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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第一章

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3. 人間と獣人

***


「あのぼんくら皇太子め! 一体どういうつもりなんだ!」


 悪夢のようなパーティから一晩明けて、アルノー邸の応接間で声を荒げたのはレイラの兄──ルーファス・アルノーだった。

 両腕両足を組んで眉間には何重にも皺が寄り、いかにも不機嫌な様子だ。


「落ち着いてくださいお兄様。誰かに聞かれたら不敬罪に問われますわ」


 レイラはルーファスを宥めながら、お茶を飲む。


 ルーファスは昔からレイラを非常に可愛がっていた。今回の婚約破棄騒動を聞き、可愛い妹が辱めを受けたとあって怒りは頂点を通り越している。


「構うもんか! すまないレイラ。俺がその場にいさえすれば……」

「いなくて良かったです。皇太子殿下に掴みかかられでもしたら、お兄様が牢獄に連れて行かれてしまったでしょうから」

「レイラ……!」


 怒りで我を忘れている兄の相手を、レイラは淡々とこなす。


「だがよりにもよってあの獣(・・・)と、」

「お兄様」


 ルーファスが滑らせた言葉をこれ以上言わせまいと、レイラは目を細めて兄を見つめた。

 その視線は、見るものを凍らせてしまうくらい冷たい。


「ギルバート殿下をそのように呼ぶのはおやめ下さい」


 妹に睨みつけられ、ルーファスはクッと喉を鳴らして押し黙る。



「この国では人間と獣人が、対等の立場で共存しています。『獣』という差別的呼び方は好きではありません」


 レイラがスッと視線を落とす。



 この国――ゼイン帝国には『人間』と『獣人』の二種類が存在する。

 獣人はその名の通り獣の血を持つ人間を指す。

 獣といってもその種類はウサギやトラなど様々だ。

 その見た目も多様で、獣同様の耳、尻尾、爪や牙を持つ者もいれば、中には人間と変わらない見た目の者もいる。


 そして、獣人は獣の血のおかげで何かしら能力を持って生まれることが多い。

 ウサギであれば聴力、トラであれば腕力などその獣の特性を持つのだ。


 ゼイン帝国の目下の問題は、人間側と獣人側で派閥が分かれてしまっていることだ。

 人間にとって獣人は畏怖の対象で、獣人にとって人間は自分達を人と認めず差別する嫌悪の対象。


(人間と獣人が手を取ればこの国はさらに強くなるのに……)


 帝国法では、皇位継承権を継げるのは『人間』のみと定められている。

 第一皇子のギルバートに皇位継承権が無いのもこれによるもの。

 元々帝国には人間しかいなかったのだが、いつの頃にか獣人が移住してきたため、昔の皇族がそんな法律を作ってしまった。

 獣人という穢れた血が、血統を重んじる皇族に入らないように、と。


 帝国の頂点にいる皇族が獣人を穢れた血として扱うのだから、国民たちもその考えを持って当たり前だ。

 人間と獣人の仲の悪さは、根が深い。



 それでも昨今では、レイラのように獣人差別を嫌う人間が多少は増えてきているし、その結果獣人と人間で結婚する者も出てきている。


 皇族にもその流れは入ってきており、貴妃であれば獣人でも良いとされ、ギルバートの母親がそれに当たる。

 オオカミ族の村を視察に訪れた皇帝陛下が彼女に一目惚れして皇宮に連れ帰ったというのは、貴族の中では有名な話。



「ギルバート殿下はオオカミの血を引く獣人だぞ? あの黒髪は不吉だろ」

「私は好きですわ、あの黒髪。黒曜石のようで綺麗です」


 黒髪の人間はいない。

 そのため、それだけで獣人であることを示す黒髪は、多くの人間に不吉の象徴と捉えられているのだ。


 しかしレイラには、それが宝石の黒曜石のように美しく見えていた。

 実際、ギルバートは髪色以外に獣の様相はなく、髪色さえ違っていれば彼は美青年として女性人気も高かっただろうと思える容姿だ。

 

「あの見た目だから奴は『黒騎士』という異名もついて、」

「かっこいいですわよね、黒騎士」

「レイラ!」


 自分の発言を悉く論破してくるレイラに、ルーファスがまた声を荒げる。

 声を荒げられてもレイラは物怖じせずにお茶を飲み、ルーファスに言う。


「昨日のパーティで、ギルバート殿下は私を助けてくれました。彼はアルフレッド殿下よりお立場が低い。にも関わらず、私とアルフレッド殿下の間に立ち、私の意見に賛同を示してくれたのです。彼が獣人であるということよりも、彼の持つ優しさを買ってくれませんか?」


 レイラは首を傾げつつ少し上目遣いで兄を見つめる。

 兄に頼み事をするならこの角度で上目遣いが効果抜群、ということが分かっているのだ。


 可愛い妹にそんな風に頼まれては、ルーファスはやむなく折れるしかなかった。


「レイラがそう言うなら、ギルバート殿下のことは認める。……獣と言って悪かった」


 大変不服そうに顔を背けながらではあるが、ルーファスはレイラに謝る。

 しかしルーファスは、だが、と続けた。


「ぼんくら皇太子は許さんからな! 今は宰相補佐だが、俺が宰相になったらあんなやつ、」

「お・に・い・さ・ま?」


 室温が一気に下がる。

 凍てつく空気がレイラから発せられたのだ。

 吹雪のような凍える寒さが突き刺さり、ルーファスは再び口をつぐんだ。


「この際アルフレッド殿下は放っておいてください。……それよりも、一つ頼まれていただけませんか?」


 レイラは再び上目遣いでルーファスを見つめ、お願いをする。


「聖女ニナと、その周りにいる人を調べてほしいのです」

「!」


 その頼みには、ルーファスも驚きを見せた。


 宰相補佐として皇宮のあらゆる部署の人間と仕事をしているルーファスの人脈はかなり広い。公爵家嫡男という立場も利用すれば、帝国内のあらゆる情報を入手できるはず。


 レイラはそう考えてルーファスに話をした。

 だが、ターゲットが聖女となると、その情報はルーファスと言えども一筋縄で手に入れることができない。


 何せ聖女は、神殿という秘密主義集団によって、個人情報のほとんどを秘匿されているのだから。


「昨晩ニナが話した私の悪事は全てでたらめでした。彼女が嘘をついているのか、それとも他に黒幕がいて彼女も騙されているのか、それを知りたいのです」

「周りの人間ならばともかく、聖女様の情報となると容易くはないぞ? 下手をすれば神殿に睨まれる」

「分かっています。ですからお兄様にお願いするのです。誰よりも信用でき、頼れるお兄様に」


 信用できて頼れる、なんて褒め言葉を可愛い妹から貰っては、舞い上がらずにはいられないルーファス。


 胸に拳を当て、自信満々に宣言する。


「よし分かった! この兄がレイラの欲しいものを持ってきてやる!」


 レイラは「ありがとうございます」と笑顔を返し、ルーファスの集める情報を待つことにした。

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