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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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22. 図書館での出会い

 ある日、レイラは帝都にある図書館を訪れていた。多くの本が所蔵されているそこは、調べ物には最適の場所だ。


 お目当ては、伝染病についての本。


 遠くない未来、帝国で流行る伝染病。

 それは獣人にのみうつり、夫となるギルバートの命も奪う凶悪な病。


 再びそんな病を流行らせないために、レイラは伝染病について調べ始めていたのだ。


(……とは言え私はその分野について詳しくないし、素人が本を読み漁るだけではやっぱり……)


 図書館にある本をひたすら手に取り読んでいたものの、限界を感じていた。


 レイラが持っている情報は少ない。

 発症すれば発熱する、なんて風邪と同じ所見では何の役にも立たない。


 せめて、どうして獣人にだけ罹るのかが分かればいいのだが、本を読むだけでそれが分かるなら苦労はしないというもので。


(お兄様に頼る……? でもニナの件で調査をお願いしてるし、これ以上説明もなしに伝染病の件も協力してほしいなんて言えないわ……)


 宰相補佐のルーファスにこれ以上のお願いはさすがに気が引けてしまい、レイラはその線を一旦除外した。


 ルーファス以外に誰か、事情は聞かずに協力してくれる伝染病に詳しい人。


 ……そんな奇特な人がいたら手を挙げて欲しい。


 レイラは為す術のない現実に落胆し、はあ、とため息をこぼす。



「伝染病?」


 ふと、レイラの頭上から声がした。

 顔を上げれば、見知らぬ女性が立っている。

 にっこりと微笑む、物腰柔らかな貴婦人だ。


「……?」

「伝染病の本ばかりでしょう? ご興味が?」

「……えっと」


 伝染病について聞かれていることにも、いきなり話しかけられたことにも驚いて、レイラはうまく返答できない。


 レイラが困惑していることに気づいたのか、その女性は自己紹介をしてくれた。


「いきなり話しかけてすみません。私はアリシアと言います。ギルバート団長の騎士団に所属しています」


 どこのご婦人かと思ったのに、まさかギルバートの部下とは。失礼かもしれないが、その様相は全く騎士には見えないのだが。


 とりあえずレイラは立ち上がり、図書館内なので静かに挨拶を返した。


「はじめまして、レイラ・アルノーと申します」

「ええ、存じております。あの団長と婚約されるとか」


 ふふふ、とアリシアが優雅に笑う。


「あの団長?」

「はい。あの、堅物で無口で面白さのかけらもない団長です」


 顔は笑っているのにいきなり辛辣な言い口だ。


「本当によろしいのですか? 団長は女心も知らないですし、あなたのような可愛らしいお嬢さんにはもっと素敵な殿方がいらっしゃると思いますよ?」


 部下だというのに、アリシアは無遠慮に上司であるギルバートを悪く言う。


「それにあなたは人間でしょう? 獣人の団長と結婚できるのですか?」


 アリシアの質問はまだ続いていた。

 今度は人間と獣人であることを引き合いに出される。



「……私は、」

「なーんて!」


 レイラが反論しようとしたところ、アリシアは空気を変えた。


「ごめんなさい、今のは冗談よ」


 は?、とレイラは心の中で言葉を吐く。

 アリシアがけろっとした様子で説明した。


「私はウサギ族の獣人なので、耳が良いんです。以前あなたと団長が皇宮でされた会話を聞いていたので、団長との婚約をどう思っているかは知っています。ただちょっと意地悪を言ってみたくなったんです」


 貴婦人の戯れとでも言うのだろうか。

 レイラにしてみれば全く笑えない。


「そ、うですか……」


(ユアンさんといいアリシアさんといい、ギルの部下って一癖ある人が多いのかしら……)


「それでアルノーさん。なぜ伝染病を?」


 アリシアが机の上に積まれた伝染病の本を指して、改めてレイラに質問をした。


「あ、これは……少し調べ物をしていました」

「何に使うのですか?」

「気になることがあって調べていただけです」

「気になること?」


 アリシアは好奇心が旺盛なのか、レイラが濁して回答してもその先を追求してきた。

 だが、本当のことを言うわけにはいかず、レイラは濁し続けるしかない。


「それは……」

「伝染病に詳しい者を知っていますが、話したいですか?」

「!」

「先程ため息をつかれていたので、お悩みかと思いましたが……違っていたらすみません。お聞き流しください」


 ため息を聞かれていたと知り少々恥ずかしかったが、アリシアの提案はレイラにとって喜ばしいことだった。

 伝染病に詳しい人と、ぜひ話したいと思っていたのだから。


「いえ! ぜひお願いします!」

「分かりました。……では改めまして」


 すると、アリシアはスッとお辞儀をした。

 そして、


「伝染病の研究をしております、アリシア・ブレッドです。何でも聞いてくださいませ」


 そんな風に名乗った。


「え……?」

「ふふ、伝染病に詳しいのはこの私です」

「ですが先ほどは騎士団所属と、」

「騎士団では医師を務めております。交代制で勤務していますので、勤務外の時間は研究職を」


 確かにアリシアは、「騎士団所属」とは言っていたが、「騎士」だとは言っていない。


「でも医師と研究職を兼任だなんて、出来るんですか?」

「研究職は趣味みたいなものなので。休みの日や空いた時間を趣味に充てているだけで、今までも特に支障はなかったです」


 レイラが思っているよりも、アリシアは仕事中毒ようだ。

 昼下がりには中庭でお茶を嗜んでいそうな、ほんわかした貴婦人にしか見えないのに。


「獣人は病に倒れることがあまりないでしょう? 人間と何が違うのかしら、って疑問に思ったら、調べたいという欲求が止まらなくって」

「その延長線上で伝染病を?」

「ええそうなんです。伝染病も病の一種ですから。人間にしか罹らない病を見つけて調べれば、人間と獣人の違いが判明するかなー、と」

「! それは、」

「あら残念。今日はここまでですね」


 人間にしか罹らない病を探してるなら、逆に獣人にしか罹らない病についても何か分かるのでは?

 そう思い、前のめり気味に聞こうとしたレイラだったが、その勢いはアリシアに止められた。


 アリシアの視線は斜め後ろをちらりと見てから、レイラに戻る。


「あなたを迎えに来たのかしら? まさか彼にそんな甲斐性があるなんてねえ」


(彼?)



「…………アリシア?」


 

 不思議そうな顔でアリシアを見ながら、そこにはギルバートが立っていた。

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