表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スイリン少女  作者: 子無狐
ある絵師の届けもの
4/17

ある絵師の届けもの - 01

 ――少なくとも、描くものに困ったことはない。

 見えるもの全てが、魅力的で、不確実で、愛おしい。

 それらの一瞬をとらえ、自分のイメージを練り込み、白い空間に映し出す。

 写真によく似た、けれども、こちらの方が何千年も先輩である技術。


 ……俺は、好きだった。

 無心になりながら、自分にとっての世界を、描き続けることが。


 だから、そんな時間が終わってしまう可能性なんて、考えたこともなかった。

 ……俺と、俺の世界を見てくれる幸せが、常にいてくれること。

 大切な人と場所が、途切れることがないのだと、なぜか信じこんでしまっていた。


 ――それが奇跡なのだと、忘れてしまうくらいに。




「おはようございます!」

「お、おはよう……」

 うすぼやけた頭で、聞こえてきた声に答えかえす。

 ……ひどい悪夢を見て起きたときのような、気だるさ。

(こんな目覚めは、久しぶりだ)

 徹夜をした時ですら、めったにない感覚に、気持ちが沈み込む。

 必死に身体の重さをとろうとするけれど、頭や視界と同様、ずっとぼんやりしたまま。

「え、っと……君は……」

 それでも、かすむ視界で眼の前の相手に話しかける。

 ……おそらく、人であろう、そのぼんやりした姿に。

「はい、リンの名前はリンといいます♪」

「リン……?」

 聞いたことのない名前に、聞き覚えのない声。

 声の感じからは、まだ幼いような感じも受けるが……よく、わからない。

(少なくとも、違うな)

 俺がよく呼んでいた、アイツの名前ではない。

 ぼやけた頭だったが、それははっきりと想い出せる。

「俺は……眠って、いたのか」

 一人呟いて、次第にはっきりしていく視界で周囲を見やる。

 眼の前には、小さな明かり。ぼんやりと、眼の前の姿を半分照らすくらいの、ほんのちっぽけなもの。

(……懐かしいもの、持ってんなぁ)

 明かりの元は、眼の前の少女が持つマッチの光らしかった。

 ――ずっと持ってるみたいだが、熱くないのか?

 怪訝に想いながら、薄暗い視界のなかで、少女に眼を向ける。

 暗闇の中で淡く浮かぶ少女の姿は、どこか時代錯誤的だった。言うなれば、ゲームやアニメに登場する街の少女というか、地味なのにどこか目立つ不思議な格好をしていた。

「いいデザインだな……」

 地味ながらも、全身をやわらかく包む衣装デザインは悪くない。むしろその大人しさは、柔らかい色彩と相まって、見る者にとって惹きつけられもするだろう。

 軽い吐息をして、感心する俺に。

「ほえ、どうかされましたか?」

「……いや、なんでもない。独り言だよ」

 つい、職業病が出てしまった。

 過去の依頼で、少女のようなキャラクターデザインをしたこともあったから、つい分析するような眼で見てしまった。

 そんな俺から見ても、彼女は愛らしく映る、魅力的な姿をしていた。

「……って、生身の人間じゃねーか」

「???」

 怪訝な顔をされてしまった。

 ――いかん、ちょっと疲れているのか。仕事のしすぎか。

「ああ、ごめんな。お嬢ちゃん、俺を起こしてくれたのかい?」

 そうだ、と俺はふと想う。

 もしかするとこの子は、疲れて寝ている俺を、起こしにきたのかもしれない。アイツがそんなドッキリをするとは想えないので、もしかしたら別の……。

 ――そこまで考えた俺の推測を、少女は、ある一言で切り落とした。

「はい。スーさんの光で、あなたの姿を照らしてます!」

「……スーさん?」

 今度は、俺が怪訝な顔をする番だった。

 スーさん。まるで、人やペットにつける名前のような、そんな響き。

(どこにも、そんな形はなさそうだけどな……?)

 彼女が言うスーさんとは、いったい、なんなのだろうか。

「えっと、その……スーさん? ってのは、どこにいるんだい」

 結局わからず、少女に問いかけてみると。

「こちらですよ~、スーさんです!」

「……いや、マッチだろ」

 少女が手元を勢いよく突きだしてきたので、俺は想わず身を引いてしまった。

 だって……仕方ないだろう。マッチの炎を人に向かって突き出してくるなんて、危ないことこの上ないじゃないか。

 身を退きながら否定した俺に、少女は少しだけ眉をよせて、怒ったように言葉を続けた。

「違いますよ、スーさんはスーさんなんですよ~」

(スーさん……マッチが、か?)

 頬を膨らませて怒る少女は、とても愛らしい。真剣にマッチへ肩入れしている姿は、ちょっと不安にもなるが。

「……まぁ、起こしてくれて、助かったよ」

 ひとまず、スーさん? のことは、置いておくことにする。少女がマッチの光をなぜそう呼ぶのか、まったく読めないためだ。

 今、先に考えなきゃならないのは……いったい、今が何時で、何日なのか。

(スケジュール管理も、仕事のうちだってのにな)

 自今管理がなっていないから、こうなる。自分を責めながらも、眼と頭のかすれを消すことも忘れない。

(よし。もう、いいか)

 心の中で(うなず)いて、よいしょ、とオヤジ臭い声を上げながら両足で立とうとする。

「あ……!」


 ――それは、驚きに満ちた彼女の声と、同時だった。

 ――俺の頭部と首筋を、ナニカが撫でていったのは。


「ぅ、わっ……!?」

 想わず驚きの声を上げて身を屈め、両膝を地につけてしまう。

 すると――ずるり――と音がするような、妙な感触。

(音がしたわけでも、ないのに)

 頭と首から何かが剥がれるような感触は、薄気味悪いもので。

「あ……はぁ……?」

 不安を吐き出すような、俺の呟きに。

「すみません、リンが屈んでいたばっかりに」

 謝るように、優しく語りかける少女。

 手元の光が俺の顔に当たるように、手を伸ばしてくれていた。

 まるで、今ナニカになでられた首元を、暖めてくれるかのように。

 少し背伸びしたような彼女の仕草と、慌てたような顔が、ぼんやりした俺の意識に染み込んでくる。

「あのあの、あなたの背がちょっと高いので、リンもスーさんも光が届かなくて。ごめんなさい」

「いや……。なんで、君が謝る?」

 二度も謝られて、逆にこちらが罪悪感を感じてしまう。

「でも、スーさんが当たらないと、彼らはあなたを元に戻そうとするのです」

「かれ、ら?」

 少女の言葉が、なにを指しているのか。

 ――気づきながら呟いた俺の背中に、また、不気味な感触が走る。

「はい」

 少女の瞳を見返してから、俺は、彼女の背後へ視線を向ける。


 ――なぜ、今、こんな暗闇の世界にいるんだ。


(寝る時間を間違えたか?)

 周囲を見回しても、星の輝きは空に見えず、街の灯りが点いている様子もない。

 では、夜じゃないのか……とも想うが、陽の光がないのもおかしい。

 この暗闇は、いったい、何なのだろうか。

(耳も、おかしくなっちまったのか)

 動くものの気配もない、とても静かな世界。それだけが、ずっと広がっているように感じられてくる。

 俺の視界に見える、べったりと塗り込められた、純色の黒。

 隠蔽色としては申し分のない、あらゆるものを覆い隠すことのできる、純粋な一色だけが満ちる世界。

(俺は……この理由を、知っているような気がする)

 ――少しだけ、頭がはっきりしてきたような気がする。

 自分が起きる前、最後になにをしていたかを考える。

 確か、自室にいて……いつもどおり、仕事をしていたはずだ。画材やメモ、パソコンに資料、伝票やウェブカメラなどの仕事道具が満ちているはずの、俺の仕事机。

 だが周囲には……何一つ、見あたらない。俺の仕事を支えるそれらや、衣服。食事のアトや、飲みかけたペットボトルも、なにもかも存在しない。

「……アイツは」

 そして、今更ながらに自分のことを想い出し、気づく。

 想い出して、自分に対して、怒りがわいてくる。


 ――今の今まで、アイツの存在を忘れていたことに。


「おい、あんた。アイツを……いや、女性だ。こう、大人の女性を、見なかったか!?」

「ほ、ほえ……」

 詰め寄るような俺の言葉に戸惑うようにしながらも、少女はゆっくりと口を開く。

「すみません。リンはあなた以外、ここでは見ていないのです」

「あ、あぁ……すまない」

 つい、強い語調で言ってしまったためか、少女が驚いてしまっている。

 だが、俺は胸のざわつきを抑えることが、できなかった。

 なぜなら、俺の人生で天秤にかけるほどの大切な物が、何一つ見あたらないのだから。

「こうしてはいられない。探しに、行かなきゃ」

「探しに、ですか?」

「ああ、お嬢ちゃんには申し訳ないが、この……」

 言いながら、背中の方へ振り返る。

 そして、俺は――立ち尽くした。

 なぜなら、そこに広がっていたのは。

(夜、じゃない。なんだ、これ……!?)

 光の全くない、一面の闇だけ。

 それに加え、俺は感じていた。

 この闇の中に、さきほど俺をつかんだ、正体のわからないナニカが潜んでいることを。

「スーさんの光に、当たってください」

 少女の声に導かれるように、ゆっくりと身体を元へ戻す。

 彼女の手元の光に当たると、なぜか、身体が安心を感じているのがわかった。……気のせいなのかもしれないが、身体が冷えているような気がする。その理由が暗闇のせいなのかどうか、俺には、わからなかった。

「これは……なんなんだ? どうして、こんな」

 呟いて、俺は記憶を振り返る。


 ――少しして、想い出した。

 あの、突然に始まった恐怖を。

 闇がただ世界を覆い、塗りつぶしていった日のことを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ