35. 是正しただけ
「皇太子妃殿下はどのように仰っていたのですか?」
「どうだって良いだろう」
「よくありませんわ。皇太子妃殿下との認識が合っていないのならば、そこから正さなければなりませんもの」
「……ニナは、レイラが怖くて応じるしかなかったと言っていた。でも自分が不甲斐ないせいもあるから俺はこの件に口出し無用で、レイラのことも責めないでほしいと言われた」
「口出し無用と?」
「そうだ。でもニナが悲しんでいるのに黙って見てなどいられるものか。どうせお前は自分の金を増やすために予算増額を願い出たんだろう? だから予算を元に、」
「それは出来ませんわね」
アルフレッドの言い分がおかし過ぎて、どこから突っ込むべきかとレイラは考えあぐねる。
元凶はニナにあるのだろうが、彼女の演技にまんまと騙されているアルフレッドは滑稽そのもの。
しかもレイラの予算是正を私利私欲のためと決めつけて。増えた予算で彼女が何を行ったのか、それくらいは確認してから意見してほしいものだ。
「いただいた予算は、すでに獣人騎士団の人員を増やすことに使っております。残りの分も、私個人のためではなく皇子宮の運営に役立てるつもりです。ですので、元に戻すことは出来ません」
「なに、」
「殿下。殿下は『是正』という言葉をご存知ですか?」
突然、帝国語の問題である。
「『是正』。悪い点を改めて正しくすることを言います」
「それがどうした」
「私は『是正』したに過ぎません。……百歩譲って、皇太子妃殿下が私を恐れて応じるしかなかったとしても、私は誤っていた予算配分を正しただけ。非難される謂れも、またそれを元に戻して再び悪しき点を作るつもりもありませんわ」
ぼんくら皇太子のアルフレッドではぐうの音も出ないほどに、レイラの言い分は正しい。
が、それが分かる彼ではないのが悲しいところ。
「それが正しい数字だと何故言える!」
「予算の資料をご確認ください」
「そんなもの、お前にとって都合の良い数字なだけで、」
「文句は一度ご確認いただいてからお願いします」
「なんだと、」
アルフレッドが怒りで席から立ち上がろうとした時、部屋の扉がノックされた。
「くそっ!」
邪魔が入ったことに腹を立てるアルフレッドは、豪快に靴音を鳴らしながら入り口に向かう。
「なんだ!」
怒りのままアルフレッドが扉を開けると、そこにはアルノー宰相が立っていた。
(……お父様?)
「お取込み中、失礼いたします。陛下がお呼びでございます」
「陛下が? 会う約束はしていなかったと思うが」
「予期せぬお客様がお越しになっておりまして、殿下にもご挨拶いただきたいとのことです」
「客……?」
「はい。詳しいことは後ほど。とにかく急ぎ、私と来ていただけますか?」
「ああ、分かった」
さすがのアルフレッドも、アルノー宰相を前にして少しだけ気が削がれてしまったようだ。
宰相と話し終えると、くるりと振り返り、レイラを部屋から追い出した。
「殿下? あの……」
「これ以上話しても埒が明かない。予算のことはもう一度考えろ。考えが変わったら話を聞いてやる」
潔いほどの上から目線。
皇太子だからレイラより上位ではあるけれど、予算を決める権利を握っているのはレイラだというのに。
「…………承知しました」
言い返したい気持ちを押し殺し、レイラはただそう返事をした。考え直すつもりはこれっぽっちもないが、とりあえずこの場を畳みたかった。
そしてレイラは礼をして、皇太子宮を後にした。
***
(でも、予期せぬ客って誰かしら……)
アルノー宰相がアルフレッドに言っていた。
皇太子が挨拶に行かなければいけないくらいの人。貴賓だとすれば、約束もなく皇宮に来ることは考えにくいのだが。
それに、レイラの記憶では回帰前のこの時期、皇宮に目立った客の出入りはなかったはず。
(ただ皇子妃の私まで話が入らなかっただけかしら……?)
「妃殿下!」
レイラが考え事をしながら歩いていると、ふと後方から呼びかけられ、レイラは足を止めて振り返る。
するとそこには、久しぶりに見る人が立っていた。
「あ……アリシアさん?」
「はい。先ほど戻って参りました」
「そうなんですね。お元気そうで何よりです」
二ヶ月ぶりに、アリシアが皇宮に帰ってきた。
見たところ特に変わった様子もなく、レイラは笑顔でアリシアを迎え入れた。
「妃殿下、今お時間ありますでしょうか? 休暇中にあったことをお話ししたいのですが」
「!」
伝染病が発生したとされるニギラ村。
アリシアはそこに予定を延ばしてまで居続けた。
帰って早々話したいということは、伝染病について何か手がかりを掴めたということだろう。
レイラは驚きつつ、はい、と答えてアリシアと共に研究所に足を運んだ。
……研究所に着くと、アリシアが早速本題に入った。
「率直に申し上げまして、今回のニギラ村行きは成功でした」
「……と、言うと?」
「伝染病の治療薬を作れるかもしれません」
「本当ですか!?」
アリシアからの報告は予想以上に良いもので、レイラは思わず声を上げてしまった。
「はい。ただ、まだ断定はできません。気になることを聞きまして、その話が本当なら、恐らく治療薬も作れると思っています」
まだ可能性の段階だとしても、その言葉はレイラにどれほどの喜びを与えることか。
ギルバート含め、未来に失われてしまう多くの獣人の命を救えるのだから。
「気になることとは?」
「……カルダールです」
「カルダール……? ニギラ村と隣接している国ね。たしかうちとは敵対関係にあったはず。でも、軍事力はうちの方が遥かに上だからあちらから攻められることはなく、今は冷戦状態だったかしら」
「その通りです。伝染病は、そのカルダールが我が国の軍事力を減らすために仕掛けたことかもしれません」




