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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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45. 予想外の展開

 ため息混じりに言ったニナを、レイラは睨まずにはいられなかった。


 皇太子妃として最低な発言をしたからだ。


 しかしニナはそんな睨みはものともせず、姿勢はだらんと崩し、ソファの背もたれにもたれかかり始めた。


「馬鹿な彼の婚約者になることは簡単でしたけど、やっぱり公務の場面になると、彼の頭の悪さは邪魔になりますよねえ」


 ニナは首を傾けながら、レイラに同意を求めた。しかし生憎と、レイラは馬鹿ではない。


「……皇太子殿下について、私は何かを言える立場ではございません」


 適当な返事をして同意したととられても面倒になる。レイラは同意も否定もしない方向で返事をした。


「つれないですねえ。元婚約者ではないですか。私よりも長く彼と一緒にいたんですから、分かりますよねえ?」


(元、ね……)


 婚約者の座を奪った張本人から、『元婚約者』と言われるとは。それに先ほどから様子がおかしい。語尾がやたらと伸びていて癪に障る話し方だ。



「分かっているかではなく、お話しする立場にないと申し上げたのです。恐れ入りますがそのような話をするために呼ばれたのであれば私はこれで、」

「では別の話を」


 さっさと話を閉じて帰ろうと思ったレイラだったが、ニナに言葉を遮られた。

 立ち上がりかけたレイラはもう一度ソファに腰を落として、ニナの言葉を待つ。


 ニナはにんまりと口角を上げて言った。



「帳簿の写しを見て、何か分かりましたか?」



 ニナから『帳簿』なんて言葉が出てくるとは予想もしておらず、レイラは少々戸惑った。


「メイズさんから聞きました。最近、レイラ様が帳簿の写しを持っていかれたと。なんでかなあー、と思いまして」


 ニナの話は事実だ。


 レイラはたしかに、財政大臣のメイズから帳簿の写しを手に入れていた。それはニナの動向を探るため。


 回帰前、ニナは神殿に予算を横流ししていた。きっと今回もしているに違いない。


 皇子宮の予算を正しくするために皇太子宮の予算を減らしはしたが、それでもいくらかは神殿に流しているだろうとレイラは読んでいた。


 ニナが皇宮管理をし始めてからの期間を考えて、今帳簿を確認すれば、その証拠を掴めるのではないかと思ったのだ。



「……特に意味はありませんわ。皇子宮と獣人騎士団の管理を任せていただいてますから、他とも比較して問題がないようにと思っただけです」

「なるほど。私はてっきり、またこちらの予算を減らされるのかと思っちゃいました」

「……今は、皇太子宮の予算は毎月ほぼ満額使われてますものね。減らされては困りますか」

「そうなんです! 聖女だから貧しい民の救済をしたいと思うとどうしても出費が増えてしまって」

「……それは、あなたが神殿へ渡しているお金のことでしょうか?」


 レイラは鋭い視線をニナにぶつける。


 まだ言うつもりはなかった。

 今はまだ写しを確認中の段階で、ニナを追い詰めるには証拠が足りない。

 それなのにニナから煽られてしまい、レイラは仕方なくそうお返しした。



「ああ! やっぱり誤解されちゃってますか? あれは違うんです! 私からだと地方の民にまでは行き届かないので、神殿に仲介してもらってるんですよ。神殿なら地方の教会とも繋がりがあるから満遍なく民に行き渡らせられるってソルに教えてもらってそれで……」


(! 神殿への横流しに大義名分を持たせたのね)


 ニナたちの考えは分かったが、そうなると話はより一層難しくなる。

 ニナと神殿の間の金銭の授受が問題ないとなると、今度は、本当に神殿が民に救済を送っているかどうかが問題になるのだ。


(皇宮の帳簿は見れても、神殿の帳簿は見れないわ……。それにもし、わざわざ帳簿を取っていないなんて言われればお手上げになる)



「とにかくそういうことなので、これ以上予算を減らすのは無理なんです!」


 ガタンと机を叩いてニナに前のめりで嘆願され、レイラは気圧されながら頷いた。


「え、ええ……。皇太子宮の予算を減らそうとは思っていないのでご安心ください」


 それを聞いてニナはホッと胸を撫で下ろし、ソファに座り直す。


「はぁ。よかった」



 しかしニナは、「でも」と言葉を続けた。



「ごめんなさい」

「……?」


 ふとニナは立ち上がり、コツコツとヒールを鳴らしてソファの横に歩き出した。


「写しを見て私が神殿にお金を渡している点に目を付けたのはさすがです。まあ、それだけでは何の証拠にもならないでしょうが」


(……なに?)


 ニナの帯びる空気がさあっと闇に染め上げられる。重力が大きくなったのかと思うほどに、レイラは肩をグッと下に押さえつけられる感覚を覚えた。


 空気の変化。


 それは、レイラには身に覚えのある変化だった。


(……この、感覚…………)



「それでもやはり、あなたは私たちの脅威になる。きっと近いうちに私の秘密にも気づくでしょう」



 ……回帰前のあのとき。

 ニナが偽物の聖女だと暴露したときの、重い空気と一緒だ。


 それに気づいた瞬間、レイラの背中を冷や汗が伝う。


 だってあり得ない。

 ニナから暴露されるのはもっと先のはずだ。


 回帰前は、伝染病の治癒をしてほしいと、ギルバートを助けたい一心で皇太子宮を訪れたときに、自分は偽物だから無理だと嘲笑われたのだ。


 でもまだ、この時点ではまだ、ギルバートは病に倒れてはいない。それどころか、伝染病自体が流行ってすらいない。


 なのにどうして、この場面になる?




「……私、本物の聖女じゃないんです」

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