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スカーレット・ホロウ  作者: 黒崎江治
ミッション2 バディ
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九話 第二段階

 地下三階の室内戦闘訓練場は、冷たいコンクリートでできた高さ五メートル、縦横二十メートルほどの空間だ。中央にはベニヤで作られた小部屋があり、それを囲むように高さ二メートルの角柱が八本配置されている。


 どれもこれもペイント弾の塗料で汚れ、所々で前衛絵画のようになっていた。


「京子。今度は健一と組め」


 訓練場に入るなり、緒方が言う。今この場にいるのは、彼を除いて四人。京子、健一、丸刈り、そして新たに呼ばれたやや古参の構成員。


 色黒で、口髭を生やしたベトナム人だ。確かドンという名前で、京子も黒豹時代、何度か一緒に仕事をしたことがある。


 各自には専用のペイント弾が配布された。京子が使うのはホーネット。柏木はマンティスという名前の自動拳銃を二挺。相手の二人は京子のものと似た、ドイツ製のPDWを使用するようだ。


「なに、チーム戦?」


「組分けにはちゃんと意図がある。勝った方にはピザを奢ってやるから頑張れ」


 食べ物で発奮する京子ではないが、拒否したところで長引くだけだ。さっさとメニューを終わらせるべく、ルール説明を催促する。


「シンプルに殲滅戦で行く。バディが倒れても続けろ。制限時間は五分」


 全滅するか、させられるか。形式に異存はなかった。初心者を慣れさせるためならともかく、半端にゲーム性を持たせるのは好きでない。過去にはナイフありのパターンも相当数経験したが、今回は銃器のみ、ということだった。


 青チームが京子と柏木。赤チームが丸刈り――リュウだったか?――とドン。チーム名と同じ色のペイント弾を銃に込め、訓練場の隅と隅からスタートする。


 モニターのある別室に下がった緒方が、放送でカウントダウンをはじめた。


「五、四、三……」


 ハンドサインで柏木との連携を確認する。二年間でかなりうろ覚えになっていたが、すぐ思い出すだろう。


 戦闘開始。場内の空気が張り詰めた。


 京子が先を行き、二歩うしろに柏木が続く。まずは外側の壁に沿って反時計回りの移動。一本目の柱を通過し、二本目の柱を飛び出したとき、左――訓練場の中央方向――から、暑苦しい表情のリュウが突進してきた。


 しかし京子は足を止めず、七メートル先にある三本目の柱まで一気に駆けた。二本目の柱を遮蔽にした柏木がそれを援護する。


 一秒間に十数発を発射可能なリュウのPDWに比べ、柏木のマンティスはいかにも火力不足だ。しかし彼はその不利を圧倒的な射撃精度で補っていた。ベニヤの向こうにいるリュウはそれ以上踏み出せず、小部屋のあたりで釘づけになる。


 壁に砕けるペイント弾の音を背後に、京子は次の遮蔽まで到達した。身体を翻して射撃に加わる。まずは一人。


 ホーネットからの三連射が、リュウの横腹から脇にかけて青い塗料を散らせた。


 そのとき京子は、視界の左端にドンの黒い銃口を捉えた。バックステップで後退すると、鼻先五センチの位置をいくつもの弾丸が通過していった。コンマ一秒遅ければ、頭が真っ赤に染まっていただろう。


 柏木が前進し、ドンを牽制する。


 今、京子の前方には柏木の背中があり、彼が遮蔽に使っている柱がある。ドンはその奥で小部屋を盾にしている。位置が悪いな、と心の中で舌打ちをした。このままでは射線が通らない。


 柏木は射撃を続けながら一瞬だけ振り返り、自らの肩、それから角柱を見上げるようにした。京子は彼が伝えようとしていることを理解した。


 角柱の高さは二メートルで、上部は平らになっている。模擬戦でここに登るのは決してルールに違反しない。しかし少なくとも当時、それをやろうという人間はほとんどいなかった。


 銃を持ったままモタモタ登っていれば、容易に敵の前進と攻撃を許すからだ。それでもこの場所に立つことができれば、訓練場内の大部分を視界に収めることができる。


 柏木がそれを考えたのは、先程の格闘戦で京子の身体能力を把握していたからだろう。


 六メートルほどの距離を、柏木に向かって駆ける。やや姿勢を低くしたその肩に足をかけ、助走の勢いを跳躍力に転じる。

ふわりと浮いた京子は、柱の上に着地するのと同時、ドンを射界に捉えた。


 彼もまた熟練の射手だが、上下に角度をつけた二方向からの射撃には対応できなかった。ホーネットとマンティスから同時に弾を浴び、その姿を青色に染めた。


「そこまで」


 緒方のアナウンスが響く。リュウが毒づいた。


「ナイスキル」


 柏木が突き出した拳に自分のそれを軽く合わせつつ、京子は柱から飛び降りた。


 その後開始位置だけを変え、さらに四戦。結果は京子たちの全勝だった。死亡回数は京子がゼロ、柏木が一、殺害数は京子が五、柏木が三、ほぼ同時が二。


 ドンはもちろんリュウも腕が悪いわけではない。並の衛兵力なら三、四人を相手にしても生き残るだろう。しかし柏木はそれ以上に優れていた。二挺の拳銃を完全に使いこなし、まったく別方向にかなりの精度で射撃することができた。


 今や京子は緒方の意図を理解した。次の仕事では、おそらく柏木とペアを組めと言うに違いない。これは互いに相手がバディに値するかどうか把握し、納得するためのものだったのだ。


 緒方の計画に加わることを決めたときから、チームで動くことについては納得ずくだ。だから殺したくなるほど鬱陶しい人間でなければ、誰であろうと我慢するつもりだった。柏木ほどの腕ならば、不満があろうはずもない。


「よし、メシにしよう。京子と健一は上で話がある」


 訓練場に戻ってきた緒方が、満足げな様子で言った。


       *


 ビル六階の執務室。三人はトレーニング後のシャワーと着替えを済ませ、デリバリーのピザが載ったテーブルを囲んでいた。代金は緒方が持ったが、トッピングは柏木が色々と注文を付けた。どうやら刺激物が好きらしい。


「フィリピン人どもの話は健一も把握してるな?」


 ピザがあらかた片付いたあと、緒方が口に付いた油を指で拭い、仕事の話をはじめた。


「衛兵力の董鎮氷とアスール・カルテルがつるんで、アホ専用のドラッグをシャングリラに流してた」


 柏木が答える。


「そうだ。つるんでた裏付けが取れたから、それで鎮氷を揺さぶる。こっちに協力するならばよし、そうでないなら潰すなり情報をリークするなり。京子も、そのあたりの事情、廃病院で落っことしてきてないだろうな」


「きてない」


「ならいい。ちょっと見てろ」


 立ち上がった緒方は部屋奥の執務机まで歩いていき、表面にあるパネルを指先で操作した。


 机と天井の一部が動いて、機器から光が投射される。繁華街の広告で使われるものより数段ハイスペックなホログラム装置だ。それは直径五十センチほどある光の円筒を形作り、猜疑心の強そうな中年男性の顔を映し出した。


「普通のディスプレイでいいのに。いくらしたの?」


「値段のことは言うな。いいか、これが鎮氷だ。二日後にペンライ・カジノで会うことになってる」


「ホテルじゃなくて、カジノ?」


 京子は確認の意味で尋ねた。ホテルとカジノはほとんどの場合一体になっている。エレベーターで上に行けば静かな部屋があるのに、わざわざ騒がしいカジノで話をする意味はなんだろうか。


「コイツなりのハッタリだろ。あるいは、手下を配置しやすいからかもな。当日は二人とも中で待機して俺のカバーに入れ。トラブった場合は銃の出番だ」


「まあ、そうならないことを祈りましょ」


 柏木が軽い調子で言った。


「常にくっついてるかどうかは任せるが、一応、釣り合うような格好はしてこい。京子もそれで問題ないな」


「分かった。ペンライって一番大きいとこでしょ」


「そうだ、これが中の見取り図。……ちょっと待て、まだ操作がよく分からん」


 少しすると、実物とほとんど同じ姿をしたペンライ・ホテルの全体像が表示された。切ったカマボコ形の五階層と、その上に伸びた高いホテル棟。五階層のうち下から三階分が遊技場、つまりペンライ・カジノとなる。


 緒方の説明によれば、一階が大衆向けの遊技場になっており、二階にはプチセレブ向けのテーブルゲームやバーなどがある。三階は高級クラブとVIP向けの個室から成るフロアだ。鎮氷と緒方の密談は、三階の一室でおこなわれる。


「黒服を二、三人買収してあるから、話の内容は盗聴できる。銃もどっかに隠しといて、中で回収するようにする」


「話し合いの時間まで待つなら、適当に過ごしてていいンですか?」


 口の中身をコーラで流し込んでから、柏木が言う。


「ああ。小遣いやるからスロットでも回してろ。熱くなりすぎるなよ」

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