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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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21. 今度こそ失敗しないように

 婚約破棄されたパーティの翌日、ルーファスがレイラの部屋を訪れていた。

 レイラには予想通りの出来事だ。


 ルーファスは前回同様、妹が皇太子に婚約破棄されたことを聞いて、かなりご立腹な様子。そんな彼をレイラが淡々と宥める。


「あのぼんくら皇太子め!」

「大丈夫ですわお兄様。私はギルバート殿下と婚約できて嬉しいのですから」

「は!?」


 妹からまさかの答えが返ってきて、ルーファスの声が裏返る。


「レイラ……。そんなに婚約破棄がショックだったのか? それで無理矢理そんなことを」

「まさか」


 ショックだなんて一ミリも感じていない。

 レイラはルーファスの言葉を鼻で笑って否定する。


「皇太子殿下との婚約には元々興味がなかったのです。破棄されたところで、何の感情もありませんわ。それよりも私は……ギルバート殿下との結婚を望んでいたので、それが叶って嬉しいと思っているのです」

「ギルバート殿下といつの間に仲良くなったんだ? 俺は聞いてないぞ」


 ぎくり。

 いつの間に、と聞かれれば回帰前……『処刑される前』だ。

 処刑される前に結婚して仲良くなったのだが、人生を回帰している今、現時点ではまだギルバートと仲良くないのである。


「…………まあ、ちょっと」


 そう言ってレイラはお茶を濁した。


「じゃあ、本当にギルバート殿下との婚約するつもりなんだな?」

「勿論です。もし彼が獣人であることにご懸念があるのであれば、ご心配には及びません。獣人であることは関係なく、彼は優しくて、気遣いができ、とても頼りになる方ですから。きっとお兄様も気に入ってくれるはずです」


 レイラはルーファスの言いたいことを予想して先の言葉を塞いだ。


「そ、そうか?」

「ええ、きっと」


 ルーファスはまだ言い足りないようでもあったが、それでもレイラの強固な姿勢を見れば何も言えなくなった。



「それでお兄様。お兄様にお願いがございます。……聖女ニナと親しい神官を探していただけないでしょうか?」


 レイラはルーファスに依頼を持ちかける。


「聖女様と親しい神官? なんだってまた?」

「今はまだ……理由は話せません」

「?」


 理由は言えない。

 けれどお願いは聞いてほしいだなんて、ムシが良すぎるだろうか。


 それでも、レイラが誰よりも信頼できるこの兄以外に、調査を頼める人間は思い付かない。


 ニナが偽物の聖女であると証明するために、彼女に聖女を騙らせた神官を捕まえなければならない。まずはその取っ掛かりとして、目ぼしい神官の情報が必要なのだ。


「ただ、我々の未来のために、必要な情報なのです。出来れば秘密裏に」


 ニナはレイラを処刑まで追いやった女だ。

 彼女に、聖女の秘密を知っていると気付かれれば、殺される危険がある。

 そんな危険を兄にまで背負わせることはできない。だからまだ、話せない。


(神官を調べさせるくらいであれば、もしニナ側にバレたとしても宰相補佐の仕事の一部と言える……。もしニナのことを話して深く関わり過ぎれば、お兄様が危険になるわ。それだけは避けなければ)



「……分かった。調べるよ」


 ルーファスはそれ以上追及してこなかった。

 おそらく納得はいってないだろうが、妹の話しづらそうな表情を見て、どうしても話せないことなのだろうと推察したからだ。


「ありがとうございます、お兄様」


 レイラは笑顔を作って礼を言う。

 それを見たルーファスは、立ち上がってレイラの頭にぽん、と手を置いた。


「他にも頼みがあれば何でも言うんだぞ。お前は一人で頑張りすぎる。……話せるようになったら話してくれ」

「私はもう子供じゃありませんわよ、お兄様」


 レイラは自分を子供扱いする兄を諌めた。

 しかしそうは言いつつも、兄の優しい言動を嬉しく思っていたのだった。



──そして約一週間後、レイラはギルバートと一緒に皇帝陛下に謁見し、二人は正式に婚約者となった。


 謁見の間から馬車へと戻る途中、レイラからギルバートに話しかけた。


「殿下、あの……少し恥ずかしいことを言ってもいいですか?」

「ああ」

「私と……お互いを想い合う夫婦になってください」


 一歩先を歩いていたギルバートが、レイラの言葉を聞いて足を止めた。


(や、やっぱり図々しいかしら?)


 皇帝陛下に謁見するまでの間、レイラは幾度となく考えていた。

 以前、ギルバートと婚約したときは失敗してしまったから。


 最初にレイラから「愛さなくていい」なんて言ったばかりに、結婚後も長い間二人の距離は縮まらなかった。それこそ帝国の人間と獣人の間に立ちはだかる高く分厚い壁のごとく、二人の間には見えない壁がそびえ立ってしまっていた。


 あの時はそれが正解だと思っていたから仕方ない。だけど今回は、そんなわだかまりを生みたくない。処刑前、互いに想って合っていたあの関係に戻りたい。


 そのために考え抜いた末の発言だったのだが、ギルバートは難しい表情をしてしまった。


(想い合うだと重い……? ギルは皇子だし、妾を許容すると言うべき?)


 ギルバートからの返事がなく、レイラの心中は穏やかではない。


 何秒、いや何分だろうか。

 沈黙の時間が経過して、ゆっくりとギルバートが口を開いた。


「……アルノー嬢は変わっているな。この前も私との結婚を『嬉しい』だなんて。アルフレッドの婚約者だったときに何度か顔を合わせただけの認識なのだが、私の記憶違いだろうか」


 え、とレイラは言葉に詰まる。


 ギルバートの疑問はもっともだ。

 彼からすれば、弟に婚約破棄された令嬢が、自分と婚約した瞬間にそれを嬉しく思っているということ。

 気持ちの切り替えが早いにも程がある。

 しかも彼は自分が獣人であることも気にしているし、余計に不思議なのだろう。


「いいえそれは……その通りです。ギルバート殿下とは会話もほとんどなかったと思います」

「では?」

「それでも殿下が良いと思ったからです」


(うう、我ながら苦しい。けど……)


「私は以前から、殿下のことを素敵だと思っていました。宝石のように輝くその黒色に目を引かれていました。……そうは言っても、アルフレッド殿下の婚約者だったときはそれを口には出せなかったのです。それに先日のパーティで、私をあの場から救ってくれたのは殿下でした。たったそれだけと思われるかもしれませんが、それだけで、私の心は殿下に奪われてしまった。殿下との結婚を前向きに捉えられるくらいに」


 レイラは悩みつつ、言える範囲でギルバートの良さを語った。自分でも無理があるかなとは思いつつ、ギルバートが納得してくれる理由になればと言葉を重ねた。



「宝石……?」

「はい。すごく美しくて、私は好きですわ」


 レイラが褒め言葉と共に羨望の眼差しをギルバートに向けると、ギルバートはかあっと少しだけ頬を赤らめた。

 彼は反射的に顔を隠しながら、視線も逸らして適当な返事をした。


「そうか。……では、私も善処しよう」

「……ありがとうございます」


 善処する。つまりはレイラの言う『お互いを想い合う夫婦』になるために努力してくれるということだろう。


 なんとかギルバートを納得させられたようで、レイラはほっと安堵して礼をした。


 するとギルバートから思いがけない提案をされる。


「アルノー嬢。今度、二人で出かけるというのはどうだろうか」

「え」

「私なりの善処だ。まずはお互いを知るところから始めたい」


 ギルバートが早速そんなことを言ってくれるなんて思わなかった。

 突然のことにレイラの反応が遅れたが、そんな素敵な申し出、断るわけがない。


「はい、喜んで」


 レイラは満面の笑みを見せながら、ギルバートの誘いに応じたのだった。

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