 アルフレッドに婚約破棄されたレイラに、皇帝陛下はどんな言葉をかけるのか。

 代わって婚約者にと名前が挙がったギルバートとのことも、一体どのように考えているのか。


 答えが出ない問題に悶々としていると、部屋の扉がノックされ、先ほど確認しに行った侍女が戻ってきた。


「失礼します。お嬢様、ギルバート殿下がご到着されました」

「分かったわ」


 レイラは深呼吸をして、ギルバートが待つ馬車へと向かった。


***


 馬車の前には、先日のパーティの時と同じ、黒騎士の姿をしたギルバートが立っていた。


(あそこまで真っ黒だと遠目からでも分かるわね……)


 ギルバートの目の前まで近づいたところで足を止める。


「ギルバート殿下にご挨拶いたします」

「ああ……。手を」


 ギルバートはそっけない返事をしながらレイラに手を差し伸べて、彼女を馬車へとエスコートした。


 レイラが馬車に乗ると、続いてギルバートも乗り込み、二人は対面する形で席に着く。


 馬車が走り出してから数分。

 レイラは当たり障りのない会話を試みた。


「……ギルバート殿下。婚約について陛下と事前にお話をされたりしましたか?」

「いや、何も」

「そうですか。今日は仕事はお休みですか?」

「ああ」


 レイラの試み虚しく、返事は一言だけ。

 これでは会話が続かない。

 

 ギルバートは必要最低限の言葉しか発しない主義なのだろうか。

 それとも、レイラと会話する気がないということなのだろうか。


 もしかして、ギルバートは人間を嫌う獣人?

 弟の婚約者をお下がりされただけでも可哀想なのに、もし嫌いな人間との婚約だとしたら……。

 

 そんな想像ばかりがレイラの頭の中で膨らんでいく。



 無言の馬車はしばらくして皇宮に辿り着き、二人は謁見の間に向かった。

 謁見の間の中に案内されると、皇帝陛下とアルノー宰相が姿を見せた。アルノー宰相はレイラの父である。


「よく来たな、ギルバート。それからレイラも」


「皇帝陛下にご挨拶いたします」

「ご挨拶いたします」


 ギルバートが先に挨拶をして、レイラがそれに続いた。


「堅苦しいのは無しだ。楽にせよ。……先日またアルフレッドが問題を起こしたそうだな。何があったかは聞いた」


 皇帝陛下は頭が痛いといった様子で、頭を抱えながら壇上の椅子に腰掛けた。


「レイラ、それに宰相も。アルフレッドが申し訳ないことをした。しかし……」


 謝りつつも、『しかし』と続いた言葉。


 その先に来る言葉は予想出来ていた。



「アルフレッドの望む通りにさせてくれないだろうか」



 アルフレッドに甘い皇帝陛下。

 アルフレッドの望みは出来る限り叶える。

 今回も漏れなくそういう結論なのだろう。



 ふとレイラが皇帝陛下の後ろに立つアルノー宰相に視線をやると、苦渋の決断だと言いたげな顔をしている。


 父親のそんな顔を見て、レイラは悟った。


 恐らく、この話を皇帝陛下から先に打診されていた父は、散々反対してくれたのだろう。それでも皇帝陛下の意思は固く、父の反対は通らなかった。きっとそういうことだ。


 宰相である父の言葉でも通じなかったのであれば、ここでレイラやギルバートが反対意見を言っても無駄だろう。



「承知いたしました、陛下。アルフレッド殿下との婚約破棄、およびギルバート殿下との婚約を謹んでお受けいたします」


「おお、そうか! さすが宰相の娘だ。物分かりがよく助かるよ」


 レイラの答えを聞き、皇帝陛下は胸を撫で下ろした。


「ギルバートもそれで構わぬな?」

「……はい」


 皇帝陛下は、どうせギルバートは反抗しないだろうと決めてかかる様子で、彼への確認は至って簡素だった。

 それに対するギルバートの返事も『はい』の二文字。


「よし。そうと決まればまずは婚約式だな。宰相、皇子二人の婚約式はまとめて行おう。神殿に良い日取りを確認し、手配を頼む」

「畏まりました」



 ……皇帝陛下への謁見は、ものの数分で終わった。


 予想通りではあるが、正式にギルバートとの婚約が決まったレイラは、あることを考えていた。

 そして馬車へと戻る帰り道。

 周りに誰もいないことを確認して、レイラは少し前を歩いていたギルバートに話しかける。


「……殿下。私は殿下を縛りつけるつもりはございません」


 突然何を言い出したのかと、ギルバートはレイラの方を振り向いた。


「もし殿下に慕う方がいらっしゃるなら、妾としていただいても構いません」

「そんな者はいないが」

「今はおらずとも、いずれ現れるかもしれませんわ。そのときは遠慮なさらないでください」


 レイラは微笑んだ。


(きっと、彼は獣人の女性を愛するはず……)


「ただ一つだけ。表向きは私の、妻としての立場を守っていただけると嬉しいです」


 妾をつくることは許容するが、それで自分が蔑ろにされたくはない。

 ギルバートの将来を慮りながらも、自分の将来も惨めなものにはしないための一言だった。


 ギルバートには突拍子が無さすぎて、よく分からなかった。

 今しがた正式に婚約した相手に「どうぞ妾をつくってください」と言われるとは、夢にも思っていなかっただろう。


「……愛はいらないということか?」

「そう取っていただいて構いません。お互い勝手に決められた結婚ですもの。無理に愛する必要はありませんわ」



 確認のために質問したギルバートだったが、レイラは間髪入れずに返事をした。


 そこに迷いは無い。

 公爵家に生まれた瞬間から、結婚に『愛』を求めるつもりはなかったのだから。



「……分かった」


 ギルバートはじっとレイラを見つめてみるが、彼女の瞳には揺らぎが見られない。

 レイラがそれを望むなら、とギルバートはただレイラの言葉を受け入れたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ