11. 怪しい数字
数日皇宮管理をしてみて、レイラは目に見えて疲労困憊に陥っていた。
仕事を終えて戻ったギルバートが夜も遅い時間まで机に向かうレイラを見て、心配で声を掛ける。
「顔色が良くない。少し横に、」
「平気です。まだいくつか処理しないといけない案件が残っているのです」
「無理しているように見える」
「とんでもございません。私なら大丈夫です」
目の下にクマをつくり、血色もあまり良くない。食事量も減っているようで、それでなくてもレイラは細身なのに更に痩せたようでもある。
(これのどこが大丈夫だと?)
「……何が残っているのだ?」
言っても聞かないなら、自分が手伝うしかない。そう考えたギルバートは机に広がる書類の一部を適当に手に取る。
「あ、それは……」
「チャリティパーティの収支? これをどうすればいい?」
「……」
なぜかレイラは黙ってしまった。
バツの悪そうな顔もしている。
ギルバートがレイラの名前を呼ぶも、反応はない。
仕方がないのでギルバートはちらりと書類に目を通す。すると、ある箇所に丸が付いている。
(なんだ、もう見終わってるのか……?)
完了済みの書類だったかと思ったギルバートだったが、丸で囲われた箇所をよく見たところで眉を顰めた。
「レイラ、これは……」
「ギル。まだ調査中です」
レイラは、何かを言いかけたギルバートを制止した。
「だがこれは明らかに、」
「はい。恐らくは」
がんとして、レイラはギルバートにその先を言わせなかった。
……チャリティパーティの収支報告書にはおかしな点があった。
そのパーティの主催は皇太子妃のニナで、皇太子宮を使って数ヶ月に一度開催されている。
毎回多くの貴族が参加しており、寄付金もたくさん集まっていると聞いていた。
しかしどうしてか、支出額が多すぎる。
内訳を見てみれば、食事代や会場の装飾代が一般的な金額よりも跳ね上がっている。
その上、中には『皇太子妃特別費』なる不明瞭な項目もあった。
調べてみなければ断言は出来ないが、この報告書だけでは、予算を使ったように見せてニナが横領しているのではないかと疑わざるを得ない。
だからレイラは、このおかしな支出額の裏を取るべく密かに調査を進めていた。
(ニナはお世辞にも頭がいいとは言えなかったもの。ただのミスなら良いのだけれど……)
事実を確認しなければ、皇太子妃を問い詰めることは出来ない。それに相手が皇太子妃なら皇子妃であるレイラが対処するべきで、皇子であるギルバートはこの件に関わらない方が良いと判断したのだ。
それに今は、ギルバートには伝染病の件に専念してほしい。
「この件は私が対処いたします。ですからどうか、何も見なかったことにしてください」
「……分かった。では代わりに」
レイラの望みを聞く代わりにと、ギルバートはレイラの腰に手を回し、軽々とレイラを持ち上げた。
「きゃっ」
突然抱き抱えられ、レイラから可愛い悲鳴が漏れる。
ギルバートはそのままレイラを寝台に寝かせた。
「だめですわギル。まだ仕事が、」
寝かせられたのに即座に起きあがろうとするレイラ。しかしギルバートはレイラの肩をとん、と押して、再び倒す。
「さっきのは見なかったことにする。その代わりそなたは休め。……もしまだ仕事をするなら、私もさっきの件に関わらせてもらう」
「そんな……」
「レイラ。もう少し私を頼ってくれ」
ギルバートが目を細めながらレイラに懇願した。一人で頑張りすぎるレイラが心配で堪らないのだろう。
「夫婦なのだから遠慮はするな。大丈夫。そなたは良くやっている」
スッとギルバートの手がレイラの頭に触れて、その手はそのまま優しく頭を撫で下ろす。
まだたったの数日だが、レイラが皇宮管理を始めてから、少なからず皇宮には変化が起きていた。
レイラは、侍女や侍従たちのリストを確認して適材適所への配置替えを行い、また、管理の行き届いていなかった部分へは新たに人を派遣したりもした。
人だけでなく、制服や備品管理なども不備不足のないようテコ入れをしている。
さすがと言えばその通りなのだが、ニナが管理していたときには力不足で対応しきれていなかった部分を、レイラは代理になって数日でやってのけたのだ。
寝る間も惜しんで頑張っている彼女は、褒められて然るべきである。
でもきっと、皇子妃であるレイラはそれがさも当然のように思われてしまうだろうから、夫であるギルバートが頑張る妻を目いっぱい労うのだ。
「うちの騎士団の予算を増やしてくれて、食堂に料理が得意な侍女も寄越してくれただろう。部下たちもかなり喜んでいる。これはそなたの功績だ。……今夜はゆっくり休み、また明日から頑張れば良い。よいな?」
「……はい」
ようやく聞き入れたかと、ギルバートはフッと微笑みを見せて立ち上がる。
「では私は、今日は自室で寝るとしよう。お休みレイラ」
「お休みなさい」
ギルバートは最後に、寝入るレイラの額にそっと口付けをした。レイラが少しでも良い眠りにつけるよう、おまじないの意味も込めて。
それから部屋の明かりを消し、ギルバートは部屋繋ぎの扉から自室へ戻ったのだった。




