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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第一章

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14. 悪い知らせ

***


「お兄様。あまりここに来られては、宰相補佐が暇な仕事だと思われますわよ」


 アルフレッドとのあの一件以来、ルーファスは頻繁にレイラの部屋を訪れるようになっていた。彼は国の重役と言える宰相を支える宰相補佐。レイラとは家族だから部屋への訪問自体は問題ないけれど、ルーファスの役職を考えると、訪問頻度が多すぎるのは良くないとレイラが忠告をする。


「気にするな。仕事はきちんとしているし、レイラのことを心配しているのは父上も同じだから。俺がここにくることを父上は了承済みだ」

「お父様まで……」


 兄のみならず父からも心配を寄せられていると聞き、レイラは申し訳なくなった。


「あんな噂が出回れば誰でも心配するさ」


 ルーファスが言った『あんな噂』とは、数日前から皇宮内で流れているレイラの噂。しかも内容はどれも、レイラの悪評について。

 ご丁寧に、先日アルフレッドが中庭で騒ぎ立てた内容も、レイラがさも悪いかのように内容を捻じ曲げられて噂になっていたりする。


「すみません。お父様やお兄様にまでご迷惑をかけてしまって……」

「謝ることはない。噂は一人歩きするのが世の常だ。今回はその対象がレイラだっただけで、実際お前が悪いことをしていないことは俺も父上も分かっているからな」


 ルーファスはポンッと妹の頭に手を乗せてそう言った。


 噂ではレイラがニナに酷いことをしたとされているため、皇宮内で働く聖女信者などはレイラを見つけると睨んだり冷たい視線を送ったりしている。

 特に敬虔な信者となると睨むだけでは飽き足らず、レイラに危害まで加えかねない様相を呈しているのだ。


 そんな状態では部屋の外に出るにも気が気でなく、最近のレイラはもっぱら自室に篭って仕事をしていた。


 それを知ったルーファスは、噂の出所調査や鎮火に勤しみつつ、レイラに危険が及ばないようよく彼女の側にいるようになったのだ。


 せめてギルバートがいれば良かったのだが、運悪くギルバートは今、帝都から少し離れた村に視察に出ている。


「奴が帰ってくるのは明日だったか?」

「ギルバート殿下でしたら、その予定です」

「だがお前も心配だろう。未だに伝染病の原因も治療薬も分かってないんだ。そんな中で夫を視察に行かせるなど……」

「それはまあ……。ですがこれでも騎士の妻ですもの。心配だろうとなんだろうと、彼が任務に赴くときには笑って送り出さねばなりません。あとは、無事に帰ってくることを祈るのみです」


 ルーファスにギルバートの話を振られ、レイラは苦笑いを浮かべながら答えた。


 本音は視察なんて行かせたくなかったけれど、わがままを言って困らせたくはなかったから。


 レイラはいつも通りにギルバートを送り出していた。

 彼が何事もなく戻ってくることを信じて。

 しかし、そんなレイラの元に無情な知らせが届いてしまう。



 コンコン、と扉が叩かれレイラが入室を許可すると、入ってきたのはレイラの父、アルノー宰相だった。


「お父様? もしかしてお兄様を呼びに?」

「ああ、いや……」


 部屋の中にいたルーファスに視線を向けたレイラだったが、宰相はルーファスを呼びに来たわけではないらしい。


 よく見れば父親の顔はかなり青ざめている。


「どうしたのですか? 顔色があまり、」

「レイラ、落ち着いて聞くんだ」



────ギルバート殿下が伝染病に感染した。




 それは、予期せぬ出来事で。

 そんな報告を聞かされるとは思っていなくて。


「そ……んな……」

「レイラ!」


 レイラが床に崩れ落ちそうになったが、咄嗟にルーファスが後ろから支えに入る。


「視察先で倒れたらしい。伝染病の特徴である発熱や発疹が出ているそうで、感染したとみて間違いないそうだ。他にも団員が数名感染しているらしい」

「……」

「視察先ではまだ感染者は出ていなかったですよね?」

「勿論だ。でなければ獣人騎士団に行かせないさ。我々としても騎士団の感染は予想外で……。取り急ぎ殿下含め感染した騎士団員は隔離措置を取ってもらっていて、今は帝都から医者を送る手配を進めている」


 ショックで言葉が出ないレイラに代わり、ルーファスが宰相に事の次第を確認する。


(ギルが感染……? そんな……)


「わ、私も……」


 混乱するレイラだったが、なんとか言葉を発する。


「私も行かせてください。お医者様と一緒に、」

「隔離措置を取っているんだ。行ったところで会えないよ」

「でも! 私は人間です! 伝染病にもうつらないですし、」

「それはまだ言い切れない。だから、たとえレイラでも殿下には会えないし、父親として、伝染病が流行っている場所に娘を行かせる気もないよ」


 レイラはギルバートの元に行きたいと願ったが、アルノー宰相はそれを認めなかった。


 まだ研究段階の病だ。

 人間に罹らないという結論が出ていない以上、可愛い娘を危険な場所には行かせられないのが親心。


「分かってくれレイラ」


 宰相は優しい眼差しで娘を諭す。


 会いにも行けないと知り、レイラの中で悲しみが込み上げてくる。その瞳からは大粒の涙がこぼれ落ち、嗚咽が漏れる。


 ルーファスは力の入らないレイラを抱き上げて、ソファまで誘導した。レイラをゆっくりと座らせて手を離すと、自分は膝をついて見上げる形をとり、語りかける。


「レイラ。まだ彼が死ぬと決まったわけではない。希望は持とう」


 治療薬もなく、致死率が高い伝染病。

 それに感染したと言うのに、希望なんて持てるわけがない。

 離れた地で夫が病にうなされているかと思うと、何もできない自分がもどかしくて堪らない。


 それでもレイラは、こくこく、と頷いてルーファスに応えた。


「……行ってくださいお兄様。皇族である殿下が感染したとなれば国の一大事。宰相補佐のお務めを果たしてください」


 そう言わなければずっとレイラに付いていそうな様子だったルーファスに、レイラは仕事に戻るよう促した。


「…………分かった。何かあればすぐに呼ぶんだぞ?」

「……はい」


 ルーファスは立ち上がり、レイラの頭に手を置く。目の前で泣く妹を慰めるように、優しくそっと頭を撫でてから、ルーファスは父親と共に執務室へ戻って行った。


 それから一人ぽつんと残された部屋で、レイラはギルバートに想いを馳せて涙を流したのだった。

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