第2話 終わりと始まり
異様に白く、神々しいとまで言える長剣。それが自身に向けて振りかぶられている。その事実に駿夜は腰を抜かし、ペタリと座り込んだ。
「あ・・・あぁ・・・」
「ふふっ、無様ですね、悪しき者よ。我が主に仇なす前に消えなさい」
最早、天野が何を言っているのか駿夜の耳には届いていなかった。逃げようにも力が入らず、動けない。
駿夜は固く目を閉じ、その瞬間を待った。
しかし。
長剣が振り下ろされるよりも早く、庭に出るための掃き出し窓が割れる音が聞こえた。
「なんですか?」
天野はそちらの方向を見る。すると、窓の外から何かが飛来し、それは天野の腕に突き刺さる。
「――――――ッ!!」
「へ?」
カラン、と音を立て、天野は長剣を落とした。その音で目を開けた駿夜は天野を見る。
そこには、腕に矢が刺さり、苦悶の表情を浮かべる天野がいた。
「う・・・ぐっ! これは・・・!」
矢を引き抜き、それを投げ捨てる。駿夜は思わずその矢を目で追った。よく見ると矢の先端にガラスで出来た筒のようなものがついており、中には赤黒い液体が入っている。
「・・・あんたらには毒だよね?」
「ッ!」
声が聞こえ、天野と駿夜は掃き出し窓の方を同時に見た。そこには黒山羊の被り物を被った人間が一人立っており、身長的には駿夜よりも少し低いくらいで、声から判断するに若い女のようだった。
「・・・毒? まさか、黒山羊の血・・・?」
「せーかい。そんな貴女にご褒美をあげる」
そう言うと、黒山羊の被り物をした女はガラス瓶を投げる。そしてそれは天野のすぐ目の前で割れると、中の液体が天野にかかる。
すると、天野の全身からまるで焼けるような音が聞こえ、腕や足など露出している部分の皮膚が爛れ始めた。
「ああぁぁぁぁ!!」
ナニカが焼ける臭いが駿夜の鼻孔を突いた。そのあまりの臭いに思わず腕で鼻を覆う。
「逃げるよ」
「え? ・・・うおっ!?」
そう言うやいなや、女は駿夜を小脇に抱えて榮守家から脱出した。
駿夜の視界は目まぐるしく変わる。家の中から外、そして“上空”へ。
突然のことに駿夜の思考は着いていけずにいた。掃き出し窓から外に出たかと思うと、強烈な圧力が掛かった。圧力から開放された駿夜は目を開けると、そこには見慣れたはずの街並みが上から見えるという違う形で広がっていた。
「うわぁっ!?」
「・・・暴れるなら落とす」
そう言われて、駿夜は借りてきた猫のように静まる。いくら気が動転していようと、命を天秤に掛ければ命の方に傾く。その様子に満足したのか、駿夜を一瞥すると、女は前を向いた。
駿夜は自分を抱えている女を見上げた。
「え?」
その女の背中には羽が生えていた。
黒く、まるで蝙蝠のような羽だ。動き、羽ばたいている姿が、それが装飾ではないことを物語っていた。
そして、ふと駿夜の頭に天野の言葉が蘇る。
『私は神の使いです』
(あいつは天使だと言った。なら・・・こいつは・・・)
駿夜にひとつの疑念が芽生える。それは考えれば考えるほど確信していく。
「お前は、悪魔なのか?」
「・・・」
その問いかけに答えるわけでもなく、駿夜の問いは夜空へと消えていってた。