19. 二度目の婚約破棄
兵士がレイラの首に縄をかけて処刑の準備をすると、後方から、ニナがレイラに近づいた。アルフレッドは止めようとしたが、ニナが「大丈夫です」と言って、強引にレイラの元に来たのだ。
(なに……?)
ニナはこっそりと、レイラにしか聞こえない声で耳打ちをした。
「ごめんなさい。賢いあなたは計画に邪魔だったのよ」
「!」
「でも分かってね。聖女の私には幸せが、悪女のあなたには死がお似合いだから」
「何を馬鹿な……!」
「レイラ・ゼイン! お前は恐れ多くも聖女殺害を目論んだ! 聖女の命を狙った罪はその命をもって償ってもらう!!」
レイラの首に縄の輪が掛けられたのを確認し、ニナとレイラの会話を分断する形でアルバートが猛々しく叫び、バッと右手を上げる。
もう処刑が行われるとあって、レイラは何も言い返せなかった。そんなレイラに、ニナは微笑みを見せながらすすっと後ろに下がる。
最後までニナに神経を逆なでさせられたが、自身の最期を悟ったレイラは、どうにか気を落ち着かせる。
(こんな時まで彼女の思う壺にはなりたくないわ。私は悪女じゃない。悪女はあなたよ、ニナ……)
心の中ではそう叫びながらも、レイラは最後に、青天の空を仰いで小さく呟いた。
「私もあなたの元へ……」
ギルバートに想いを馳せながら彼女が目を閉じた刹那。
レイラ・ゼインは、十九歳の若さで人生の幕を閉じた。
────と思われた。
死んだはずの彼女が目を覚ますと、そこは賑やかなパーティ会場。
(…………どういうこと?)
首には絞首刑に処されたときの感触が生々しく残っているのに、縄の痕は付いていない。
あれは夢ではないはずだ。
(これは夢? 私は夢を見ているの?)
でも拳を握れば、現実の感覚。
軽くつねれば痛みもある。
夢じゃないとすれば、死んだはずの自分がなぜここに立っているのか、レイラの頭が追い付かない。
そこに、会場いっぱいに聞こえる大きな声が発された。
「レイラ・アルノー! そなたとの婚約を破棄する!」
突然自分の名前を呼ばれ、レイラは思わず振り返る。
聞き馴染みのある声。
聞いたことのあるセリフ。
見たことのある光景。
(……嘘でしょ?)
振り返った先に立っているアルフレッドと……聖女ニナ。
この状況を、レイラは知っている。
間違いなくあの日。
レイラが婚約破棄を言い渡され、同時にギルバートと婚約することになったあの日。
これは二年前の、アルフレッドの誕生日パーティだ。
「突然の発表に驚いた顔だな」
アルフレッドはレイラが別の理由で驚いているとは思わず、高みから口角を上げて笑みを浮かべている。そして彼の隣には、怯えたふりをしているニナが立っている。
自分を聖女と偽り、アルフレッドを初め国中の人を騙しているニナ。
おとなしそうな顔をして、中身はとんだ悪女。ここにいる誰も、そうとは知らずに呑気なものだ。
レイラは無意識の内に、ニナを睨みつけていた。
それに気づいたアルフレッドが、ニナを背中に庇うようにしてレイラを叱責する。
「なんだその目は。婚約破棄がそんなに不服か?」
「いいえ殿下。婚約破棄は謹んでお受けいたしますわ」
今更、理由を問う気もない。
下手に喋らせて、前回のように根も葉もない悪事を広められる方が面倒だ。
レイラはすんなりと婚約破棄を受け入れる。
それでも「ただ一つだけ」とレイラは続けた。
「ただ一つだけ言わせてください」
「……何だ」
レイラは目を細め、にっこりと笑みを見せて言い放つ。
「誰が悪女かは、その目でしっかりとお見極めくださいませ」
(どうせ……馬鹿なアルフレッドでは真意が分からないでしょうけれど、きっとニナには響くはず。これぐらいは言わせてもらうわよ)
微笑むレイラとは対照的に、アルフレッドの背中に隠れていたニナは、誰にも見られないところで眉間に皺を寄せていた。
「? どういう意味だ」
「それはご自身でお考え下さい」
「……っ! そういった高慢な態度が気に食わなかったのだ! ニナを見よ。可愛らしくて純粋で周りを癒す。そなたとは正反対だ」
アルフレッドはカッとなり、ニナを話に持ち出した。
それからニナを隣に並ばせて、声高々に宣言をする。
「皆聞くがいい! この国の皇太子アルフレッド・ゼインは、レイラ・アルノーとの婚約を破棄し、代わってニナ・ハーグストンと婚約することをここに発表する!!」
(なるほど。私の発言が変わってもここは変わらないのね)
レイラは過去を思い出し、悠長にそんなことを思う。
だが次の展開に記憶が行き着いたとき、レイラの心臓がどくんと大きく脈を打った。
だってこの後は……。
「殿下。このことを陛下は、」
「俺の結婚だ! それにニナ……聖女との婚約だぞ? 父上は許可してくれるさ」
「いけません殿下。殿下との結婚となれば、相手は次期皇后。陛下に話を通してからでも遅くは、」
「自分が皇后になれぬのが悔しいのか?」
(そう。私が陛下に許可を取ったのかと話し、それで……)
「私の気持ちは関係なく、だだ陛下の許可なくこのような公の場で、」
「俺の誕生日パーティだ。婚約を発表するにはうってつけじゃないか! そなたの悪事を聞くのはもううんざりだ。俺はニナのように癒しをくれる子にそばにいて欲しい」
「……っ」
「もうおやめ下さい殿下」
レイラが待ち望んだ展開。
彼女の前に、黒騎士の姿をしたギルバートが現れた。
「ギル……バート殿下」
以前のように「ギル」と呼びそうになり、レイラは慌てて「殿下」と付け加えた。
レイラとギルバートは、この時はまだ親しくない。
間違っても「ギル」だなんて愛称で呼んではいけない。
でも、レイラの中には嬉しさがこみ上げる。
(ギル……ギル……)
心の中で何度も彼の名前を呼ぶ。
レイラが処刑される前、伝染病で死んでしまった彼にまた会えるなんて、それこそ夢の様だ。
目の前に立つ彼は生前の、凛々しい姿を見せている。その大きな背中に抱きつきたい衝動を、レイラはぐっと堪えた。
その後、ギルバートとアルフレッドは以前と同じ会話を繰り広げた。
そこにレイラも同じように反応し、そして最後には、レイラとギルバートが婚約することで話がまとまる。
(ああ……これは夢?)
自分の身に起きていることに半信半疑ながら、それでもギルバートに会えたことはレイラにとってこれ以上なく幸せなことで。
(でももし、もしこれが神様が与えてくれた機会なのだとしたら。今度こそ……)
今度こそ、ニナに嵌められないようにしなければ。
ニナが聖女ではない証拠を掴み、この国を騙した罪に問う。
それに、二年後に流行る伝染病。
聖女が偽りなのであれば、何か別の方法を探さなければいけない。
ギルバートや他の獣人たちが伝染病で命を落とす前に、予防策や治療薬を見つけよう。
そして今度こそ、ギルバートと愛し合い、幸せに暮らしたい。
レイラの中で「今度こそ」という思いが募る。
ニナに嵌められ、伝染病に夫を奪われ、処刑された一度目の人生。
二度目はさせない。
レイラは鋭い眼差しで前方を見据えて、そう決意したのだった────。
これにて第一章は完結です(*'▽'*)
このあと、
アルフレッドside、ニナsideの話を数話挟み、
第二章に入る予定です。
ブクマ、評価をいただいてる皆様、ありがとうございます。
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