ある宇宙人との非言語接触 - 01
――おぼろげにしか想い出せなくなった、みんなの顔。
それでも、僕を見て、微笑んでいたように想う。
……だから、僕は。
それが辛くて、故郷から旅立った。
身を縛るようなその想いは、時間が経つと共に、霧のように薄くなっていって。
遠い昔のことだと、心の奥底に、沈み込んでしまった。
想い返すこともないくらいに、深く、暗いところへと。
――けれど、淡い光が、僕の意識を照らすのと同じように。
眠っていた記憶が、泉から沸くように、あふれ出し始めていた。
「※※※※※※※※!」
「(おはようございます!)」
瞳が、休息から目覚め、眼にしたもの。
それは、僕がよく眼にしている生命体に、とてもよく似ている。
(けれど、見た覚えはない)
似ているが、似て非なるもの。同一種の別個体、というくらいには、彼等のことも見分けられるようになっている。
……視覚補助機の助けがないと、名前や特徴の完全な把握は、やはり難しいけれど。
(ただ、こんな声を出す子の記憶は、ない)
笑顔で語りかけてくる生命体の顔に、僕は、見覚えがなかった。
あったとしても、どちらにしろ、穏やかに話しかけられるということは想定していない。――話しかけられる際は、逃れられない緊急時でしか、ないからだ。
「(……※※?)」
「(……はれ?)」
だから、奇妙な気持ちにもなる。彼等は、僕という存在に対して、親しみなどあるはずがないからだ。
――さきほどより顔を傾けて、僕を見ている生命体。
それは、太陽系第三惑星に住む、地球人という生き物によく似ていた。
姿形的には、オーソドックスな二足歩行の生命体。ただし、同種族感の外見的な違いは、やはり僕にはわかりにくい。
それは、僕個人の特徴ではなく、僕以外の同種族も同じだろう。むしろ、地球人を見る機会の多かった僕は、比較的見分けられる部類に入るのかもしれない。
……それは、相手も同じこと。人間という種族が僕達を見るときも、同じようになるだろうと、想う。
(比較する個体は、地球にはいないけれどね)
比較、という言葉を想い浮かべた僕は、目の前の存在を観察する。
「女性型、か……」
地球人には聞き取れないだろう発音が、僕の鼓膜を刺激した。
僕は、久しぶりに声帯を鳴らして、言葉を発したことに感じ入る。
その声は、少女の耳へも入ったようだ。
「(※※、※……※※※、※※※※※※※※※※※※?)」
「(ええ、と……なにか、不思議な音が鳴ってますね?)」
不思議そうに眼を見開きながら、僕へ言葉をかけてくる。
おそらく、僕がなにをしたのかわからないことへの、不安だろう。
(不安、なら……もう、してても、いいのだけれどね)
どうも、様子から見る限り、僕の声に対する不安のように見えてしまった。
――だから、不思議だ。彼女はよく、僕の姿を見て、驚かない。
(普通の地球人が見たら、悲鳴を上げて、逃げ出していく)
僕にとっては当たり前で、けれど、地球人にとっては異形の容姿。
鏡で確認はしていないけれど、僕の姿は、おそらく今は丸見えだ。
地球人よりも巨大な頭部と、大きく開かれた眼窩。四本指の手足は、地球人と比べれば、長く細い。この星で言う、魚のヒレが生えたような背中や手足も、違和感の対象になるだろう。
(なのに、彼女は驚かない)
人間が僕の姿を見たことは、ほとんどない。赴任して慣れない頃に、偶然目撃されてしまったことが、数度あるくらいだ。
――そして見かけた者達は例外なく、恐怖の叫びをあげながら、逃げ去ってしまう者ばかりだった。
(……近寄られるのは、初めてだね)
どうやら、少女はそうした地球人とは、少し違う感性を持っているらしかった。
(知っている、と、想っていたけれど。……まだまだ、調査が足りないな)
逆に、僕は彼らの姿を見慣れていた。
僕が潜伏して、監視していた惑星こそ、彼らの住む星だから。
彼等の時間で、およそ数十年。ずっと、彼等の生体や変化の様子を、調査し続けてきた。
「(※※、※※※※……?)」
「(はれ、もしもし……?)」
少女が手を振りながら、僕へと声をかけてくる。
(視界は、おそらく、ある程度は同じなのだけれど)
仕草や表情から、少女が言葉を話しているのだと、僕にも察することはできる。
――けれどその言葉を、理解することはできない。なぜなら彼女の声は、僕の耳には、異音にしか聞こえないからだ。
「困ったな、翻訳機が……ないのか」
同じように、おそらく、彼女の耳には聞き取れない声で呟く。
……まいった。先ほど言葉を呟いた時に、感じてはいたのだけれど。
翻訳機がないと、彼らの言葉を理解することは、全くできない。
遠い異星の生物同士、素直にできる方が、ありえないことでもあるのだけれど。
(聞き取りも、できないのは……僕の、せいでもあるけれど)
発音は難しいため、翻訳機は必需となる。
ただ、聞き取りくらいはと自分に対して責めたものだ。……結果は、変わらずに、今があるのだから情けないけれど。
僕は物覚えが悪く、昔からそこは、欠点としてよく言われていた。
睡眠学習でも、地球人の言語に関しては、ほとんど上達しなかった。
(そんな僕が、地球の調査を志願したのは、驚かれた)
自分でも、よく地球赴任が許可されたものだと驚いた。
(……まぁ、こんな辺鄙な星で、しかも調査だけ。翻訳機があれば、不便もないしね)
それは、僕の故郷の科学力が、高度に発達していたことも影響している。翻訳機の性能はすこぶる良かったため、僕の地球観察という仕事で、問題になったことはなかった。
――もし問題が起きても、やむをえない事態だと言うくらいに、ここは母星から遠い。
無論、最悪の事態にならないように、何重にも安全策は寝られていたのは知っていたけれど。
(想定外は……山のように、シミュレートしていたのにね)
――問題は、起こってしまった。
今までと異なり、自分の情けなさを理由にすることは、もう、できないみたいだ。
――だから、この遠い星へ、来たかったのだろうか。それとも、やはり……。
「えっと、君は……誰だい?」
胸の内の考えはひとまず置いて、現状把握。
試しに声帯を震わせて、少女へと質問を投げてみる。
何十年かぶりに使用した、声帯から漏れ出た声。
若干の粘つきを感じながら、口から響いた声は、少しかすれていた。
謎の奇声にしか聞こえないだろうな、と、予想は知っていたけれど。
「(※※※、※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※?)」
「(はわわ、もしかしてあなたがお話しされている声なんですか?)」
案の定、彼女は驚きを顔に満たして、僕の様子をまじまじと見る。
……予想と違うのは、やっぱり少女は、驚きながらも興味を持っていそうなところだ。
「(※※※※、※※※※※※※※※※※※~♪)」
「(ほえええ、とてもステキな響きですね~♪)」
そして、また少女が何かを話した後――その顔が、柔らかくなったのを感じた。
「……ん?」
僕が怪訝に思ったのは、眼の前の少女のとった行動に対してだ。
それは、今まで僕の姿を見た者が、浮かべたことのない表情。
今までの調査から、その表情が表すものは――微笑み、といえるのかもしれない。
(喜びとか、嬉しさとか、ありがたさ……。彼女は、なにに、微笑んでいるんだろう)
僕は、微笑まれた理由が把握できなくて、少し戸惑う。
じっと、再度、少女の微笑みを観察する。
やはり、見間違いには、感じられなかった。むしろ、こちらに付け入ろうとする造った笑みではない、ただ安心するような喜びの笑みに見えた。
(……親しいわけでも、ないのにね)
――なぜだか僕は、故郷の者達のことを想い出す。
――全然、僕らと地球人との造形は、似ても似つかないものなのに。
――少女の微笑みは、なぜか、そんな記憶を呼び起こす。