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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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38. 秘密は厳守で

「……失礼ですが、どうしてこの話をアリシアさんや私にしてくれたのですか? こちらとしては大変ありがたいですが、明らかに自国を裏切るお話ですよね? あなたが平和主義だということはアリシアさんからお伺いしましたが、それだけでは少し……」


 少し、信じるのが難しい。

 だから失礼を承知で、レイラはネイトに尋ねた。


 ネイトは真っ直ぐレイラを見つめ返して、躊躇うことなく気持ちを吐き出す。


「戦争は何も生みません。ゼインに勝てたところで、得られるのは勝利の栄誉のみ。そんなものに無理矢理連れ出されて命を賭けなければいけない民はたまったものじゃない。それに、卑怯なやり方も気に入らないんです。隣国の軍事力を減らしたいからって、罪のない獣人を毒で殺すなんて賛同できません」


 無邪気だったネイトが一瞬だけ鋭い表情を見せた。レイラはその一瞬で、彼の瞳から淀みない意志を感じ取った。


「実は今回、放浪の旅と見せかけて、こちらの国で協力者を探そうと思っていたんです。カルダールの企てを頓挫させられる協力者を必要としていました。だから、国境近くのあの村でアリシアに会えたときは、天が俺に味方してくれたと思いましたよ」


 ふっとネイトが笑えば、一瞬鋭くなった空気はまたすぐに和らいだ。


「それに俺、目利きには自信があるんです。伊達に貿易で多くの人と関わってきてないんで。一目見て、アリシアは信頼できると確信しました」


 ネイトにとっては一目惚れみたいなものだったのだろう。そしてアリシアもまた、彼のことは信用できると言っていた。


 レイラは目を閉じて深呼吸をする。

 頭の先からつま先までしっかりと空気を行き渡らせれば、先ほどまで忙しなかった脳内も落ち着いてくる。


 冷静に考えよう。

 目の前にいる彼と、どう関わるべきかを。

 多分もう、答えは出ている。


 結論を出したレイラはゆっくりと目を開ける。澄んだ翡翠色の瞳がネイトを見つめ、そして言葉が紡がれる。


「……グランヴィル公爵」

「はい」

「今回のこと、感謝いたします。そして……私もあなたを信用すると決めました」

「?」

「あなたが今こうして話してくれたように、私からもあなたにあるお話をさせてください。ただしこれから話す内容は全て、絶対に外に漏らさないでいただきたいのです。……お約束いただけますか?」


 絶対に口外しない。

 それが最低限、ネイトにこれから話すための条件だ。


「はい、約束します」


 ネイトは即座にその条件を受け入れた。



 ……そうしてレイラは、アリシアに話したときと同じ内容を、自分が回帰していて、回帰前にゼイン帝国で獣人にだけ罹る伝染病が流行ったことをネイトに伝えた。


 回帰したなんて突拍子もないことなのに、彼は言葉のままを信じてくれたようだ。


「回帰ですか……。ちなみに、何かをした拍子にとかですか? こう、例えば神殿で祈りを捧げていたらとか」

「あ……」


 きっとネイトは純粋な疑問を投げただけ。

 回帰という初めて聞く現象に興味を持っているだけだ。

 その先に、レイラの悲惨な過去が待っているとは露にも思っていない。


「それについては私も聞いたことなかったですね」


 ネイトの話に同調するように、アリシアも言う。

 レイラはアリシアにも、回帰の経緯は話していなかった。


(……処刑されたなんて言ったら、どんな顔をされるかしら)


「そんなに良い話ではないのです。少し、長くなるかもしれませんが……聞いてもらえますか?」


 レイラは笑顔を作りながらそう答え、そしてゆっくりとあの過去を話した。



 自分は処刑されて回帰しているということ。

 かけられた罪は皇太子妃の毒殺未遂だということ。

 しかしそれは濡れ衣で、嵌められたのだということ。


────そして、皇太子妃もとい聖女は、神殿が協力して作り出した偽の聖女だということ。


 偽の聖女では伝染病の治療が出来ず、それを隠すためと……彼女が不正を行っていて、計画の邪魔になる者を消すために、彼女は自ら服毒し、自分は毒殺未遂の罪を着せられて拷問された挙げ句に処刑されたということ。




 どこからどう話せば良いのか、頭を整理しながらレイラは過去を打ち明けた。


 あまりの内容に、ネイトもアリシアも絶句している。


「……ですからどうか、皇太子妃がいるところや神殿の近くでは言動にお気をつけください。もしこちらが偽の聖女の件を知っているとバレたら……いえ、そうでなくても、彼女たちに目をつけられてしまったら、命に危険が及びます」


 脅したいわけではないが、それでも忠告はしておかないといけない。

 レイラは真剣な表情で二人に告げた。



「……このこと、団長は?」

「いいえ。彼は私が回帰していることも知りませんわ」


 アリシアが念のため確認してきたが、レイラは首を横に振る。


「余計な心配をかけたくないのです。それに、将来伝染病で死ぬことになるだなんて本人には言えなくて」


 ギルバートの訃報を聞いた瞬間が、レイラの頭を過ぎる。


 牢獄の中、意識も朦朧としていたけれど。

 兄から聞かされて絶望したあの時は、今でも鮮明に思い出せる。



「妃殿下にこんなに想われている団長が羨ましいですね」

「本日聞いた話は誰にも漏らしませんのでご心配なく。代わりに、俺から聞いた話も秘密厳守でお願いしますね」

「ありがとうございます。はい、勿論約束いたします」


 聞けば、ネイトのゼイン帝国への滞在は、とりあえず今後一週間ほどになるとのこと。

 その後は一度カルダールに帰国し、カルダール内で毒についての情報を探りつつ、こちらとは秘密裏に連絡を取り合う算段らしい。



────こうしてレイラは、とても頼もしい人を新たに味方につけたのだった。

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