桜
私は桜です。
四百年。いえ、五百年になるでしょうか・・・・・
もはや、数えることすらやめた長い永い歳月。
此の地に根を張り、人々の暮らしを見守ってきました。
厳しい冬も去り、再び巡り来た春うらら。
齢を重ね、衰えを隠しきれないこの身にも、匂い立つ春の息吹を感じます。
いつものように淡く紅をさし、霞のような花衣をふうわりと纏いました。
美しい・・・・・・
昔、そう言ってくれた人がいました。
そして今も、私を仰ぎ見ながら同じ事を呟く貴方。
嗚呼、貴方もまた往ってしまうのでしょうか・・・・・・
時代を超え、時を超え、
男達は、涼しげな眼差しだけを残し、きびすを返して去って行きます。
お国の為、お家の為。
それらを守る為、私は闘うのだ。と・・・・・・
でも、その背中は語っています。
愛する貴方を守る為・・・・・・
言葉に出せない、その想い。
嗚呼、命がこぼれ落ちていきます。
はらはら、はらはら・・・・・・
たとえようもなく美しく、凄まじいその景色。
散りこぼれる薄桜。
この、潔く散る花吹雪に男達は自分の姿を重ねます。
その私の姿が罪と言われますか?
うなだれる私の上に、蕭々と春の雪。
傍らの瀬には一面の花筏。
時代の激流の中で、浮きつ沈みつ、流されるまま。
私の元を歩く人々よ。
どうか無慈悲に踏みしだかないで・・・・・・
この花びらの、ひとひら々が一つの命。
嗚呼、人の命は儚い。
そして、永遠とも思えた私の命も尽きようとしています。
どうか人よ。
私に、哀しい恋の唄を聴かせないで。
愛しい命達よ。