第8話 〜私の誕生日〜
それから数日――――
ついに私の誕生日がやってきた。
場所はラミエット城内のホール。大きなシャンデリアが天井にぶら下がり、いくつもの光が盛大にホール全体を照らす。私が招待した貴族や隣国の王族など、かなりの人数が参加しているもののホールはまだ広々と感じる大きさだ。
「あれ、姫様緊張してます?」
「緊張するよ……」
私の後ろにいるのは護衛のレイと侍女のリンだ。レイの言う通りいま緊張で倒れそうなくらい気分が悪い。おそらくいま私の顔は酷い状態だろう。人前に出ることなんて今までに一度でも無かったのだ。強いて言うなら幽霊部員ならぬ幽霊王女?
「あれが第二王女のミーシャ様? 本当に白銀色の髪をお持ちなのね。」
「わたくしも初めてお伺いしましたが、エルナミア様の妹というのもうなずけますわ。」
「あぁ、本当に美しいですわね。まるで絵本から飛び出した妖精のようですわ…私も早くお話をしたいのですが……」
私を始めてみる人の視線は様々だった。好意だけではなく嫉妬や品定めのようなものだったりと悪意のあるものもチラホラと感じる。
(どちらにしてもあまり良いものじゃない。)
一通りの話を終え、現在歓談の時間になってる。
色んな人が私の前に訪れ婚姻相手に自分の息子をとか高級な品物を渡されご贔屓にとか、色々あったけど私はなんとか笑顔で通せたと思う。
「顔が引きつってますよ。」
「仕方ない。」
「はいはい御二方、次の方が来ますよ。」
私の緊張をほぐそうとしているのか分からないけどそれは逆効果だよ、レイ。リンはいつも通り冷静に私たちを止めてるけど。緊張してないのかな?私も落ち着かないと。
「姫様もいつもそうしていれば完璧な王女様なのに。」
「リン。」
「かしこまりました。」
やかましいレイをどうにかすべく私はリンに合図を出した。それに反応してリンはレイの鎧がない脇腹に肘を打ち込んだ。ぐはぁ、と声をこらえる声が後ろから聞こえたが私は営業スマイルをつくり対応に徹した。
――――――――――――――――――――――
「終わった……」
全員の挨拶が終わり私はため息をつく。その光景を見てニヤつくレイが目に入り私はもう一度リンに合図を送る。
「ぐはぁ……て、あれ? 姫様たちどこに行った?」
一瞬の隙に私とリンはレイから離れる。何故かって?仕返し。あ、もう集まってきてる。レイはあれでも一つの騎士団を任せられている将来有望な人材、プラスあの整った顔立ち。貴族令嬢の格好のエサとしては申し分ないわけである。
それにこれを機に女性への接し方を学んで欲しい。
「姫様……か、勘弁してくれ…………」
顔が引きつっているレイを他所に私はお姉様とお父様と合流した。父は誰かと話している最中だったようだ。
「おや、お初にお目にかかります白銀の君。今宵はお誕生日おめでとうございます。」
「ありがとうございます。ロアル陛下。」
「ほほ、これは丁寧に。やはりお主には勿体ない娘たちよのラミエットの国王よ。」
彼は現アルトス国王のロアル・アルトス・ムルターナ陛下。そう“アルトス”だ。
前に少し話したが、私の国ラミエットは三立国同盟というものを第一アルトス王国と第三エムルドア王国と結んでいる。
そして、その三つの国は元々一つだった。話は私の祖先にまで遡るのだが、元々はアルトス王国のみでそこに三人の王子が産まれた。その王子たちは仲が悪くいつも言い合ってばかりだった。そしてそれが原因で国が三つの派閥に別れてしまう。そこから紆余曲折を経て兄弟国のアルトス、ラミエット、エムルドアが建国した。
仲が悪かったのはもう昔の話で今は同盟を組むまで関係は深まっている。
「ロアルよ、その話し方どうにかならんのか。」
「一応、公衆の面前だからの。なぁに後で一杯酌み交わそうぞ。」
この二人、何かと仲が良くの仲のようだ。何でも学生の頃、よくエムルドアの現国王も混ざり三人で学を学びあった仲のようで稀にだが密会するほどだった。
「して、今日はエムルドアの国王が見えぬが何か聞いておるか?」
「あぁ。それだったら先刻、私と娘の所に詫びの手紙が届いた。何でもハームスフトが病に伏せたようだ。」
「なんと、あの頑丈だけが取り柄の頭まで筋肉男がか?」
アルトスの国王、かなり言いたい放題してる……
「あぁ、学生の頃にふざけて蠍の毒を飲ませたのにピンピンしていた奴がだ。」
「珍しい事もあるものだな。」
お父様もかいッ!と言うより、それはほぼ暗殺、殺人未遂に近いんじゃないの?まさか、あの堅気なお父様がそんなデンジャラスなおふざけをしていたなんて。あぁ、横にいるお姉様の顔が引きつっている。
「具合いが悪いといえばお主のところの第一王女……たしか、メイだったか? 体調はどうなった?」
「あぁ、まだ外に出るだけでも難しい程だ。お主のところの薬や治癒魔導師も試したが…………」
「そうか、早く良くなるといいのだが。」
「それに元々身体が弱かったのもあるが……いや、何でもない。」
話は途中で辞め目を逸らすアルトス国王。その反応からここからは口に出すのはあまり良くない会話だと察したお父様は追求しなかった。
「帝国の者は……もちろん来ておらぬか。」
「まぁ、停戦中とはいえ敵国だからな。」
「おおっと、姫様の誕生日なのにすまないな老人たちの話に付き合わせてしまって。」
「む、そうだった。では後ほどなアルトス国王。」
「おう、姫様方も今度うちの子たちに会いに来てくれ。招待するよ。したら改めて祝おう。」
ハッハッハ、と優雅に立ち去るロアルにミーシャとエルナミアがお辞儀をする。かなり寛大な人のようだ。
そしてまた別の人が私たちに話しかけようとした時、異変は起きた。
パリンッ――となにか割れる音が鳴ると周りが一瞬で暗闇に飲み込まれた。ともなればホールは大混乱、暗闇に包まれたはホールは一瞬で騒ぎ出す人達に溢れた。
私たちはというと暗くなった瞬間にお姉様は私に抱きついてきてたおかげで場所は分かる。お父様もさっきまで目の前にいたから近くに入るのだろう。護衛のレイもリンも今近くにいない。それに……
「キャーーーッ!!」
「なんだっ! どうなってるッ!??」
「キャッ! 痛い!」
「うわっ!」
段々とパニックが人に伝染して騒ぎが大きくなりはじめ状況は悪くなる一方だ。それに、それとは別に私は不安がつのる原因があった。恐らく……だけど、誰かが迫って来てる気がする。
どうにかしないと!
「お姉様、魔法ッ! 明かりの魔法使って!」
「えっ……」
私は咄嗟にお姉様に魔法の行使を頼むも突然の事でお姉様も話を飲み込めていないようだ。けれど私の不安は確定へと近づいていた。タッタッタッと走る足音が一直線に私たちの方へ近づいていた。相手は私たちの場所が分かるの!?
「お姉ちゃん、お願いッ!!」
「お姉ちゃんに任して! “闇夜を照すは”……あぁ面倒臭いッ! 詠唱省略ッ 《 天光》!!!」
右手を宙に掲げ詠唱をすませる。するとエルナミアの手から小さな光が打ち上がると空中で弾け大きな光の玉になった。かなりの光源に私も目を閉じかけるが、それより先に目の前にまで迫った手に私は一歩身を引いた。
「ぐあぁぁッ……!!」
突然の強い光にそいつが目を抑えたじろく。しかし、すぐさま取り出したナイフでまた私たちに迫ってくる。が……
「レイ……ッ!!」
レイは剣も抜かずに足蹴りで相手のナイフを弾きそのままそいつを殴り倒すと上に跨り拘束した。周りもその状況に固まっている。けど、けれど違う!私が聞いた足音は一つじゃない!
「違う! もう一人いる!!」
私の読み通り黒服の人影がもう一つ。すぐそこまで迫っていた!
刺さるッ!そう思った時、私たちを守るように目の前に人影が現れた。そのナイフの先にいたのは………………お父様だった。
「おとう……さま……」
お父様は逃がさんと言わんばかりにそいつの腕を掴み動きを止める。当たり前のように刺さっている箇所からは大量の血が流れ出していた。しかし、そいつはもう一本ナイフを取り出すとお父様に向かって振りかざした。
「この……!」
「もうこれ以上、何もしないでッ!!!------------」
感情が昂りミーシャは叫んだ。
久々に大声を出したせいかミーシャはふらっと眩暈が起きる。家族の生死にかかわる状況に大声を出すのも無理のない話だが。すると、不思議なことが起きた。
カランとナイフの落ちる音が静まり返ったホールに響く。
ミーシャは慌てて現状を確認すると、そいつの左手のナイフはカルロスに届くことなく床に落ちていた。その本人は黒い何かで身動きが取れなくなっているようだ。
周囲は何が起きたのか分からずその光景を唖然とみているだけだった。しかし、ミーシャだけは違った。その黒いものは間違いなく『影の聖女』による能力、つまりミーシャの足元から伸びている“影”だった。
「救護班を呼べッ!」
その状況に早く動いたのは執事のウォルフだ。カルロスに近づくウォルフを見てミーシャはバレる前に影を戻した。体から槍状の影が引き抜かれそこに倒れこんだそいつに駆け付けたレイが取り押さえた。
「陛下!」
「うむ………大丈、夫だ。致命傷は避けた。それよりも皆の非難をーーーーーー」
倒れこむお父様にウォルフが近寄る。どうやら、命に別状のある傷ではないようだ。しかし、良いこともそこまでだった。
「動くなッ!」
一人の男の声が響き渡りまたも緊張感が走った。
――国――
三立兄弟(協定)王国
・第一王国アルトス
・第二王国ラミエット
・第三王国エムルドア
このシュラーフェンミッテ大陸にある五つの国で上位の大国が組んだ協定である。残りの二国獣王国ライオネラは第二王国と小国アルミドラは第一王国と友好協定を結んでいるため実質大陸内での平和協定である。