29. 改めて初夜を
ユアンが喜んでいたところで、食堂にアリシアがやってきた。
「戻られたんですね」
「はい。また潜っていたようで。一人にしてすみませんでした、アルノーさん」
「いいえ、私は大丈夫です」
数時間前に意識が潜ってしまったアリシアが、ようやく意識を取り戻して食堂に来たようだ。
「それにしてもいい匂い。これをアルノーさんが作ったなんてすごいですね」
「ありがとうございます。アリシアさんも召し上がられますか?」
「ええぜひ」
「分かりました。すぐに持ってきます」
アリシアが流れるように席に着くと、レイラがまた厨房に料理を取りにいき、アリシアの目の前に並べた。彼女は一口食べただけで、目を見開いて美味しそうな顔をする。
「とても美味しいです」
「ありがとうございます」
「こんな素敵な女性と結婚出来るなんて、ほんと団長は幸せ者ですねえ」
「……」
アリシアはふふ、と笑いながらギルバートに話を振ったが、ギルバートは黙々とご飯を食べ続けていた。
「ところで、先日のデートはどうだったんですか?」
「んぐっ」
ギルバートが答えてくれないので話を変えたアリシアだったが、まさかの話題にギルバートが咽せてしまう。
「ごほっ。ごほっ……」
「そう言えば聞いていなかったなあと」
満面の笑みのアリシアは、ギルバートのことをからかっていることが一目瞭然だった。
「どこに行かれたのですか?」
「……」
「あら、答えてくれないつもりですか? つれないですね」
つれない、と悲しそうな表情をしつつ、それでもアリシアからは楽しそうな空気が出ている。
からかわれているのが分かっているから、ギルバートは何も答えないのだろう。
「ふーん。まあ団長が答えないならアルノーさんに聞くだけです」
「は」
「どうでしたか、アルノーさん。どんなデートでした?」
「あ、えっと……」
答えようとしないギルバートを身限り、アリシアはずずいとレイラとの距離を詰める。
しかし、それを見たギルバートがアリシアを睨みながらレイラの言葉を止める。
「レイラ。何も言わなくていいからな」
「あら団長。いつの間に名前で呼ぶ仲に?」
アリシアに情報を与えまいとしたギルバートだったが、無意識に読んだ名前の呼び方にまアリシアが反応してしまった。
「いや、これは……」
「うふふ」
(なんかギル、アリシアさんの前だといつもと違う……?)
図書館で会った時もそうだった。
彼は第一皇子として常に毅然な態度を取るはずなのに。アリシアと話す時は、アリシアに翻弄されているというか、頭が上がらないというか……気を許しているというか。
まるで自分が知らない彼を見せられているみたいで、レイラの心にはもやっとした感情が生まれる。だが、その感情について深く考える隙もなく、もう遅いからとギルバートがレイラを邸宅まで送ることになった。
いつの間にやらギルバートのお皿は綺麗に完食されていて、一刻も早くアリシアから逃げたいのだな、と彼の心は誰が見ても明らかだった。
「アルノーさん。今度また、お話ししましょうね」
そんなギルバートを微笑ましく見つめながら、アリシアはレイラに手を振って。そして団員たちに見送られながら、レイラは帰路へと着いたのだった。
────それから、数ヶ月。
あっという間に、レイラとギルバートが結婚する日を迎えた。
そうは言っても、この数週間前に皇太子であるアルフレッドがニナとの結婚式を盛大に行ったばかり。
ギルバートは第一皇子ではあるが、今日の式は質素だった。人によっては、皇太子に予算を使い果たされてしまったのだなと思ってしまうくらいに。
アルノー家が支援すると言い出していたものの、それはレイラが断っていた。
(そもそも派手なパーティなんかは好きじゃないもの。それに、規模が小さい分挨拶回りも楽に済んだから良かったわ)
『質素』と言えば聞こえが悪いが、良く言えば『慎ましやか』。
レイラはそんなことを脳内で考えていた。
そして、本題についても考える。
結婚式当日の夜。
つまり初夜。
夫婦が初めて同じ寝台で寝る夜。
それが本題だ。
(私としては初めてじゃないけど、この体では初めてだし……。それに)
一番気がかりなのは、ギルバートが部屋に来てくれるかどうか。
前回の初夜は一人ぼっちだった。
そしてその後も長い間、ギルバートがレイラの部屋を訪れることはなかった。そのせいで不本意な噂も流されたりもした。
(今回は大丈夫だと思っているけど、やっぱり不安だわ……)
緊張と不安の波が押し寄せ、レイラの顔は強張っていく。
その時、ガチャリという音がして、扉が開いた。開いたのは、廊下側の扉ではなく部屋続きの扉。その奥から、パジャマ姿のギルバートが出てきた。
「ギル……」
(来てくれた……)
不安な気持ちが緩和され、レイラはホッとした表情をする。
「どうした? 待たせてしまったか?」
「いいえ、ただ……」
レイラの様子を不思議に思ったギルバートが、寝台に座るレイラの隣に腰掛けて心配そうにする。
「ただ?」
「あなたとこの日を迎えられたことを嬉しく思っただけです」
レイラは、にこりと笑ってギルバートを見た。
満面の笑みを向けられたギルバートは唾をごくりと飲み込んだ。
目の前にいる花嫁が、あまりにも美しくて。
ギルバートはスッとレイラの頬に手を添えて……彼女の唇にキスをした。
ほんの少し触れるだけの優しいキスだった。
顔を離すと、レイラは照れた仕草をして、その仕草がさらにギルバートの欲を掻き立てる。
しかしギルバートはそのまま倒れ込みはせず、レイラを見つめて話しにくそうに言い出した。
「レイラ、私はそなたにまだ話していないことがある」
レイラは何の話か分からず、きょとんとする。
「その、今は人間の姿だが実は……」
「!」
その前置きだけで、ギルバートが何を話そうとしているかレイラには察しがついた。
(確か興奮すると獣の姿になるっていう……)
「えっとだな……。そなたを驚かせてしまうと思うが……」
眉間に皺を寄せ、いつまでも言いづらそうにするギルバートを見て、レイラはくすっと笑う。
「ギル。大丈夫です」
そう言いながらレイラは手を伸ばし、ギルバートの手に優しく覆い被せる。
「あなたの全てを見せてください。どんな姿でもあなたはあなたです」
自分が言いたいことが分かったのかと、ギルバートは目を見開いて驚いた様子だ。しかしすぐ、険しかった表情も和らぎ、微笑みを見せる。そして彼は、ありがとう、と呟いた。
それから二人は流れるように寝台に倒れ込み、幸せな初夜を過ごしたのだった────。




