死に戻り――するのは俺じゃなくて俺を愛してるヤバイ奴
「私と付き合ってくれないかしら?」
雲一つない青空が広がる屋上。
街が広がるフェンス越しに、光橋莉希がそう伝えてきた。
日の光を反射する程の綺麗な金色の髪が風に靡くが、彼女はそれを気にすることなく綺麗な蒼眼をこちらに向け続けている。
新雪のような白い肌に、ストッキングに包まれているスラリと伸びた足。組まれた腕には豊満な胸が乗せられている。
高校生とは思えない大人びた顔付きに、どこか冷たさすら感じる鋭い目付き。
「ごめん。光橋とは付き合えないわ」
断りを告げても、光橋の鋭い目付きは揺るがない。
むしろ余裕すら感じる笑みを浮かべている。
「そう。今回もダメだったのね」
「今回もダメだった? それはどういう」
「いえ、今のは言葉の綾よ」
ふふっと、不敵な笑みを見せ。
「出来れば理由を教えてもらえないかしら?」
「理由、か」
「ええ。自分で言うのもあれだけど、私と付き合うのは悪くないことだと思うわ」
「それはそうだけどな」
光橋の容姿に文句を付ける奴は居ない。
現に、告白された回数は数え切れないほどで、他校の生徒にも声を掛けられているらしい。世間に疎い俺の耳にも入ってきてるのだから余程の事だ。
振った俺からしても、それはもう光橋と付き合えるとなれば嬉しい事だ。
だが、それ以上に問題がある。
「言えないことなの?」
「言いにくいことではある」
「ならいいわ。今回は諦めてあげる」
「今回は?」
「ええ。今回は、よ。是非とも次の機会では教えて欲しい……。いえ、素直にお付き合いをして欲しいけれど」
「さっきからなにを言ってるんだ? ちょっと言ってることが変だぞ」
訝しむ俺に、光橋は口元に手を当ててこちらを見つめてくる。
「愛おしい。私を怪しむ貴方の表情すら、私は貴方を愛おしく思うの。貴方はいつ私とお付き合いしてくれるのかしら?」
「な、なに言ってんだ急に」
大人びた、余裕を纏う雰囲気が一気に消えた。
そこに居るのは悪魔のような、ねっとりとこちらを舐めるように見てくる厭らしい視線。
「好き。好き。大好き。私は志鎌君を愛しているの。あー付き合いたい……。あーお付き合いをしたい! 貴方と! 私は付き合いたいの!」
「だ、大丈夫か? 光橋」
「大丈夫じゃない! 私は志鎌君と愛し合いたいのに! 志鎌君は中々それを許してくれないのだもの! いつになったら! あと何回告白すれば! 私の愛は貴方と繋がるの! 答えて志鎌君! 私はあと何回死ねばいいの!」
狂気すら感じる告白が、青空に吸い込まれていく。
光橋は目の前で、まるで俺を抱きしめるように腕を動かす。
「好きよ。志鎌君」
俺には見えない何かにそう呟く光橋。
「次の世界ではきっとこの胸の中に志鎌君がいると信じているから」
「救急車呼ぶか?」
「いえ。志鎌君の胸の中に私がいる方が素敵ね」
「お前クラスになると病院に来てもらった方がいいレベルみたいだな」
「ふふっ。面白いことを言うのね好き好き志鎌君愛してる」
「気持ち悪いよ」
「でも、その必要はないわ。私に病院は必要ないから」
そこには居ない俺に、光橋はスリスリと頬ずりをして頬を赤らめる。
なにを考えているのか、チュッとフレンチキスをしてからこちらを見た。
「志鎌君の唇。優しかった」
「いやドン引きだよお前なにやってくれてんの本人を目の前にして」
「いいの。どうせ私がこんな変な人だって、志鎌君は覚えていないから」
そう言って光橋は歩き出し、容易にフェンスを蹴り飛ばした。
「これは私の蹴りが強いんじゃなくて、ここが壊れやすくなっていただけ」
知ってるよ。
「さあ。私はこれからどうするでしょうか?」
自殺するんだろ。屋上からの飛び降り自殺。即死だよ、即死。
「きっと志鎌君にはわからないけど」
わかってるって。もう何回も見てきてるから。
「それじゃあ、またね」
光橋の身体が軽やかに宙に舞う。
「次はきっと、貴方と愛し合えると信じてる」
満足そうにこちらを見ている彼女に、俺は慌てた振りをして。
何かが潰れた音と同時に、目の前の世界が真っ暗になった。
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見慣れた天井。まず間違いなく俺の部屋。
スマホで日にちを確認するまでもない。時間を確認するまでもない。
なぜなら、俺はこの日を、この一週間を、この一ヶ月を、この一年を何度も繰り返しているから。
光橋が死ぬと巻き戻る、この狂った世界を何度も生きているから。
彼女の目的はわかっている。俺と付き合うこと。愛し合うこと。
彼女が死ぬ条件はわかっている。俺に振られること。
彼女が俺と付き合うことを諦めて死ぬのを止めるか。
或いは俺が諦めて狂った彼女と共に生きるか。
そうしなければ、この世界は前へは進まないらしい。
なんでそうなのかはさっぱりわからないが、そういうことになっている。
記憶が残っているのは光橋と俺だけ。
そして、光橋は俺が記憶を持ち越しているということを知らない。
「さて。今回はどう攻めてくる。光橋」
面倒臭いという気持ちが半分。
どう攻めてくるかと楽しい気持ちが半分。
気合いを入れて布団を持ち上げて半身を上げると。
「おはよう。トオル」
うっとりとこちらを見上げるのは、何も身に付けていない光橋。
寝起きにはよろしくない白い肌が、俺の視界を埋め尽くす。
見せ付けるように胸を腕で押し上げて。
「触る?」
猫撫で声でそう誘惑してきた。
が。
「流石にそれは反則じゃない?」
死に戻りする時間は同じだと思ってたんだけどこれは予想外。
まさかコイツ、俺より過去に飛んでるってことか?
ん? 待て。それってどういう……。
「責任とって。私をこんな風にしたんだから」
「うるせえ少し考えさせろ」
「好きよ、トオル。愛してる。これはもう結婚しかないわよね?」
「ああもううるさい! 全く記憶にございません!」
まさかの展開に頭が痛くなってきた。
ああ、俺はこれからどうすればいいのだろうか……。