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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第一章

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ニナside:偽りの聖女になるとき①

 ニナ・ハーグストンは、田舎でのんびり暮らす平民家族のもとに生まれたごく普通の女の子だった。


「ニナ! またその本見てるの?」

「うん。だってすごくない? これが帝都で、この中心にあるのが皇宮。ここに皇子様がいるんだよ?」

「あのねえ。いつまでも夢見てないで、現実見なさい。私たち平民の結婚相手は平民よ。間違っても、その本みたいに皇子様が迎えに来て〜、なんてあり得ないんだからね?」


 これはニナがまだ十二歳の頃。

 四つ年上の姉──シエナがニナにビシッと教える。


 ニナが大好きでよく読んでいる本は、皇子様が貧しい家の女の子を迎えにきて妃にするという内容。

 女の子たちは小さい頃にこの本を読んで、いつか皇子様が、なんて夢を見たりする。

 でもそれは本の中の話。

 大きくなるにつれ、そんなことはあり得ないんだと、誰しもが現実を見始める。


 しかしニナは、未だに夢を捨てきれていない。


「夢がないなあ、シエナお姉ちゃんは!」


 やれやれ、とニナはため息を吐く。


「こんな村で人生終わるなんて勿体無いと思わない? せめてこの帝都! できたら皇宮に、一度は行ってみたいと思わない?」

「こんな村ってあんたねえ」

「私はここで終わりたくないの。もっと広い世界を見てみたい。ドレスや宝石でキラキラに輝く世界。はぁー憧れるなー」


 両手で頬を覆って夢見るニナを、シエナは冷たい目で見て「はいはい」と受け流す。



 そんなやり取りをする平和な毎日が、ニナは好きだった。しかしこの四年後、ハーグストン家に転機が訪れた。


「け、っこん!?」


 シエナから家族に、結婚することが告げられた。突然の発表だったので、ニナは驚きが隠せない。


「誰と!?」

「マークよ」

「マーク!? って、あのマーク!?」


 前のめりで聞き出すニナ。

 マークは幼馴染で、ほわほわのほほんという擬音がとても似合う穏やかな男だ。テキパキしっかり者のシエナとは確かにお似合いである。


「多分そのマークよ」

「いつのまに!?」

「あんたが皇子様の迎えを待っている間に」


 シエナがそんな皮肉を言うと、ニナはぐぬぬ、と悔しそうな顔をする。


「ふふ。シエナってば、あの新しい教会で一番最初に式を挙げるのよ」

「嘘でしょ!?」


 母からの発表は、さらにニナを驚かせた。


 村では、現在建築家たちがせっせと造っている教会がある。もうその形は出来上がっていて、この小さな村にはもったいないくらい荘厳な見た目をしていた。今は内装を仕上げていて、来月には完成するらしい。

 そんな教会の前を通るたび、村に住む娘たちはそこで結婚式を挙げたいなどと話題にしていた。


(……それを、シエナお姉ちゃんが一番に?)


「あんたは忘れてるかもだけど、マークはあれで村長の息子だからね。そういうことよ」

「あーなるほど。いい人捕まえたのねお姉ちゃん!」

「捕まえたってあんたねえ」

「へへっ」


 マークが村長の息子ということを思い出し、ニナは納得がいった様子だ。それなら出来たての教会で結婚式を挙げられるのも頷ける。


「結婚式楽しみにしてるね!」

「はいはい」


 新しい教会での結婚式に参列できるとあって、ニナはうきうきと笑顔でそう言った。



────そして、結婚式当日。


 ニナと両親は、ドレスに着替えたシエナが待つ控え室を訪れていた。


「わあ、綺麗ー!」


 ニナは素直な感想を口に出す。


「ありがと」


 シエナも満更ではなさそうに、はにかみながらお礼を言った。


 ふと、ニナはあることに気づいたようで、きょろきょろと周りを見渡してからシエナに尋ねた。


「……あれ? マークはまだ来てないの?」

「ああ。彼は神父様と話があるって言ってたわ。もうそろそろ来る頃だと思うけど」

「ふーん。あ、じゃあ私呼んでくるね!」


 ここにいるべき新郎の姿がないので、ニナは何の気を利かせたのか呼んでくると言って部屋を飛び出して行ってしまった。

 待っていれば来るのに、という家族の考えは、ニナの制止には間に合わなかったのだ。



 ニナはタタッと足早に駆け、神父の部屋へと向かった。部屋の位置は、先日この教会がお披露目されたときに一通り案内されて覚えていた。


「あったあった」


 目当ての部屋を見つけたニナは扉の前で立ち止まる。駆けたことにより髪やドレスが乱れてないかとささっと手で直し、呼吸を整えてからノックをしようとしたときだった。



「どういうことだ!」


 部屋の中から怒号が聞こえ、ニナは思わず手を止めた。


(え……? 今のマーク……?)


 ほんわかした雰囲気のマークには似つかわしくない怒鳴り声に、ニナは耳を疑った。


「まあまあ。そのように怒らないでください。シエナを聖女(・・)にするだけですから」

「俺はただシエナと一緒になりたいだけだ! そんな話は聞いていない!」

「何も無理強いしようというわけではないのですよ? あくまでお伺いを立てるだけです」

「俺と結婚した後でだろう!? シエナが断れない状況での伺いのどこが無理強いじゃないって!?」


(……シエナお姉ちゃんを聖女に? って一体何の話をしてるの?)


 割り込めない雰囲気を感じたニナは、一旦入室を取り止めた。扉に耳を密着させ、漏れ聞こえる声をどうにか聞き取る。

 しかしニナには全く意味が分からない。


(聖女って……お姉ちゃんに神聖力なんてない、よね?)


「神殿は『聖女』を望んでいます。シエナなら立派に務めてくれますよ」

「偽物の聖女になれなんて言えるわけないだろう!? もしそれがバレたら死刑だぞ!」

「バレなければ良いのです。本物の聖女かどうかは神殿のみが分かる事実で、神殿内で力のある神官が我々側にいる。その神官がシエナを聖女に仕立てるのですから、誰も偽物(それ)には気付きませんよ」


(偽物の聖女……?)


「恨むなら、借金にまみれたお父上を。私はただ救いの手を差し伸べただけですから。シエナには聖女として帝都に行っていただき、そこで享受する金や宝石類の五割を外に流していただきます。流してくれた金品の一部はお父上の借金に充てましょう。残りは我々と、味方となる神官で山分けです」

「そんなことシエナには、」

「義理の父親の借金となれば、堅物のシエナでもきっと受け入れてくれるでしょうね」



 マークと話す神父は、物腰柔らかい話し方なのに、扉の向こう側にいるニナですらなぜかその声色に恐怖を感じる。


 そんな神父の話をまとめるとこうだ。


 マークの父は多額の借金をしていて、それを知った神殿の神官あるいは神父がシエナに目を付けた。その神官はシエナを偽物の聖女に仕立てられ、聖女となればシエナは帝国から多くの金品を得られる。だから義父の借金返済をちらつかせることでその一部を横流しさせようというのだ。


 でもそれは……危険な行為。


 マークが言った通り、偽物の聖女というのはつまり、国を騙すということ。

 加えて、たとえ送り先が神殿であっても皇宮内の金品を横流しするのは大罪のはず。

 どちらも、バレれば死刑は免れない。


(そんな危険なことを……シエナお姉ちゃんにさせるって?)


 現実的で真面目なシエナが、そんな不正に加担するだろうか。

 それに、聖女となれば帝都に行くことになる。

 次期村長のマークはこの村から離れられないのに、結婚早々シエナとマークを離れて生活させるというのか。


 ニナの頭には疑問がいくつも浮かぶ。

 しかしこれが全て本当なら。


 今日は結婚式。

 一生に一度の、幸せの絶頂期。

 こんな日の話題としては、最悪だ。



 ニナの中で沸々と怒りが湧き上がる。

 酷なことを、このマークと神父が姉のシエナにしようとしているのだから。

 ぎゅうっと顰めっ面にもなっていく。


 でもニナは、一つ案を思いついた。


 シエナを帝都に行かせず、マークの父親の借金問題も解決する方法。


(うん。たぶんきっと、これしかない)


 ニナはその案に賭けて、部屋の扉をゆっくりと開けた。

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