第9話 〜最悪な状況〜
「動くなッ!」
その言葉に再度、ホール全体が緊張感に支配される。
声の先には一人、男の貴族が強張った形相で女性の首にナイフを押し付けていた。
その光景に騎士たちがにじみ寄るも男はガラスを女性の首に食い込ませた。女性の首から血が流れ騎士たちはそれ以上は近づくことはできなかった。このタイミングで出てくるということはどう考えてもこの暗殺者の共犯者と考えていいだろう。
「イヤァッ!」
「近づくなッ!! …この任務に失敗すると私の信頼度が落ちてしまうんですよ。」
男は落ち着いた口調で話した。
そう……恐らくこの男は暗殺者と共謀犯と考えて良いだろう。そして、あの暗闇でそこに倒れているやつは正確に私たち……いや、私を狙ってきた。つまり……
ブチッ――――
私は付けていた腕輪を外し捨てた。コレは謁見の時にこの男がしつこかったので仕方なく付けたものだが、恐らくこれが暗闇でも私の場所を把握させていたもの。
つまり最初から狙いは私だったということだ。それにまんまとハマってしまった…………
「おや、気づかれてしまいましたか。ですがまぁ、計画通りとはいきませんでしたが役目は終えましたし構いませんが。」
男は周りを警戒しながらもチラッとお父様の方を見る。私もそれにつられ見ると、お父様の顔は先程より青ざめていた。
(毒かッ……!!)
「どうです国王陛下? 我が領地自慢の毒薬は。もっともあなたに使う予定ではなかったのですが、まぁいいでしょう。ちなみに死ぬまでもって半日と言ったところです。安心してください国王陛下、解毒薬は私が持っています。」
男はそう言うと懐から小さな瓶を取り出し見せびらかす。
「私の目的は何も国王を殺すというものではないのでね。不慮の事故というものですよ。ですので、ここは取り引きといきましょう。私が提示する物はこの解毒薬……そして、そちらは“第二王女”をコチラに渡して下さい。」
その男がもちかけてきたのは最悪の提案だった。
捕まっている令嬢だけでなく国王の命がかかっているとなれば話はさらに大きくなってくる。それは、自国の王か王女どちらかを選べと言われているのと同じ事だからだ。騎士たちが剣を構えながら動けない中、男は警戒しながらだが、その光景に笑った。
「まったく本当に使えない愚図達ですねぇ。私がこれ程までにお膳立てをしてあげたというのに小娘一人も捕まえられないとは……ですがまぁ、愚図にしては最後に良い仕事をしてくれました。」
男は取り押さえられている暗殺者に向かって吐くと再度ガラスの破片を女性の首に押し付ける。これ以上モタモタしていると彼女の命も危ない。
「ウォルフ……儂ことは良い。」
「陛下……」
「迷うはずが無かろうて。キサマの提案はーー」
「お父様……私が行きます。」
お父様の言葉を遮り私は名乗り出た。
「ミーシャ、馬鹿なことを言うんじゃない。」
「お父様……この国に必要なのは国王であって王女ではありません。それに私一人で二人の命が救えるのなら―――」
「馬鹿者、娘を差し出してでも生きたいと思う親が何処に居る!!」
それでも父の忠告を無視し男の前に出ようとした時、私は腕を掴まれて止まった。そして、私の腕を掴んだのはお姉様だった。
「ミーシャ…それはお姉ちゃん許さないよ!」
ダメだよお姉様…………恐怖で手が震えてるのがバレちゃうじゃんか。
「お姉様…………ごめんなさい。」
「……ッ!!」
私はお姉様の手を振り払って男のもとへ近寄る。男はその光景を見て笑うと拘束していた女性を押し飛ばし、落ちていたナイフを拾い私を捕らえた。するとあろうことか男は拾ったナイフで私の腕を切りつけた。その状況を見ていたリンとレイが叫んだ瞬間、私の視界が若干揺らいだ。
「痛っ――――!!」
「「姫様ッ!!」」
そのナイフにも毒が盛られていたのか私は段々と体から力が抜け倒れこむ。男は私の腕を掴み自分のもとへ引き寄せると先程と同じようにナイフを首に押し付ける。
「いやぁ良いものを見せてもらいましたよ。そこで一つ良い情報をあげましょう。このナイフに塗られている毒、陛下のと同様ですが別に命を奪うほどの効果はありません。」
その言葉に、皆が驚愕する。この男の目的は私の抹殺ではなく拉致であったということ。そして、ナイフの毒は動けなくするためのもので死ぬほどの効力はないという事も。
「おおっと、それ以上近づかないでください。王女様の顔に傷がついてしまいますよ。」
男の言動にレイと騎士団たちは苦虫を噛んだ表情で動けなかった。そして男は易々と城を出ると後にすると門の近くに止まっていた馬車に乗り込み御者の者に出せと怒鳴りつけた。
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「フッ……フハハハッ! いやなに、使えない愚図共を置いてきてしまいましたが問題ないでしょう。」
馬車が走り出した途端、男は勝ち誇ったように話し出す。この馬車もおそらくこの男の息がかかったものなのだろう。それに体も全然動かない。この状況から抜け出すのは困難のようだ。だとしたらなるべく情報を聞き出すしかない。
「目的は、なんで私が必要なの?」
動けない私は主導権を握ろうと話を持ち掛けた。そして男は安心したのか悠々に話し始めた。
「ある団体に面白い話を持ち掛けられましてねぇ。詳しくは私も知りませんがなんでも儀式をするために貴女の存在が必要だとか。そして、そうすれば私は力が手に入るんですよ。なんでも思い通りになるあの最高の力がッ!!」
「だとしても、これで貴方はお尋ね者。第二王国は死に物狂いで貴方を追いかけるわ。」
「えぇ、ですから逃げる手はずも整っていますよ。といってもそれは保険に過ぎませんが。力を手に入れたら一国なぞ相手ではありません。それほどの力なのですから。」
(痺れが取れてきた……)
「おっと、時間をかけすぎましたね。拘束させていただきますよ。」
チッと心の中で舌打ちをするも状況は変わるわけではなかった。
「ふむ、幼いとはいえ噂に聞く美しさだ。このまま奴隷市場に流せばいい金になりそうだ。そうだ、力が手に入ったら奴らからまた攫って売ればよい。それかあるいは国王を脅す材料にもなるな。それかあるいは……私のモノにしてしまうのも―――――」
この下種め……お父様を傷つけただけでなく脅すなどと。もう我慢できない。幸いこの男と従者と私しかいない状況、制御できない『影の聖女』をわざと暴走させてもなんの問題もないだろう。ただ一つこの男だけは許せない……!!
「どうにか……」
そう呟いた時だった。ガタンッと馬車が大きく揺れ停止した。目的地に着いてしまったのだと私は焦るも男が慌ただしく御者の見える小窓を開けた。どうやら想定外の出来事のようだ。
「おい何故止まった! おい、聞いているのか!」
「……………………」
男が怒鳴るも御者は返事を返さず、ただこちらを睨んでいるだけだった。我慢が切れたのか男は扉を開けて外に出る。
すると真っ先に見えたのは真っ黒いフードとマントを着た集団だった。そいつ等が馬車の正面を塞いでいた。というより、待ち合わせていたのかもしれない。その時の私には分からなかった。
「一体どう言う了見だ!? まさか、止めようなどと言い出すまいな?」
「貴方はここで終わりですよ――――――」
一人の真っ白いフードを着た者が言い放つ。すると従者が男に飛びかかった。
「なッ……ぐあっ! き、貴様……ッ!」
暗闇の中、ぽたぽたと垂れる鮮血は何故か明確に感じる。そう男は刺されたのだ。
途端に私は恐怖に染まった。さっきまではあまり感じなかった恐怖が今では体が震えるほどに。
そんなことより今はこの状況をどうにか―――――
「お待ちしておりました、聖女様。」
――植物――
シキミネド
今回のナイフに盛られた毒。
ハブマスドリア・リッテンゲン男爵の領地を産地とする薬草。茎に含まれる毒は神経を麻痺させ量や接種箇所によっては心臓麻痺や呼吸障害などの命の危険性もある。