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スカーレット・ホロウ  作者: 黒崎江治
ミッション1 廃病院
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五話 特定

 翌日。昼過ぎに目覚めた京子は、一階に降りてコーヒーを飲み、無風地帯の裏手にある公園で一時間ほど体を動かした。ジョギング、柔軟、自重による筋力トレーニング、蹴り技のフォーム確認。


 帰ってシャワーで汗を流し、音楽を聴きながら時間を潰す。シャングリラの熱が高まってくる時間帯の少し前、普段と変わらないメイクをして、やや薄着でポイズンハイドレートを出た。


 京子はまず、カルテルの連中を誘うための道具を手に入れるつもりだった。道具といっても、そんなに大仰なものではない。雑踏の中であえて目立つため、それから銃器を隠しておくための衣服だ。


 体格の近いシェリーに借りるという手もあったが、万が一ズタズタになった際に言い訳しづらい。やむなく新品を買い求めるため、手近なアパレルショップに入る。


 京子はファッションにほとんど興味がない。それが元々の性質なのか、両親が殺されて以降に経験した、家や学校での生活によるものなのかは分からない。大学生活でも送れば同輩に合わせて着飾るようになるのかもしれないが、今後人生でそういう機会があるかどうか。


 しかし、今現在の自身が身につけている殺伐さを残念だと思ったことはない。京子は自ら選択して、服のサイズより銃の口径を気にする生活に身を置いたのだ。


 適当な店員に声をかけ、薄手のコートが置いてある場所を確認する。予算や用途を尋ねてくる店員に辟易しつつ、京子はライトグリーンのものを手に取った。


 軽く確認しただけでも緋色の髪とは絶望的にミスマッチだったが、暖色系の光が多い繁華街の景色を考えると、こういう系統の方が目立つだろう。


 材質的にも、動きを阻害するというほどのものではない。値段は二四〇〇ニューロ、つまりおおよそ二四〇ドル。高いのか安いのかはよく分からない。


 買ったものをその場で身につけ、内側にホーネットを吊る。こうしておけば、よほど注意深く見ない限り携帯はバレず、ボタンを開けおきさえすれば、ボストンバッグから取り出すより早く射撃に移れる。


 京子は最低限の準備を整え、アパレルショップを出た。邪魔になるボストンバッグは路地裏に投棄する。あとはカルテルに見つかるまで、昨日売人と会ったクラブの近くを徘徊するつもりだった。二時間経って釣れる気配がないようなら、そこで一旦引き上げようと決めた。


 いかがわしく安っぽい通りを、地下と地上を行ったり来たりしながら、目的地もなくぶらぶらと歩く。なにかを見ようにも、興味を惹くような店はなかった。


 途中、何度か下心のありそうな男に声をかけられた。しかし琥珀色の三白眼と棘のあるハスキーボイスに晒されて、なお食い下がる男はいなかった。


 午後七時半。京子が食べ歩きできるものでも買おうかと考え、モグラ街から地上の通りに戻ろうとしたとき、トンネルの出口で不審な動きをする男が目に入った。


 その人物はすぐに背を向けたので、人種や顔つきまでは確認できなかったが、京子に備わったある種のアンテナがそれを敵だと判断した。


 この時間、地下街の出入り口付近には大勢の人がいる。騒ぎが起これば、いくらお目こぼしをしている相手とはいえ、衛兵力の連中も看過するわけにはいかなくなる。カルテルの連中が仕掛けてくるとしたら、もっと人通りが少ないところだ。


 今夜の外出は徒労に終わらず済むかもしれない。京子は服の内側にある銃の感触を再度確かめ、オールド・チャイナタウンの北西にある応龍公園へと足を向けた。


 応龍公園。かつてあった野球スタジアムが取り壊されたあと、そこはどこか南国の雰囲気を漂わせる大きな庭園になった。オールド・チャイナタウンやIRのある新港地区にもほど近く、購買や娯楽の熱にのぼせた人々が頭を冷やすのによく訪れるスポットだった。


 造園の趣味や情緒はともかく、シャングリラの中では比較的のどかさを感じさせる場所だと言える。


 とはいえ、京子は応龍公園で相手を待ち受けるつもりはなかった。経験上、おそらくは道中でなにかしらのアクションがあるはずだと踏んでいた。


「月華。後ろの音、すぐ分析できるようにしといて」


『はいはぁい』


 ホログラム広告や埋め込み照明が絶える繁華街の外れ、あえて大通りから逸れて車通りの少ない生活道路を行く。注意力は後方にも飛ばすが、敢えて振り返ることはしない。


 応龍公園まであと百メートルほどの場所で、前方から一台の車が姿を現した。型落ちした黒っぽいセダン。ハイビームに目を瞬かせながらも、京子は運転手がしっかりとハンドルに手をかけているのを確認した。乗っているのは四人。


 シャングリラの犯罪者が自動運転を好まない理由は三つある。一つ目は単純に金がなくて買えないから。二つ目は先端テクノロジーと縁遠い場所からやってきた田舎者だから。


 そして三つ目は、急ブレーキで車体を横向けにして道を塞ぐような、極端に荒っぽい運転ができないからだ。


 タイヤがアスファルトに擦れて高い音を上げる。十メートルの距離で車が左向きに停止するのと同時、京子はコートの裏からホーネットを抜き、射撃の準備を整えていた。


 直後、ホーネットの黒い銃口が最初の弾丸を吐き出す。小口径徹甲(S C A P)弾と呼ばれるそれは、一般的なボディアーマーや防弾ガラスを貫通することを目的に開発され、中国内戦時の市街戦において目覚ましい成果を残した。


 一般的な拳銃弾に比べて制圧力、殺傷力に劣るとされるが、実際に相手を殺せるかどうかは、当然射手の技量による。


 弾丸は闇夜を飛来して窓ガラスを穿ち、運転手のこめかみに命中した。ドアを開けようと伸ばされた手が、力を失ってだらんと垂れ下がる。


 戦果を確認する前に、京子は銃口をスライドさせて二人目を狙う。相手は姿勢を低くしてドアに隠れたが、弾丸はその遮蔽を容易に貫通した。致命傷を負った男が道路に崩れ落ちる。


 残る二人は分厚い車体に身を隠している。味方があっけなく射殺されたことに動揺しているのだ。京子は強く地面を蹴り、牽制を加えながらセダンまでの十メートルを一気に駆けた。敵たちがなけなしの勇気を取り戻す前に、勢いよく跳び上がってボンネットに立つ。


 ようやく顔を出した一人を見下ろしながら、その脳天に銃弾を撃ち込んだ。至近距離で弾けた頭が骨片と鮮血を撒き散らす。


 最後の一人がタガログ語かなにかでわめきながら、拳銃を連射する。しかしその狙いは、既にボンネットを蹴って跳んだ京子から大きく逸れていた。


 緋色の髪が闇に踊る。次の瞬間、男の心臓が斜め横から射貫かれた。その身体は尻もちをついてから、ゆっくりと仰向けに倒れる。


 路上での銃撃戦は十五秒足らずで終わり、物言わぬ肉塊が四つ出来上がった。


 目的地を予測して先回りし、車で進路を塞ぐ。相手が動揺している間に数人が車から降り、身柄を拉致するか、ハチの巣にしてそのまま車で逃走する。


 もし京子が無警戒で、武器も持っていなかったなら、彼らが採用したこの方法で、ごくスマートにコトが済んだかもしれない。


 京子は襲撃の失敗を彼らの無能に帰するつもりはなかった。集めた情報が少しだけ間違っていたのかもしれないし、ボスが脅威を少しだけ甘く評価したのかもしれない。あるいは、末端に伝えた情報が、少しだけ曖昧だったのかもしれない。


 プロセスにわずかでもミスがあれば、リスクが顕在化してチームが危機に陥る。教訓を次に生かせればまだいいが、運が悪いとその機会は来世に回る。


 だから京子はチームでの仕事を好まない。多かれ少なかれ、自分以外に命を預けることになるからだ。


『京子ちゃん、後ろからセダン。乗員四人』


 月華に警告された一瞬あと、京子は背後から迫る車のエンジン音を捉えた。


 カルテルの人間を殺すことに抵抗はなかったが、この晩の目的は既に達成されていた。死体の一つがウィスパーを装着していたのだ。京子は後頭部が弾けた死体からそれをむしり、ポケットに入れた。


 まだ少し距離のあるセダンに狙いをつけ、ホーネットで連射を加える。フロントガラスに穴が空き、運転手が急ブレーキを踏んだ。


 相手が止まったのを確認した京子は、身を翻して角を曲がり、大きな通りに出る。銃をしまって応龍公園に向かい、そのままシャングリラの闇へと姿を消した。


       *


 ウィスパーとそこにインストールされているAIは、実に多様かつ大量の情報を自動的に収集する。使用する言語、身体的特徴、嗜好、通信の相手、経済状況、スケジュール、等々。


 それらを学習し、相互に関連づけることで、あたかも持ち主を理解しているかのようなAIが出来上がる。声質やアバターさえ、持ち主に合わせて変化していく。


 もちろん、個人情報の窃取を防ぐための手段は存在する。しかし実際に厳重なセキュリティを施している者は多くない。仮にそうだったとしても、少し手間をかければ突破するのは簡単だ。紛失した際には遠隔からデータを消去することもできるが、持ち主が死んだ場合には対処が遅れることになる。


 その夜、無傷のコートを着たまま帰った京子は、ディスプレイに自らのウィスパーと、奪ったものとを接続した。持ち主の移動経路を分析して、アスール・カルテルの拠点を探し出すつもりだった。


 銃撃戦とそこで得た情報を緒方に報告するのは、拠点らしきものが判明してからでいいだろう。黒豹に一挙手一投足を伝える義務はない。


 月華を働かせている間、京子はバーの冷蔵庫から食料を失敬し、シャワーを浴びてメイクを落とし、ベッドの上でホーネットの整備をした。


 それが終わってからごろりと横になってうたた寝をしていると、いつの間にか大まかな分析結果が出ていた。専門知識が必要ないほどに噛み砕かれた情報を、ざっくりと読み取っていく。


「月華。黒豹の緒方さんに繋いで」


 時刻は午前零時を回ったところだった。緒方は――シャングリラの人間にしては――規則正しい生活を好むが、この時間ならまだ繋がるはずだ。


『よう。どうした』


 やや寛いだ緒方の声と、グラスに当たる氷の音が聞こえた。


「カルテルが集まってそうな場所が分かった」


 京子は月華に教えられた場所を伝えた。シャングリラ東南の端にあたるエリアで、港湾にも近い。撃ち殺した男は、そこにある病院を頻繁に訪れていた。


『ああ、あの廃病院だな』


「この辺に廃病院なんてあるの?」


『五年前までは営業してたはずだ。最近は保険制度もぶっ壊れてるから、病院もバンバン潰れてるぞ。お前は風邪とか引かないから気にしないだろうが』


「とにかく、そこに殴り込んでくる」


『応援は?』


「車だけ、呼んだら来るようにしといて」


『分かった。最低一人は生かしとけよ。情報を得るのが目的だからな』


「はいはい」


『腕は鈍ってないか?』


「終わったら教える」

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