プロローグ
「レイラ、何か言い残すことはないか」
最後の慈悲とでも言うのか、レイラの元婚約者──アルフレッドが彼女に問う。
「……ございません」
この国の皇太子アルフレッドと、皇族に次いで権力を持つ公爵家令嬢レイラは、二年前まで婚約関係にあった。
二人の婚約関係は、アルフレッドの心変わりにより破棄された。
アルフレッドが心変わりした相手は、平民のニナ。
ニナは平民でありながら、神殿に“聖女”だと認められたため、皇族や貴族が通う学園へ入学してきた。
そして学園では、アルフレッドが聖女ニナの面倒を見ていた。その内に段々と、アルフレッドはニナに惹かれていったのだ。
「賢いそなたが、こんな馬鹿な真似をするとは思わなかったぞ」
アルフレッドはレイラに侮蔑的な眼差しを向ける。
それに対峙するレイラは覇気のない様子で、アルフレッドに言葉を返した。
「賢くないあなたには分からないだけですわ」
「こやつ……!」
レイラからの言葉にアルフレッドは顔を歪める。
「死ぬ間際まで自身の行動を悔い改めぬとは。そなたがここまで悪女だったとはな!」
──死ぬ間際。
そう。
レイラは今、処刑台の上にいる。
罪状は『聖女毒殺未遂』。
聖女ニナのお茶に毒を盛り、殺害を図ったというものだ。
罪状が『未遂』なのは、ニナは死なずに生きているから。
(そもそも、悔い改めることなんてないわ……)
ニナが毒を飲み倒れた時、部屋にはニナとレイラしかいなかった。そのため、レイラは即座に拘束されて牢獄行き。
しかし、レイラは毒なんて盛っていなかった。
全ては聖女ニナに嵌められただけ。
(自分が聖女だと偽っているあの女……)
ニナは国を騙して聖女を騙っていた。
それをレイラが知ったのは、彼女が毒を飲む直前。
ニナが、自分は聖女ではないと暴露した次の瞬間に彼女は自ら毒を飲み、聖女毒殺の罪をレイラに着せた。
レイラとてただ処刑されるのを待っていたわけではない。
ニナが聖女ではないという証拠を見つけようと、牢屋の中から兄に協力も頼んだ。
しかし結果として、その証拠を見つけることは出来ず、レイラの処刑が決まってしまったのだった。
「処刑の時間だ」
(唯一、後悔があるとすれば……)
「罪人を前に!」
アルフレッドの命令を受けた兵士が、レイラの背中を力任せに押して前に差し出す。
拷問で痛めつけられたレイラの体は既にボロボロで、足もともおぼつかない。
(ギル……。彼との結婚生活は幸せだった)
死を目の前にしてレイラが思い出したのは、夫のギルバートのこと。
(思えば始まりは、私を庇ってくれたからだった。最初はお互い歩み寄りもしなかったけれど、最近はすごく……幸せだったわ)
アルフレッドの兄であるギルバート。
皇帝の嫡男でありながら、その血のせいで皇太子にはなれず、挙げ句の果てに弟が婚約破棄した令嬢、言わばお下がりと結婚させられた可哀想な人。
最初は距離があったけれど、ある日を境に一変し、二人は仲睦まじい夫婦となれていた。
しかし先日、レイラは牢屋の中で彼の訃報を聞かされていたのだった。
(せめて最後は……一緒にいたかった)
「レイラ・ゼイン! お前は恐れ多くも聖女殺害を目論んだ! 聖女の命を狙った罪はその命をもって償ってもらう!!」
アルバートが猛々しく叫び、バッと右手を上げる。
(ああ、本当にもう終わるのね……)
レイラは青天の空を仰いで小さく呟いた。
「私もあなたの元へ……」
自分の最期を悟った彼女が目を閉じた刹那。
レイラ・ゼインは、十九歳の若さで人生の幕を閉じた。
────と思われた。
死んだはずの彼女は目を覚ます。
二年前、アルフレッドの誕生日パーティで婚約破棄を言い渡される瞬間に。
レイラは目の前に立つアルフレッドとニナを睨んだ。
馬鹿な皇太子と、そんな皇太子を操って自分を陥れた聖女……もとい稀代の悪女を睨み付けながら考える。
同じ轍は踏まない。
聖女の皮を被った悪女の好きにはさせない。
「なんだその目は。婚約破棄がそんなに不服か?」
「いいえ殿下。婚約破棄は謹んでお受けいたしますわ。ただ一つだけ言わせてください」
「……何だ」
レイラは目を細めながらにっこりと笑って言い放つ。
「誰が悪女かは、その目でしっかりとお見極めくださいませ」
──これは、悪女に仕立てられ一度は処刑された公爵令嬢が、バッドエンド回避のために奮闘する物語。




