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1. 突然の婚約破棄

「レイラ・アルノー! そなたとの婚約を破棄する!」


 この国の皇太子であるアルフレッド・ゼインが、意気揚々と宣言した。

 アルフレッドの誕生日を祝おうと貴賓たちも大勢招かれた広いパーティ会場の中で、彼は婚約者のレイラに爆弾を落としたのだ。


「お待ちください殿下!」


 レイラは突然の婚約破棄宣言に驚き、アルフレッドに説明を求める。


「婚約破棄だなんて一体どうして……」

「どうしてだと? 理由なら当の本人が一番分かっているはずだろう!」


 何故だか彼は理性を失い、感情的になっているようだ。

 牙を剥き出しにした野犬のように、アルフレッドは今にも噛みつきそうな目でレイラを睨みつけている。


 アルフレッドに説明を拒まれはしたが、レイラには一つだけ心当たりがあった。


(私が、というよりは……)



 アルフレッドの右に焦った顔をして立っている女子──ニナ・ハーグストン。


 彼女は、アルフレッドにエスコートされながらこの会場に現れた。

 本来であれば婚約者のレイラがエスコートされるべきところ、ニナは何食わぬ顔でアルフレッドの横に立ち、彼の婚約者さながらに登場したのだ。


 そしてアルフレッドは、ニナを引き連れたまま壇上に上がり、冒頭の婚約破棄宣言をしたのだった。



「殿下。恐れ入りますが、私に原因があるのでしょうか。……そこにいるニナが理由では?」


 レイラはチラッと視線をニナに移した。

 するとニナはビクッと肩をすくませ、怯えた様子でアルフレッドの背中に隠れる。


 隠れながらもニナの手はアルフレッドの腕に添えたままで、アルフレッドは小刻みに震える小さな手を優しく包み込んでいた。

 遠巻きながら、「大丈夫。心配ない」なんて言葉をかけているのも聞こえる。



「やめぬかレイラ! ニナが怯えているではないか!」

「は……?」



 ポカンとレイラの口が開く。

 やめるとは、何を。


 レイラはただ彼女を見ただけだ。

 睨んだわけでもないのに、怯える方が失礼ではないか。


「あの殿下……」

「お前は嫉妬して、このニナに悪どいことをしたそうだな! 女の嫉妬ほど見苦しいものはないぞ!!」


(は?)


 もはや驚きすぎて言葉にも出なくなってきた。


(女の嫉妬で悪どいことを? ……私が? いつ?)


 アルフレッドの話が何を指しているのか思い当たる節がなく、レイラは過去の記憶を遡る。


 しかしどんなに遡っても、アルフレッドの言う嫉妬や悪どいことをした場面はなかった。

 あるわけがないのだ。

 レイラにアルフレッドを慕う気持ちはカケラもないのだから。


 婚約関係はあくまで家同士が決めたこと。

 公爵家の令嬢に生まれたレイラを、次期皇帝陛下と目されるアルフレッドの婚約者にしよう、とレイラたちがまだ幼い頃に親たちが決めただけだ。


 好きでもない男が誰を好きだろうが興味はないし、そこには何の感情も生まれない。

 レイラがニナに嫉妬しただなんて、アルフレッドの勘違いも甚しかった。



「何のことを仰っているのか、私には皆目見当もつきませんわ」


 レイラは事実を口にする。


「私はニナに何をしたのでしょうか」


 感情的になっている壇上のアルフレッドを見上げながら、レイラは冷静に尋ねる。

 何も分からないと言うレイラを、アルフレッドはさらに声を荒げて責め立てた。


「こんな女が俺の婚約者だったとは! いや、違うな。皇太子の婚約者だから、それを笠に着てか弱いニナを虐めたのだな!?」

「……ニナを虐めた?」

「知らないとは言わせぬぞ! 全てニナから聞いているのだ! ニナが平民出身であることを嘲笑い、学園で孤立するよう仕向けただろう!!」

「有り得ません」


 アルフレッドから出てきた言葉でレイラは更に驚き、反射的にかけられた疑惑を否定した。 


 ニナは確かに平民出身だが、レイラがそのことで彼女を嘲笑したことはない。

 学園での孤立にしたってそうだ。


「ニナは平民出身ですが……聖女です。聖女を嘲笑だなんて致しません」


 平民でありながら皇族や貴族の子供たちが通う学園に入学できたのは、彼女が神殿から聖女だと認定されたからだ。

 聖女と認定された彼女は皇族の庇護下におかれる。

 今のニナは皇族に劣らぬ地位を持っているのに、嘲笑なんてするはずがない。


「それに、学園での孤立は私に責任はないかと存じます」


 学園ではアルフレッドが生徒会長を、レイラが副会長を務めている。

 皇族の庇護下におかれたニナの面倒は同性のレイラが見る予定だったのだが、ニナ本人がアルフレッドの側にいたがった。

 聖女認定されて心細かったニナに、最初に優しくしたのがアルフレッドだったらしい。

 ニナがそれを望むなら、とアルフレッドは了承し、学園ではアルフレッドが彼女の面倒を見ている。それがよくなかったのだ。


(常日頃皇太子と一緒にいるニナに、誰が話しかけられるというの……)


 そんな状況のニナに友達が出来ないことを、レイラの責任されては困る。



「ですから何か誤解が、」

「う、嘘です……」


 レイラが発言を続けようとしたところ、アルフレッドの後ろからおずおずとニナが顔を出した。

 眉尻は下がり、今にも泣きだしそうな顔をしながらニナは懸命に言う。


「私聞いたんです。レイラ様は私の悪口を言っていました。それに、私と仲良くするとアルノー家が黙っていない、ってクラスメイトを脅していたんです。でも私、せっかくあの学園に通えて、アルフレッド様のお側にいれることが嬉しくて……だから、我慢しようと……」

「大丈夫だニナ。この件は俺が解決するから」


 ニナは声を震わせて辛そうな表情をしていた。

 それを見かねたアルフレッドは、彼女の手を握り、彼女の目を見て、熱い視線を送る。


(私は今何を見せられているのかしら……)


 まるで二人が婚約しているかのような仲睦まじさだ。

 ニナの発言を訂正すべきか、一応まだ婚約者であるレイラの目の前で何をしているのかと忠告すべきか。何から話すべきかとレイラは困惑する。


 するとアルフレッドが、ニナの肩を抱きながら会場内に響く大声で宣言した。



「皆聞くがいい! この国の皇太子アルフレッド・ゼインは、レイラ・アルノーとの婚約を破棄し、代わってニナ・ハーグストンと婚約することをここに発表する!!」

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