28. 美味しい手料理
「さてと」
食堂に到着したレイラは、まずは冷蔵庫の中を見てみた。
「ここは野菜で……お肉はこっち? うん、食材はありそうだわ。あとは何を作るか……」
誰もいないからか、レイラは気兼ねせず一人ぶつぶつと口に出す。
そして数秒後、頭の中で献立を立てたレイラは、よし、と意気込んで料理を始めた。
────その日の夜。
「はあ。腹減ったなあ……」
「さすがに今日は疲れたな」
全身泥まみれになった団員たちが、ぞろぞろと帰ってきた。
道を埋め尽くした土砂を退ける作業を終えて、皆疲れ果てた様子である。
「今日の夕食当番って誰だっけ?」
「あ、それなら大丈夫っす! ある人にお願いしたんで」
「ある人?」
団員の一人が夕食の話を出したところで、ユアンがふふん、と胸を張ってそう言った。
団員たちは不思議な顔をしたが、すぐにその答えは目の前に現れた。
「あ、おかえりなさいませ」
食堂の一席に座っていたレイラが立ち上がり、団員たちを出迎えた。
「え……」
「あの方は……」
レイラの姿に、ざわつく団員たち。
「皆さん、お疲れさまでございました。夕食の用意は出来てますので、もしすぐ食べられるようであればお出ししますが、いかがいたしますか?」
「レイラ?」
集団の奥から、レイラの名前が呼ばれた。
レイラをそう呼べるのは、この獣人騎士団には一人だけ。ギルバートだ。
「何故レイラがここにいるのだ? それに、夕食だと?」
団員たちが横にはけ、その間からギルバートが前進して行く。レイラの姿をハッキリと確認し、何を言っているのかと問う。
ギルバートの驚きと怪訝な表情を見て、レイラは不安そうに答える。
「え……と、ユアンさんと話して私が夕食を」
「ユアン?」
名前を聞いた瞬間、ギルバートは反射的にユアンを睨みつけた。
しかし、すぐにレイラが補足する。
「あ、違います。私から何か手伝えないかって聞いたんです。ユアンさんは何も悪くありません」
「いやしかし……」
「殿下。お話は夕食を食べながらにしませんか?」
まだ何か言いたげなギルバートに対し、レイラは先に夕食を出そうと言った。
彼の後ろにいた団員たちが、疲労困憊に見えたからだ。早く席に座らせてあげたかったのだ。
「む。……分かった。何か手伝うか?」
「大丈夫です。殿下も座って待っててください」
レイラはギルバートや団員たちに席についてもらい、用意した夕食を取りに厨房へ行った。
それからすぐ、綺麗に盛り付けられた夕食が、団員たちに振る舞われた。
「え、すご」
「うま〜」
「こんなご飯が食べられるなんて!」
お腹が空いていた団員たちはがっつくように食らいつき、全員が称賛の声を上げた。
レイラはその様子を見てホッと胸を撫で下ろす。
「うまいっす奥方! さすがっす!」
レイラの隣に座っていたユアンが、屈託ない笑顔でレイラに言う。
「ありがとうございます。殿下はどうですか? お口に合いますか?」
「……ああ、問題ない」
「良かったです」
ギルバートにも美味しく食べてもらえたようで、レイラは笑顔をこぼす。
「しかしこれは、そなたが作ったのか?」
「はい」
「料理をしたことがあるのか?」
ギルバートは疑問に思った。
貴族は料理なんてしないからだ。
通常であれば、料理人を雇って作らせる。
公爵家であるレイラも、例外とは思えない。
「……母が、教えてくれました」
ギルバートが何を思っているかを察したレイラは、自分で料理ができる理由を話し始めた。
「母は昔からお菓子作りが好きだったらしくて、その延長線上で料理も始めたそうです。結婚後、一度だけのつもりで父に料理を振る舞ってみたところ父もそれを気に入って、今でもたまに家族の食卓に母の料理が並びます。私はそんな母から料理を教わったのです」
「お母上が……」
「まあ私の場合は嫁ぎ先が皇族ですので、披露する場もないだろうと思っていましたが。まさかこんな風に機会が訪れるとは思いませんでした」
皇族の料理は完璧な食材と完璧な料理人によって作られて、しっかりと毒見もされる。
貴族の妻が夫に手料理を振る舞うのとは比べ物にならないくらい、それは厳重に管理されるはずだ。
だからレイラは、こうしてギルバートに手料理を振る舞えたことを、少しだけ嬉しく思っていた。両親のような夫婦に、近づけたような気がしたから。
「そうか。こんなに美味しいなら毎日でも食べたいな」
「!」
ギルバートがポロッとこぼした一言に、レイラは照れて頬を赤く染めた。
(好きな人に美味しいって言ってもらえるとこんな気持ちになれるのね……)
「あ、じゃあ! これって俺のおかげっすよね?」
「は?」
「俺が奥方に夕食の用意を頼んだから、こうして団長が奥方の手料理を食べれたんすよ?」
「それは結果論だろう。レイラがお母上から料理を習っていたから良いものの、そうでなければ彼女を困らせることになっていたんだぞ」
「いやいや。アルノー家のお嬢さんですし、そこは侍女なり料理人なりに頼んで用意できるかなって思ってたんすよ。困らせるなんてとんでもない!」
ユアンがギルバートに、褒めて褒めてと言わんばかりの姿勢を見せるが、ギルバートはそれを却下する。しかしユアンは一歩も引かず、自分の手柄だと言い張る。
「たしかに。ユアンさんからは『用意して』と言われただけで、『作って』とは言われてませんでしたわ」
そこにレイラが加勢した。
レイラに加勢されては、ギルバートはユアンの言い分を認めるしかない。
ぐ、と眉間に皺を寄せながら「分かった」とギルバートは言った。
「不本意ではあるが、今回のことはユアンのおかげとしておこう」
棒読みだし表情は固いしで、全く褒められてる気はしないだろうが、ユアンはそんなことは気にせずただその言葉に喜びを見せていた。
「あら、アルノーさんには勝てないようですね。団長」
「アリシア」
「アリシアさん!」




