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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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32. 湧き出る感情

***


「ギル、話があります」

「ん?」

「皇宮管理について、皇子宮と獣人騎士団の管理は今後私が行うことになりました」


 夜。

 レイラの部屋にやって来たギルバートに、レイラは報告をした。


「皇后陛下には承認をもらい、本日、予算増額の話も皇太子妃殿下とまとめてきました」

「ほう」


 その報告に、ギルバートも少し驚いた表情を見せる。


「手始めに獣人騎士団に料理係と洗濯係を配置しようかと思いますが、いかがでしょうか?」

「料理と洗濯?」

「はい。獣人騎士団では騎士の皆さんが交代でやっていらっしゃるでしょう? 正直、そういったものは料理人や侍女に任せるべきです。増えた予算で、皇宮で働く人の中から適した人物を選任して騎士団に配置しようと思っています」

「それはありがたい。団員たちも皆喜ぶだろう」

「皆さんには訓練に集中していただきたいですからね。それでは二、三日中に手配いたします」

「分かった」


 レイラの行動力に恐れ入りつつ、ギルバートはただ頷いた。


「それから皇子宮の予算も増えたのですが、ギルは何か困っていることはありませんか? 侍従が足りないなどあればそちらも合わせて手配いたしますが」

「いや。私は特に困っていないから、レイラの好きに使ってくれて構わない」

「そうですか……」


 レイラは皇子宮の予算の使い道は決めかねていた。

 皇太子宮との差異があまりにも大きいことに違和感を覚えて予算増額を求めたものの、元の予算で不足があったわけではないからだ。

 手っ取り早く使うには皇子宮の人を増やしたり、あとは身の回りの物を揃えたりすることだろうが……ソルの言葉が彼女の頭に躊躇いを生む。


 下手に華美なドレスを新調したりすれば、元の予算で買った物だとしてもあることないこと噂されてしまうのが目に見えている。


 レイラ自身が何かを言われる分には気にしないつもりでも、ギルバートまで周りから非難されるのではと心配がよぎる。


「レイラ。困ったことがあればすぐに言うんだぞ?」

「あ、はい……」


 少し陰ったレイラの顔を見つめて、ギルバートが優しい言葉をかけた。


「そう言えば、今度アリシアがニギラ村という国境近くの村に行くらしい」

「!」

「研究したいことがあるとかで、一ヶ月ほど休暇申請をもらった」


 それはレイラも聞いていなかったことだ。

 伝染病を調査するため、ニギラ村に行くしかないか、とこぼしてはいたものの、もう日程まで決めていたのは予想外だった。


「いつからですか?」

「明後日からだ」

「そんな急な……!」


 もしかしたら同行できないかと思ったレイラだったが、明後日からでは手配が間に合わない。皇子妃という立場が歯がゆい。


「私もやけに急だなとは思ったが、アリシアはずっと休みも取っていなかったからな。良い機会だと思って承認した」

「そうですか……」

「ところで、ニギラ村には何かあるのか?」


 ギルバートからの素朴な疑問だった。


 観光するところではないし、帝国のはずれに位置する変哲のない村だ。そこに向かう人は滅多にいない。

 まして「研究のため」と言われると、余計に疑問に思ってしまう。


 最近研究所に入り浸っているレイラなら何か知っているのではないかというギルバートの読みである。


 しかし、レイラは何も答えられない。


「……私も、分かりませんわ」

「そうか」


 レイラは笑顔で知らないふりをして、ギルバートもそれを受け入れた。


(ごめんなさいギル。あなたにはまだ……)


「今日はもう寝よう。おやすみレイラ」

「お休みなさい」


 ギルバートはレイラの額に優しく口付けをして、そして二人は眠りについた。


***


 翌朝、レイラはアリシアの元を訪れた。

 

「アリシアさん。どうして一人で、」

「どうしてって……妃殿下は皇宮から離れられないでしょう?」


 ニギラ村行きを一人で決めてしまったアリシアに理由を聞こうとしたところ、被せるようにアリシアからは質問が返ってきた。


「結婚早々いきなり皇宮の外へ行かれる妃なんて聞いたことがありません。そうでなくても、外出の許可を取るには時間がかかるでしょうし。それなら私一人でさくっと行ってしまおうと思った次第です」


 彼女の言うことは至極当然で、レイラは何も言い返せない。


「それは……そうですが……」

「それに、妃殿下が一ヶ月も留守にするとなったら、団長が拗ねてしまいますよ」


 アリシアはくすくすと笑いながら、レイラをからかうようなことを言う。


「ギルは拗ねたりなんか」

「あらそんな。団長はああ見えて実は、」

「アリシア!」


 レイラとアリシアが二人で話しているところに割って入ってきたのは、わなわなと震えているギルバートだった。


「あら団長」

「今何を……」

「え? ああ、団長は実は、」

「いや言うな!! 言わなくて良い!!」


 よく見れば、耳が赤い。

 彼が恥ずかしくなるようなよっぽどのことを、アリシアは知っているということか。


「まあ」


 そんなギルバートを見てアリシアは微笑む。


(また、だ)


 レイラは少しだけ視線を落とした。

 二人のやり取りを、真正面から見たくなくて。

 羨ましい……とも何か違うようなそんな感情が彼女の中に湧き出ていた。

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