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人間嫌いの魔人間と脳内嫁の聖女  作者: めんどくさがり
9.ネヴァーエンディング
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七十二柱目 終わりなき魔人生

これにて最終回です。ご愛読ありがとうございました

 最近、よく夢を見る。

 どちらかといえば悪夢の類。しかも生半可な悪夢ではない。

 なにせこの悪夢は前世のものだからだ。


 前世の世界、前世の記憶、前世の……。


「私じゃないぞ。言っておくけど」

「私でもないわ。サキュバスが見せるのは淫夢だけよ」


 リムルもフェチシアも違うという。ならきっとこれは俺自身の問題に違いない。

 のだが、どう考えてもおかしい。


「これだけ幸せで、どうしてどうでもいいことを思い出す……」

「どうでも良くないからだろ」


 灼熱に滾る地獄の上、もやもやとした気分もついでに燃やし尽くしてほしいものだが。

 隣に立っているのはリムルではなくブッキーだった。


「果たされ、新たに交わされた愛欲の契り、幸福の絶頂の只中。魔人間レクトのなかで燻る何かがある。ヒントは前世の記憶。これまでの旅路でそれを喚起する何かがあった」

「それは……」

「だが、問題はそこではない。重要なのはお前の中に燻るものが何で、それを解消するにはどうすればいいか」


 何一つとして訂正することがない気持ちが良いくらい明快な説明に、俺はどう反応すればいいのか分からなかった。


「そして、私の見立てでは、お前のそれはおそらく私の司る物であろう。つまり……?」

「憤怒、と」

「そうでもなければ、悪にも善にもなれなかった者の魂焼かれるこの場所に訪れる物好きは居ない」


 要するに俺は前世に憤怒している? 前世の何に?


「お前の憤怒の矛先は、お前自身が一番良く知っているはずだ。もしくは一度捨ててしまったものなのか?」

「……いや、分かる。知ってる。俺が憤怒しているのは、人間だ」


 例えばそれは自然を愛するが故に、人間を絶滅すべきと信じるような。

 或いはそれは愚鈍を絶するが故に、人間を絶滅したいと願うようにも。


「お前の嫌いだった身近な人間は誰だった?」

「まずは親。クソ貧乏なくせに言うことは一丁前で、要するに口だけのゴミクソヤロウ。怒鳴りつけられ、殴り飛ばされ、力ない俺は恐れ、媚びた。忌まわしい記憶……」

「事細かに掘り返すことは無い。他には?」

「友人……だった奴。心通わせられていると思っていたが、勘違いだった。俺の理解者を気取って、俺は理解していると思い込んで、協力してもらえると信じ込んで、裏切られた」

「他には?」

「健常な奴らを死屍累々の地獄絵図へと引き込む社畜。常識を傘に自分を隠す臆病者。金も愛もない果てに不貞を働いて子を底無しに不幸にする自称健常者、自分のことを棚に上げて人を責め立てる邪気、小動物をいたずらに傷つける人間畜生、小悪党の醜い意地汚さ……」


 悪魔のような、活きるためのそれではない。

 思考の要らない正義に縋り、善も悪も一緒くたに廃絶する嗜好に溺れている。

 我欲に活きながら我欲に死ぬことが出来ない半端者。


 いや、数多くの架空を見すぎて現実にそれを期待するほうがおかしいのだが、しかし現実の人間共が本当にクソなのは間違いない。

 だが、今の俺には関係ない話のはずだ。


「関係のあるないの話では無い。七つの大罪を喰らい尽くしたお前だからこそ、見て見ぬ振りをしてきた物を見逃せなくなったというだけの話……即ち憤怒」

「そんなまさか……」

「燻る憤怒の火種、力ある今のお前には見過ごせないだろう。その不快感は恐らくは永遠に引きずるだろうが……」


 そんな馬鹿な。ありえるのか、そんなことが。

 満たして満たされて、俺は愛欲のままに活きたというのに。

 今更、過去の憤怒に足を取られるなんて。


「恥じるな。欲求満たされれば、また別の欲が顔を出すのは必然だ。純粋な悪魔でなく、人間であるならば当然」

「とはいえ……なんにせよこの憤怒を解決する方法が無いのでは……」


 ずっとここで、焼かれる罪人を眺めているだけなのか。リステアの夫がこれでは……。


「方法が無い? 悪魔と人間の友好を築いた魔人間レクトが、とんだ勘違いを言う」

「……なんと?」

「憤怒を晴らす方法なんて決まってるだろう?」


 ブッキーは細い腕の先にある、小さな手が握られる。


「ムカつく奴をぶん殴り、ウザい奴をぶっ飛ばす。クソみたいな奴をぶっ殺し、カスい奴を地獄に落として無限に焼き続ける。ここで焼かれてる奴等みたいにな」

「そんなの無理だろ。そいつらはこの世界には居ない。異世界にいるんだぞ?」

「それがどうした? お前はその異世界から来たんだろうが」

「どうしたって、もうダクネシアも居ないんだぞ?」

「だから、お前が居るだろうが」


 ピンっと指を指す古本の少女。

 しかし、俺がどうにかできるのか?

 ダクネシアは俺を異世界から引っ張り出したが、それも俺の魂だけで肉体は無効じゃ死んでる。

 魔人間は死ねないし、そもそも憤怒のためにこの地を去るというのも嫌な話だ。


「ほう? 悪魔と人間の友好を築くという不可能を可能にした魔人間が、次元を超えて異世界に行くのは無理だと断言するのか」

「それだってダクネシアが……」


 そこまで言って、口が勝手につぐんだ。

 なぜか俺は出来ない理由ばっかり述べている。

 欲望に対して、後ろ向きな言い訳ばかりをして、挑戦することすらしていない。

 怠惰ならば何もしたくないが故に屁理屈捏ねて何もしないよう努めるだろうが、今の俺には憤怒がある。


 その憤怒を無視するなんて、仕方ないと流すなんて、そんなのは此処で焼かれてる奴等と同じだ。

 現実を見ろ。夢を見るのも卒業しろ。金が無いから、環境が悪いから妥協する。生きる為だから好きでもない仕事に励む。嫌われたくないから周囲にあわせる。

 大人だから我慢する。常識だから過労する……うんざりするほどつまらない。


「いや、いいや……ブッキー、俺が前居た世界に行ける方法にアテは無いか?」

「異世界転移……すまないが、さすがにそういう魔本はないな。ダクネシアのように召喚ならばともかく」

「召喚……魂を召喚する時って、時空に穴とか開くのか?」

「物理的に穴が空くことは無いはずだが。お前がダクネシアに呼ばれた時のことを、もう少し詳しく聞かせてみろ」


 俺はブッキーにあの時のことを説明する。

 ダクネシアと会ったのは夢の中、とはいえ心臓を止められ、生死の境をさまよっていた。


「生死の境。魂の遊離とタイミングを合わせた交霊術に近い方法を用いたか……となれば、キーワードは死だな」

「死かぁ……そういえば、死に掛けの状態だったことはあるな」


 正教で何かと戦ってる時に頭をぶち抜かれたか何かで死に掛けたんだったか。


「時間、空間、生死、精神と肉体と魂……強引だが一つ方法がある」

「マジかよ」

「とりあえず戻るぞ。城で説明する」






 リステアとリムルたちをダクネシアの城へと招集し、玉座の間の中央に立つブッキーが説明を始める。


「というわけで、レクトの前世の世界に行く」

「いやいや待てって。なんで急に相棒の前世んところに行くんだ?」

「被った仇はどうしても億千万倍にして返したい。それが憤怒ってものだからだ」

「お、おう?」


 ブッキーがリムルを困惑させるという非常に珍しい場面が見れた。ラッキーだな。


「リムル、お前はレクトを殺してこっちに連れてきたんだったな」

「まあそうだな。ダクネシアはそんな感じでやってた」

「だが、もはやレクトは死なない。なら多少の無理も効くだろう」

「あー、つまりどうするんだ?」


 難しい話が分からないのはリムルだけではない。

 ブッキーは溜息を零した後、今度は方法を先に言った。


「レクトの前世の記憶と私たちの魔力を使って、世界に穴を穿つ」


 記憶は指向性、魔力は破壊力。

 次元の壁をぶち抜くための弾丸と火薬だという。


「前世の世界への足がかりは、レクトの記憶以外に無い。となれば射手は必然的にレクトだ。その上、必要な魔力量も相当なものだ。だからこそ魔力は効率的に運用しなければならない。その辺りは私が負うとして、リムルには魔力タンクの役割を担ってもらう」

「なんだか分からないけど、レクトの前世に行けるんだよな? そりゃ面白そうだ!」

「ちょっと待て。向こうの世界に魔力がない。どうやってこっちに戻ってくる?」

「一度開けた穴を固定すれば問題ない。向こうにはなくても、魔界こっちには無限にある。特に、魔力の湧き出る深淵に最も近いこの場所なら、穴を維持するための魔力量は十分に確保できる。そのための術式はこっちで作っておく」


 なんか、今までにないほどブッキーが頼もしい気がする。

 どういう風の吹き回しだろう。俺が憤怒の炎を心に灯したことで、気を良くしたのか?


「穴を維持する術式の構築には時間がかかるが、明日の実行までには間に合わせる。レクト、今日のところは英気を養っておけ」

「ああ、分かった」


 そうして、今日のところは解散となった。

 とはいえやることもないので、城のテラスで優雅にお茶をする。


「本当にいいのですか? あの世界に戻るなんて……」

「ぶっちゃけ迷ってる。でも、考えてみれば自然なことだ。あの頃の俺は無力だったから、逃れ逃れて安寧の地を手に入れた。じゃあ力があったらどうしていた?」

「……想像できません。レクトは優しいですから」


 優しいのか、臆病なのか分からない。

 もしかしたら人を傷つけられない本当に優しい心を持っているのかもしれないし、傷つけられたくないという臆病さからくるものなのかもしれない。


 だが、俺はもう我欲の意味を知っている。

 傷を負ってなお果たす価値のある、素敵な大罪の数々を。

 ならば俺はきっと成し遂げよう。

 多くは求めない。元よりあんな世界に欲しいものは無い。

 俺が望むのは私怨による復讐。俺の人生を貪ってきた肉親を、俺の信頼を裏切った友だった者を、あの地獄の底の紅蓮に落すための。


「きっと彼等は驚くでしょうね」

「いや、どうせ語ったところで理解できないだろう。問答無用で地獄に落す。それで満足だ」

「確かに。まるで架空のような出来事を、彼らが信じるとは思えませんね」


 魔王に誘われて魔人間になり、悪魔と人間の友好を築いて、仲間と楽しく暮らしている。

 でもお前達は許せないから永遠に苦しんでもらう、ということだ。

 それが真実かどうかを思い知るのは、地獄の業火に焼かれる最中に違いない。

 俺はそれを見て、ようやく憤怒の炎を完全燃焼させることが出来るのだろう。


 あの世界に神はなく、悪魔もいない。故に救いもなく、俺は決して許さない。

 もはや尽きた愛想に絶望する彼等の顔が目に浮かぶようだ。


 そうとも、俺はもはや人であって人でなし。

 人間ならざる魔人間。自称真人間の傲慢に憤怒し、いかなる強欲の上に立つ傲慢だ。

 愛欲リステアのために人間性を捧げ、嫉妬を力で満たし、思うが侭に欲望を暴食くらい、色欲すら踏破する。


 俺の名はレクト。永き余生のために七つの欲望と罪業を糧とする、人間嫌いの魔人間だ。

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