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真夜中の決戦ーソロモン海海戦

作者: 芥流水

初めて書いた架空戦記の短編作品です。


本作品は架空戦記創作大会2018冬参加作品です。お題3です。


それでは始まり始まり〜

「レーダーに感あり!」

 八月九日二二四〇時、サボ島南西方向を哨戒していた駆逐艦『ブルー』でそのような報告が上がった。

「何?また故障じゃないのか?」

 この時期のレーダーはいかに米軍のものとはいえ、信頼性に乏しく、何もない所に敵艦を発見することもあった。

 しかし、艦長は暫く悩んだ後、こう決断を下した。

「哨戒コースを取れば、一〇分後には見えるだろう。その時に判別すれば良い」


「さて、どうしたものか」

 ガダルカナル及びツルギ島上陸部隊の護衛部隊であるTF62指揮官てわかるヴィクター・クラッチレー少将は悩んでいた。

「先ずこれが本当に敵艦隊なのか、確認しないといけないのでは?」

 参謀長はそういうが、クラッチレー少将はこれがほぼ間違いなく敵であると確信していた。

「連合国軍が現在活動しているこのソロモン海で一番西に当たるのが、あの哨戒駆逐艦だ。とするならば、それより西から来るものは敵と考えて間違いないだろう」

「では、どうしますか」

「南方部隊に合流するように命じよ。北方部隊はツラギの輸送船団と合流後、東に退避。東方部隊はガダルカナルの輸送船団と合流後、同じく東に後退する」

 この時、TF62は、北南東の三部隊に分かれていた。北南の部隊はそれぞれ重巡三隻を有しており、戦力としても申し分ない。

 しかし、この時南方部隊の重巡『オーストラリア』はクラッチレー少将が会議に参加する都合上、ガダルカナルの輸送船団と行動を共にしている。その為、彼はこのように指示したのである。

「我々は、南方部隊と合流した後に、どうするのですか?」

 参謀長の問いにクラッチレー少将は答えた。

「無論、敵と戦うのだ。『ブルー』が捉えたことを考えると、敵部隊はサボ島の南を通って来るだろう。進路の推測は容易い。おそらく敵の狙いは輸送船団と揚陸した物資だ。我々は、そのどちらにも敵の手を加えさせてはいけないのだよ」


「おかしいな……」

 八艦隊司令長官三川軍一はそのように呟いた。すでに時刻は九日から十日に変わろうとしている。しかし、警戒しているであろう敵艦は一向に現れない。

「逃げたのか?」

 そういう疑問さえ湧き上がって来る有様であった。しかし、神大佐はこう言う。

「まだ時間は十分にあります。仮に逃げていたとしても、輸送船団の策略を考えれば、十分に追いつけます」

「敵艦発見!」

 見張員の声が轟いたのは、その時であった。

「どうやら、心配は杞憂に終わったようだな。合戦準備用意!」


「どうやら、針路予測に成功したようだな」

 クラッチレー少将は、安堵の息を吐き、命令した。

「砲撃始め!」

 しかし、それが実行される直前、目も絡むような光の暴力が彼らを襲った。

「照明弾か?先手を取られたか、だが」

 クラッチレー少将の言葉を引き継ぐように、『オーストラリア』から初弾が放たれた。

「面舵!針路一六〇度。敵の進路を塞ぐ!」

 重要なのは、敵を沈めることではない。損害を与え、退却さえさせれば、輸送船団及び上陸部隊の護衛という任務は成功する。どうやら数の上では不利らしいが、達成目標の困難さで言えば、連合国軍艦隊の方が容易かった。


「む!」

 三川中将は南方部隊の急速な変針に驚いたように声を漏らした。この時、丁度八艦隊も取舵を行わんとしている時であり、その動きは妙に一致していた。

 両者が変針を終えた後、この海戦は同航戦となるであろう。小細工なしの殴り合いである。

「これは面白くなってきたな。『鳥海』及び六戦隊雷撃準備!敵の動きが直進となった所で放つぞ!」


「T字を描ければ最前だったのだが、まぁ、多くは望むまい。今がチャンスだ」

 クラッチレー少将は自分の勝利を確信していた。同航戦となれば、互いに少なくない損害を追うだろう。しかし、それでより不利になるのは敵の方だ。

 南方部隊は回頭中も砲撃を行なっていた。命中は期待していない。少しでも相手に威圧を与えるのが目的である。


 砲弾が海面に激突するたびに、夜光虫の影響か、白く染め上げられた水柱が空に届かんと屹立する。その中を八艦隊は粛々と進んでいた。今後の予定を考えると、砲弾は少しでも節約しなければならず、無駄撃ちは出来ない。その為、回頭中は一方的に撃たれる展開となっているが、そのようなもので怖気付く程、気弱なものは帝国海軍にはいない。

「流石はアメさんだ。物資が有り余っているかと見えて、無駄弾でもドンドンと撃ってきよる」

 三川中将はそう嘯く余裕さえ見せていた。

「敵艦隊、変針完了したようです!」

「よし、砲撃を再開せよ!そして照準が定まり次第雷撃開始!」

「了解!」

 艦長達の頼もしい声を聞きながら、三川中将は敵との距離を計っていた。

「この塩梅だと……命中まで四分といった所か。気づかれなければ良いのだが……」


「つっ!」

 それは突如クラッチレー少将を襲った。彼とその参謀はカクテルのようにシェイクされ、その体をしたたかに打ち付けられながらも、なんとか立ち上がった。

 痛む体を抑え、周囲を見ると、旗艦『オーストラリア』の艦体が大きく左に傾いているのが、はっきりとわかった。しかもそれは、治るどころか、ドンドン酷くなっていく有様である。

「魚雷か?見張員は何をしていた」

 夜の闇が雷跡を覆い隠したか……クラッチレー少将はそう結論づけると共に、恐ろしい可能性に思い至った。

「他の艦はどうなっている?」


 八艦隊旗艦『鳥海』の艦橋に見張員の声が響く。

「敵先頭艦に三発、二番艦に二発の命中!両艦とも航行の停止を確認」

「我々の使う九三式魚雷は、他国のそれと比べ倍以上の炸薬量を誇ります。あの二隻の戦闘能力は失われたとみて、間違いないでしょう」

 水雷参謀の言葉に神大佐も続く。

「残るは重巡一隻に駆逐二隻。脅威となるのはあの重巡だけです。砲撃を集中させるべきかと」

 八艦隊は圧倒的な優位を保って、先頭を進めていた。


「ここまでか……」

 クラッチレー少将は無念そうにそう言った。今や南方部隊は壊滅の憂き目にあっていた。

 今や最後まで奮闘していた重巡『シカゴ』も敵の集中砲火を浴び続けた結果、廃墟と化し無力化されている。

 敵一番艦は勝負ありとみたのか、探照灯を消し、奥に進まんとするそぶりを見せている。

 その時、敵一番艦が水柱に包まれた。


「何事だ!」

 三川中将の言葉に答えたのは、見張員であった。

「四五度方向に敵艦発見!攻撃を仕掛けてきます!」

 その言葉と同時に、第二射が彼らを襲った。

 通常であれば、これほど接近されることは無かっただろう。しかし、この時は見張員であっても戦闘に気を奪われていた。


「北方部隊です」

 参謀長が嬉しそうな声でクラッチレー少将に報告する。

「うむ。来てくれたのか」

 北方部隊は南方部隊と同じく重巡三隻と駆逐艦二隻で構成された部隊である。しかし、今やそれが千隻もの軍勢にも見えたのであった。


「雷撃準備は?」

「完了しています」

 三川中将の問いに『鳥海』艦長早川幹夫大佐が答える。

「よし、針路四〇!反航戦を行う。すれ違いざまに雷撃を叩き込むぞ!」

 三川中将はそこに一縷の望みをかけていた。


「来るか……」

 北方部隊指揮官フレデリック・リーフコール大佐はにやりと笑った。

「針路変更三一〇度!対馬の悪夢を味あわせてやろう」


「何!」

 米軍の針路変更は八艦隊にとって、完全に予想外であった。

 彼らは大きく面舵をとり、丁字を八艦隊に描こうとしているのである。

 不味い!

 三川中将はそう直感する。このままでは『鳥海』は集中攻撃を受けてしまう。

 しかし、ここはどうするべきか。面舵か、取舵か。

「取舵です」

 そう助言を与えたのは、神大佐であった。

「となると、同航戦になるな……何故だ?」

「ここで敵艦隊を取り逃せば、帰路を塞がれる恐れがある。ここは決定的に叩いておくべきです」

「成る程、後顧の憂いを断つわけか。取舵!針路三〇〇!」

 三川中将は迅速にそう命令を下した。しかし、それでも米軍に遅れをとったことは確かであった。


「敵の変針が終わるまでに叩け!」

 雷撃能力を持たない米重巡にとって、同航戦は避けたい。その為何とかしてT字を描けている間に勝負を付けなければいけない。

「砲撃の手を緩めるな!ドンドン撃ち出せ!」

 回頭点を狙っているために、照準に手間取ることはない。


 突如『鳥海』の後方から轟音が轟いた。

「何事だ!」

「『青葉』が轟沈しました!」

 見張員の声は心なしか震えていた。

「『青葉』が……」

「数の上では我々が有利です。まだ勝機はあります!」

「うむ……」

 三川中将に神大佐がそういうが、彼の顔は振るわない。

「雷撃準備は出来ていますし、回頭終了と同時に雷撃を行います!」

「そうだな……救助は一八戦に任せるとしよう……」

 しかし、あれでは助かったものは僅かであろう。三川中将はその思いをそっと胸に閉じ込めた。この場で、ましてや戦闘中に口に出すべきことでは無かったからだ。


「敵重巡一隻撃沈!」

 その言葉に『ビンセンス』艦橋はわっと完成に沸いた。

「これは勝てるかもしれん!」

 そんな考えがリーフコール大佐の脳裏によぎる。しかし、戦場はそう簡単なものでは無かった。

 八艦隊は『青葉』以外大きな損害を負わずに、回頭を終え、砲弾を放ち始めた。


「雷撃開始!」

 掛け声とともに圧縮空気が解放され、九三式魚雷が発射される。

 既に『青葉』がやられた以上これ以上の損害は許されない。ここで、決めなければいけない。

 永遠とも思われる時間の後、敵重巡の横腹に水柱が屹立した。これは魚雷によって起こされたものに違いなく、三隻の重巡は急速に傾く。

 そこならだめ押しとばかりに、『鳥海』以下の重巡が、砲弾を叩き込む。

「何とか勝利したか……」

 重巡が沈んだのを見ると、敵駆逐艦は突如旗を翻して、退避に移った。

 八艦隊は『青葉』を失い、他の艦にも決して軽くはない損害を負いながらも、確かに勝利したのであった。

「しかし、生き残った艦も弾薬残量が心許ない。おまけに二回の戦闘によって、時間を予想以上に消費してしまった。ここは引き返そうと思う」

 三川中将は渋々といった感じでそう言う。

「同感です。ここが引き際でしょう」

 神大佐も非常に遺憾であるとでも言いたげな表情でもって答える。

「いいのですか?我々の本来の目的は敵輸送艦の撃滅。それを果たさなければ、『青葉』の敵を打ったとは言えなくなりますが……」

 早川大佐が遠慮がちにそう言うが、三川中将は首を振りこれに諭すように答えた。

「これ以上被害を生じさせない為だ。帰れば再起の機会は何度でもある。しかし、ここで無理に仕掛けてその結果散ることになれば、数字に現れる以上の損害が帝国海軍に与えられる。彼我の工業力の差を考えれば、こちらは重巡一隻の損害が命取りになりかねないのだ」

 ここまで言われてしまっては、早川大佐といえども引き下がらずをえなかった。


 ここに第一次ソロモン海戦と呼ばれることになる戦は終了した。しかし、ガダルカナルを巡る日米の戦いは始まったばかりであり、これはまだこの地で起こる凄惨な戦闘のほんの始まりに過ぎなかった。

 尚、ここで引き返した三川中将の判断については、後世の戦史家の間でも賛否が問われている。確かにここで更に踏み込めばまともな兵力が残っていなかった上陸部隊は文字通り全滅していたであろう。しかし、この時既にクラッチレー少将の電文によって米空母部隊はこの海域に急行しており、八艦隊が先の行動を取っていたならば、これに攻撃されていた可能性もあると言われている。

今回目指したのは痒いところに手が届かない改変です。というか、マイナス方向に改変しちゃってます。米潜水艦が雷撃に成功していたら、ですけどね。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  御参加ありがとうございます。 [一言]  マイナス方向の改変でも、重巡1隻の沈没だけですから、やはり状況的に第一次ソロモン海戦は日本側にとって好条件が揃っていたのか?と改めて考えてしまい…
[良い点] 自分も第一次ソロモン海戦のテーマで大会に参加しましたが、米駆逐艦に捕捉されるという冒頭からの展開で、第八艦隊はどうなるのか緊張感を持ちながら読み進めることができました。読み終えたときは大勝…
[良い点] 第一次ソロモン海戦の改変だと史実と同じ日本海軍第八艦隊喪失艦無しで、米輸送船団に突入させるというのが多いと思うのですが、その逆で、日本海軍に史実より不利な状況にするというのが新鮮でした。
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