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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第一章

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16. 倒れた原因は

「ニナ!?」


 レイラは慌てて倒れたニナに声をかけるが、意識がない。呼吸はしているようだが、それも辛うじてと思うくらい弱々しい。

 危険な状況と判断したレイラは、部屋の外にいる侍女に命令する。


「すぐに侍医を! 皇太子妃殿下が倒れたと伝えなさい!」

「!」


 外にはニナとレイラそれぞれの侍女が待機していた。

 命令を受けたレイラの侍女が侍医を呼びに行き、ニナの侍女はレイラの横を通り抜けて倒れたニナの元へと駆け寄って行った。


「妃殿下……!」


 侍女は驚愕の声をあげ、血を吐いて倒れているニナのすぐ側で顔を覆いながら両膝をつく。


「ああ、なんてこと……」

「皇太子妃殿下に何か持病は?」

「ありません! お倒れになるなんて初めてです!」

「そう……」


 取り乱す侍女に対し、レイラは努めて冷静に確認をする。


 ニナに持病はなく、こんな風に倒れるのは初めてだという。

 さっきまでの元気な様子を見ていれば、病気ではないのだろうと思ったけれど。でもだとしたらなぜか?


 レイラは考えを巡らせる。

 倒れたニナを見つめて、彼女が倒れる直前の会話を反芻した。



『私はまだ、聖女でいたいのよ』



(そう。それでその前に……)



『敵の陣地に一人で乗り込むのは自殺行為。どうして私が今ここであなたに打ち明けたと思う?』


(……あれは一体……?)



「侍医をお連れしました!」


 レイラ答えを出せないうちに、緊急で呼ばれた侍医が到着した。呼びに行った侍女も一緒だ。


 連れられた侍医は急いでニナの状況を確認していく。脈を測ったり心音を聞いたりと、ニナのどこに異常があるのかを探しているようだ。

 一通り診終わると、侍医は立派にこしらえた顎髭を触りながら記憶の中の症例を探す。すると答えが出てくる前に、そこにいた別の人物が答えを叫んだ。



「毒よ!」


 叫んだのは、ニナの侍女。

 先ほどすぐにニナの近くに駆け寄り、取り乱していた彼女だ。その彼女が、レイラを真っ直ぐに指さして言う。


「レイラ妃殿下が毒を盛ったんです!!」



 一瞬にして、その場にいた全員がレイラに疑いの目を向けた。


「毒だなんてとんでもない。私は何も、」

「部屋には妃殿下方のお二人しかおりませんでした。あんなに元気だった妃殿下が突然倒れられるなんておかしいです。レイラ妃殿下が何かしたに違いありません!」


 横暴な言い分。気でも触れたのかと思うほどに、馬鹿馬鹿しい。

 そう吐き捨てたい気持ちをレイラが抑えようとしたところ、最悪のタイミングでアルフレッドが登場した。


「なんだと!?」


 突然皇太子が部屋の入り口に現れ、その場にいた皆が慌てて姿勢を正し、アルフレッドに礼をした。

 しかしそんなことには目もくれず、アルフレッドはズカズカと大腕を振ってレイラの眼前まで前進した。言わずもがな、ひどい剣幕である。


「今の話は本当か?」

「いいえ。ありえないお話ですわ、殿下」


 かなり近い距離からアルフレッドに眼光鋭く睨まれて後退りそうになったが、レイラはその目を見つめ返して堂々と否定した。


 するとアルフレッドは、侍医に話を振った。


「……侍医。原因はなんだ」

「は、はい。私も今来たばかりのため原因を調べていたところで……」

「毒の痕跡は調べたのか? たとえばこの、菓子やお茶は?」

「す、すぐに調べます!」


 侍医は持参した医療鞄から銀針を取り出し、アルフレッドに言われた通り、ニナが口に入れたとされるものに銀針を刺していく。

 銀針は毒の有無を調べるためによく使われる。この針を触れさせて黒く変色すれば、それに毒が含まれていると分かるのだ。


 侍医がお茶やお菓子に順番に刺していくと、途中で侍医の目が驚きの色を帯びた。


「これは! 殿下、こちらのお茶に毒が入っております」


 黒色に変わった針の先端を見て、侍医は声高々に報告した。

 それを見ていた全員の目が大きく見開かられる。


「それでは早くニナの解毒を! ……それでレイラ、そなたから何か弁明はあるか?」


 アルフレッドが顔を歪めながらレイラに問う。


「恐れながら、それはどういう意味でしょうか?」


 毒が見つかった。

 それで自分に何の弁明を求めているのか、とレイラはアルフレッドに尋ねる。


「先ほどそこの侍女が言っていたではないか。この部屋にはニナとレイラの二人しかいなかったのだろう?」

「はい」

「二人しかいない部屋でニナが毒を飲まされた。お前以外に誰が毒を盛ったというのだ」


 それはあまりに短絡的すぎる考えだった。

 侍女だけでなく皇太子までそんなことを言い出すとはありえない展開だ。

 勝手に犯人にされてはたまらない。

 レイラは反論する。 


「そのお茶は皇太子妃殿下が淹れてくれましたので、私はティーカップに触れてもおりません」

「はっ! ニナがお茶を淹れたなんてでたらめだろう!」

「このような場で偽りは申しません」

「しかし二人しかいなかったのならそれを証言する者がいないではないか!」

「それは……。ですがお言葉ですが、もし本当に私が毒を盛るとすれば、このように真っ先に犯人と疑われるような状況ではいたしません」

「黙れ!!」


 アルフレッドが激昂し、レイラも思わず肩をすくめた。

 レイラはただ本当のことを言っているだけだったが、アルフレッドはそれが気に食わなかったようだ。


「そなたはいつもそうやって、理路整然と言葉を並び立てては私を愚弄する!」


 ギリッと歯を軋ませる音が聞こえるくらい、アルフレッドは険しい顔をした。


「誤解ですわ殿下。私は殿下を愚弄なんて、」

「黙れと言っただろう!!」


 アルフレッドのただならぬ雰囲気を感じ取って口を開いたレイラだったが、アルフレッドによって遮断された。


「何をしている、罪人を捕らえよ!」

「なっ……!」


 アルフレッドが外に立っていた兵士に下命し、レイラは言葉を失った。

 命を受けた兵士二人は即座にレイラの両腕を掴み捕縛するが、レイラは体を捻じらせて抵抗する。だが女の力ではそれを解くなんてできるはずもなく、こうなっては為す術がない。


「お待ちください殿下! 私は無実です!」


 無理矢理に連行されそうになりレイラは叫ぶが、その声は届かない。


「殿下! 殿下!!」


 毒が出て、部屋にニナとレイラしかいなかったという状況証拠。それだけで、レイラは牢屋に入れられてしまったのだった。

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