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五柱目 髑髏の影、紅の月

 T・ボーン・シャドウハートとアンダーストーカー。

 Tボーンはリッチとシェイドのハーフで元は人間。秘術によって魂を影に変質させ、影で骨を支配した結果生まれた。いわば影人間にして骨人間。

 そのあまりに特殊な存在の仕方がダクネシアの目にとまり、勧誘されたのだという。

 ちなみに魂は女性らしい。


 一方、アンダーストーカーは生まれながらにして純粋な狼人間。

 こと接近戦に関しては誰よりも機敏で優秀、嗅覚も利き、偵察も出来る行動派……の能力を持っているが、本人がアホみたいに臆病で、前から使えない奴だったらしい。

 ちなみに性別は雄。


 そして現在、その二人が居るという城へと向かっているわけだが。


「魔物が多いな」


 この辺りは魔物が多い。それも異常なほどに。

 右を見ればゾンビ、左を見れば野獣の類。

 動きの鈍いゾンビは群れをなして道を遮り、隙間から狼が飛び出してくる。


「まあ、取るに足らないが」


 飛び出してきた狼の顎を真下から拳で打ち抜き、掴みやすそうな首に指を食い込ませてから大きく振りかぶって投擲。

 するとゾンビの群れはボウリングのピンが如く吹き飛ばされる。ゾンピンと名づけよう。

 ただ、玉どころか砲弾と化した狼に衝突したゾンピンはあまりの威力にミンチと化す。再利用は出来ない。


「そして衛生面が悪すぎる」


 今度は二匹同時に飛び出してきたのを、両手の五指で心臓まで貫き、またそれを投擲する。

 

「アンダーストーカーのせいで狼が増えたのだろう。それでもゾンビがまだ残ってるってことは、吸血鬼は追い出されてないということ。恐らく軍門に降したのだ。こうやって世代交代の度に、その地域の魔物が増えていく」

「なるほどなぁ。さすが魔本の悪魔、博識だな」

「ってか臭いっすよ。なんとかならないんですかね?」


 クロが言うとおり、ゾンビがいるだけあって臭いが酷すぎる。

 どうにかならないものか。というか狼はこの臭いの中にいて平気なのか。


「狼も大変だな。人間より嗅覚が鋭いのに」

「悪魔の嗅覚は狼より鋭い」

「えっ?」

「だからお前の嗅覚も狼より鋭い。それでも気が狂わないのは耐性が強いからだ」


 さて、ゾンビの群れと狼の奇襲を潜り抜け、ようやく城門にまで近づくことが出来た。

 しかし、門番をしているはずのTボーンが見当たらない。


「昼休憩中なんじゃないか?」

「そんな馬鹿な」

「いやぁ、そんなもんだって。よほど厳格な悪魔の下にでもつかない限りは、大抵はゆるゆるなんだよ。戦時ってわけでもないから攻めてくる奴もいないし」


 悪魔のお気楽さが羨ましい。

 前世でもこれくらい気楽な仕事があったら、などと耽りそうになる。

 いや、俺もいまや悪魔だ。もっとお気楽を身につけてもいいのかもしれない。いいのかもしれないが、しかしリステアに辿り着くまでは……


「その何々するまではってさー、楽しいか?」

「なんだ急に」

「いんや。お前も悪魔なら、そういうのやめたほうがいいぞ?」


 悪魔の割には随分とお人好しだな、この小悪魔は。

 いや、リムルは人間が好きらしいから、俺にそれなりの思い入れがあるのか?


「変な妄想を広げるんじゃねーよ」

「俺の妄想を勝手に読むな」

「人間には寿命があるからまだいいけどさ、過程も楽しめるようにならないと辛いぞ? そうだ、昔話をしてやろう」


 俺が止める間も無く、リムルはマイペースに昔話を始めた。





 むかしむかし、一人の魔法使いが人間をやめる魔法の薬を開発し、それを使って永遠の命を手に入れた。

 それから百年が経って老いることもなく、死ぬ気配もないことで、魔法使いは大いに喜んだ。

 しかし、それも最初のうちだけ。魔法使いは次第に気力というものが失せていった。

 どれほど嬉しい事も、楽しいことも、悲しいことも、憎らしいことも、恐ろしいことも、喉元過ぎればただ退屈な、空虚な時間だけが待っている。

 やがて魔法使いはその空虚さと虚無感を怖れるようになった。まるで自分が生きていないかのような錯覚に陥るからだ。

 退屈を埋めるために、彼はなんでもやった。女子供を攫ったり、犯したり、殺したり、拷問で苦しめて楽しんだり、およそ狂人と呼ばれるようなことはなんでもやりつくした。

 それでも、彼に残された時間は無限。やがては何もかもをやり付くし、飽きてしまい、そして絶望した。

 彼はそれでも死ねないので、服用するだけで面白く、楽しくなれる魔法の薬を作り始めた。

 何種類もの薬を発明し、試しては楽しくなり、試しては楽になり、試しては苦しんだ。

 そして彼が永遠の命を手に入れてから1億年ほど経った頃、彼はありったけの薬を服用して、地獄の火山に身を投げたという……



「という笑い話があって」

「笑える要素はどこだよ」


 もうなんかすごい鬱というか、後味の悪い話だ。その魔法使いはちゃんと死ねたのか。もしかして永遠に火山の溶岩に焼かれているのではないかとえぐい妄想をかきたてる悪質な話にしか思えないのだが。


「クッ、ククク……」

「ひゃっはっはっは! 何時聞いても面白すぎですよねぇそれ!」

「えっ……」


 含み笑いを必死に堪えるブッキーと盛大に笑うクロ。どうやら大ウケらしい。

 どうしよう。誰に聞けばさっきの話の面白い部分を解説してくれるのだろう。


「クロ、さっきの話、どこらへんに笑えるところがあったんだ?」

「えぇ? 決まってるじゃないですか。せっかく死なないために永遠の命を手にしたのに、結局は自分から死のうとしちゃうなんて、頭悪すぎじゃないですか。なら最初っから不老不死なんて求めんなって話じゃないですか」

「それを不老不死の薬や数々の麻薬を作れるほどに優秀な人間が、結局は頭の悪い破滅の仕方をするというのが非常に滑稽だな。身の程を知らない者が破滅する様というのは、いつ聞いても清清しい。そうは思わないか、元人間よ」


 紫の髪の隙間から覗く金色の瞳は、まるで品定めされているような気味の悪い感覚だった。


「まあ笑いの感性はそれぞれだからな。で、この話から得られる教訓は、過程を楽しむか、楽しめる過程を選ぶかしないとキリがないってことさ」

「うーん、ふわっと理解した」

「じゃあそろそろ入ろうぜ。過程を楽しむのも大事だが、間に合わなかったら意味が無いからなー」


 そう言ってリムルは鉄門の片方に立ち、俺もその隣に立つ。


「それじゃあしっかり頼むぞ、相棒?」

「言われるまでもない」

「そうかい。それじゃあ、せーのっ!」


 同時に繰り出された蹴りが観音開きの鉄製扉をブチ開ける。

 広いホールには埃や塵が舞い上がり、正面の大階段の踊り場では、何者かが呆然と立ち尽くしている。


「おっ、早速一人目を見つけたぞ」

「あれがT・ボーン・シャドウハート?」

「て、てて、てっ……敵襲だぁーっ!?」


 真っ白な肌と、真黒な眼窩が特徴的な顔だった。

 裾が擦り切れ、影のような黒さのローブを身に纏う人骨。その姿はまさしくアンデッド……なのだが、その怖ろしくホラーな容姿からは予想できない女性のような高い声と、小物のような慌てぶりに毒気を抜かれてしまった。

 これが本当にダクネシアに仕えていた四天王の一人だというのか。


「ど、どどど、どうしてそんな急に!? お昼前に見たときは目立った影一つなかったのに!」

「落ち着いてくれ。俺たちは……」

「はーっはっはっは! お前たちの領地は今日から私たちの領地だ!」


 えっ、何を言い出してるんだこいつは。あとなんでその憎たらしい小悪魔スマイルをこっちにちらっと向けているんだ。

 おいどうするんだよこれ。T・ボーンは完全に混乱している。

 もはや収拾が……


「しっ、侵略者だぁー!? 侵略者が侵略してきたー!!」


 もはや収拾がつかない。


「クックック……闇黒番長の闇黒喧嘩殺法で、お前たちはコッペパンです!」

「いやなんだよ闇黒番長って。闇黒喧嘩殺法も聞いたこと無いし、コッペパンじゃなくてコテンパンだろ」


 クロが放った古典的なギャグにツッコミを入れていると、T・ボーンが黒い外套を脱ぎ捨てる。


「こ、このT・ボーンが相手です。わ、私の目の黒いうちは、絶対にここは通しませんよーっ!」

「黒いというか暗いんだけど」


 当然、骨に目などない。色がつくはずもない。

 さて、ボーン系アンデッドが一体どれほどの力を持つのか。


「これは、さっさと片付けた方がいいな」

「どういうことだ?」

「ほら、黒いのが居ないだろ。たぶん仲間を呼びにいったんだ」


 黒いの、と言われてよく見ると、骸骨が脱いだ黒い外套がない。


「あれがシャドウハート、影の魔物シェイドだ。物理は基本的に効かないぞ。あとそっちの骨は硬いけど、それだけだ」


 骨系のアンデッドには物理は効き難い……などという常識は魔界にはない。

 骨ごときに阻まれる刃などないし、骨ごときを砕けない腕力では魔界は生きられない。

 それはもちろん、俺も同じだ。


「相手は一人。闇黒魔王の四天王が一人、T・ボーン・シャドウハート……相手にとって不足はない」


 魔界に生まれて八年と少し。雑魚はともかく、リムル相手にはまったく勝てなかった。

 だが魔人間の肉体は驚異的な速度で成長している。


「それじゃあ私たちは見物させてもらいますかね」

「良いのかリムル、少なくとも今のアレでは……」

「いっけぇー闇黒番長!」


 前傾姿勢から一気に加速。T・ボーン目掛けて突進する。


「キシィッ!!」


 大きく横に振りかぶり、槍の鋭さと槌の重さの拳を振りぬく。

 頭蓋に目掛けて。


「ひっ!?」


 衝撃と共に飛散する頭蓋骨。

 スケルトンの頭蓋骨は硬く、その頑強さはミスリル金属に及ぶという。

 だが魔人間である俺の拳はそれよりも硬く、鍛えればオリハルコンにも勝るという。


「おぉ、こうも簡単に……」

「油断すると痛いぞー」

「い、いきなり何をするですかーッ!」


 驚いた声に反し、右手は即座に自身のあばら骨の一本を外し、俺の横腹を突き刺した。


「……なっ、えぇ?」


 思わぬ反撃だった。

 というか今までの挙動からは予想できないほどの迅速にして精確な動き。

 そして魔人間の肉体を簡単に突き破る膂力と骨の鋭さ。


「気をつけろよー。そいつ精神は幼いけど肉体は優秀だからなー」

「もう知ってる」


 思わぬ動きを見せられ目が離せないが、リムルの憎たらしい笑みが目に浮かぶようだ。

 今振り返ればすぐに拝めるだろう。いつか必ずその顔面に一発ぶち込んでやる。


「いつか殺す」

「あの、私はアンデッドなんですが……」

「いやお前ではなく」

「あぁ……リムルさんは今でも困った人なんですね。分かります。私も昔は散々遊ばれて……」

「お前もかぁ……よくもあそこまで人をおちょくれるよな」


 一撃が致命的な破壊力を誇る拳や脚の打撃の攻防の合間、リムルへの苦労を労いあう


「酷い言われようだなぁ」

「あの二人ににはほとほと同情する」

「ブッキーまで……私はこのクッソつまらない世の中を、出来る限り楽しめるようにしてやってるのになぁ」


 聞こえてくるリムルの言い分に、俺とTボーンの溜息が重なる。


「まあいい。話が通じるならそのまま聞いてくれ。俺はダクネシアから雇われた元人間だ」

「えぇっ! あのお方から!?」


 驚きと共に繰り出される拳を弾いて流す。尖った骨が頬を掠める。


「人間と友好を築くための鍵になれと言われた。お前に協力して欲しい」

「わ、私なんかがそんな凄そうな作戦にっ!?」


 懐に入り、鋭利な肘が鳩尾に炸裂する。


「ぐふっ! ま、まあそういうことだ」


 手首を掴み、腕を絡ませて捻る。

 T・ボーンの体を崩し、腕を取る。


「あっ」

「えっ」


 いや、取るといっても外すつもりはなかったのだが、勢いあまって外れてしまった。


「あぁー! 骨が! 私の骨がぁ!」

「頭蓋骨はいいのか……」


 頭蓋が粉砕されている時点で人間なら致命傷である。


「腕が使えないと不便じゃないですか!」

「なるほど。死なないから頭蓋はそこまで重要じゃないのか」

「まあ、かげっちゃんが戻ってくればすぐに治りますから」


 次の瞬間、T・ボーンは残る片腕で体を支え、蹴りを放つ。

 咄嗟に回避するも掠めた耳が裂ける。


「そ、それじゃあ、どうして私たちは戦っているんですか?」

「リムルは法螺を吹いたからだ」


 そのまま立ち直り、残った左腕が更に速度を上げた打突の連打。


「あー、どおりで殺意も何もないと思いました。戦いを楽しんでいる感じもありませんでした」

「俺は戦闘狂ウォーモンガじゃない」

「まあでもせっかくなんで、白黒つけちゃいましょうか」

「そうかい、それじゃあ……」


 捨て身の覚悟、一撃で全ての骨を粉々にすれば、何の問題もない。


「いや、時間切れだな」


 リムルの言葉と共に、凄まじい殺気に晒されている事に気づいた。

 肌に突き刺さる殺気。爆発物を近くに置いたかのような危機感。

 その存在だけで、自身の身が危ういと直感させる濃密な気配。


「あれが、吸血鬼」


 階段から見下ろす金色の髪の少女。

 充血したとかではない真っ赤な瞳。

 いつの間にか室内を飛び回る蝙蝠と同じ色の黒衣。

 可憐な少女は微笑みかける。


「なるほど、ティーが言っていたのはこやつ等か」

「あっ、戻ってきた」


 Tボーンの元に外套……ではなくシャドウが戻る。

 Tボーンとシャドウハート。二つ揃ってTボーン・シャドウハートというわけか。

 そしてこの吸血鬼は、アンダーストーカーと戦ったこの城の元主。


「ごきげんよう諸君。私の居城に何用かな」

「俺たちに用があるのはTボーンとアンダーストーカーだけだ」

「ふむ、奴に用があるのか。では上がってくるがいい、魔人間」


 こいつ、俺のことを知ってる?

 いや、蝙蝠でさっきまでの話を盗み聞きしていたのかもしれない。悪魔ならそれくらいはやる。


「おっと申し送れました、ダクネシアの眷属よ。我は吸魔王ドラグリア・ブラッドールの娘。吸血王女ドラキュリーヌ・ブラッドール。貴方とは同じ学年であるな」

「ああ、そういうことか」


 同じ学年。なるほどそれなら俺のことを知っていてもおかしくはない。

 ダクネシアという名は、この魔界では絶対的な意味を持つ。


 ダクネシアの眷属。そう呼ばれるのは初めてだが。


「私のことなど覚えておられないか。ダクネシアの眷属よ」

「せめて名前で呼べ。ブラッドール」


 俺の凄むことにどれだけの意味があるかは分からないが、ここで舐められっぱなしというのも癪だ。

 それに、ダクネシアの眷属という話が出るはずがない。


「失敬、魔人間レクト。我が蝙蝠によって、貴方の情報はあらかた押さえてある。人間との友好を築くと聞いたが……」

「それで、お前はどっちだ」


 なぜ俺たちの活動がこうも水面下でこそこそとしているのか。

 それは人間などというものは、侵略して家畜にして弄んでしまって良いという価値観が広まりすぎてしまったからだ。

 若い悪魔は好戦的で、自分より下位の悪魔や魔物を使役しては人間界を支配しようと目論んでいる者は多い。自称魔王の多さも、それによるものだ。つまりそういうことがしたい。


 俺たちはそうではない。人間とは、あくまでも対等な関係で友好を結ばなければならない。

 悪魔にとって、人間の魂とはフォアグラのようなものだ。それならサイコパスや死刑囚を使って供給すれば良い。罪の人間にまで手をかける必要はない。それは高貴な悪魔のやることではない……というのがダクネシアたちの言い分である。


 では、この吸血王女はどうか。

 吸血鬼の姿を象ったこの悪魔は、人間と対等になることを容認するだろうか。

 そして俺たちの存在が知れ渡れば、必ず邪魔が入るだろう。今すぐにでも人間界に攻め入ろうと鞘走る輩も出よう。

 そうなれば、人間と友好どころではない。人間が滅ぶか、悪魔が滅ぶかの戦争にもなりかねない。

 何より俺にとっては、リステアを危険に晒すことになる。それだけは絶対に避けねばならない。


 必要ならば、今此処でこの吸血王女を……いや、そうなると彼女の親が気付く。

 そうなれば作戦は失敗。俺がリステアに会えなくなる。


「……どっちだ」

「そう睨まないで頂きたい。我は貴方たちと敵対するつもりはない。むしろ貴方たちに手を貸そうというのだ」


 悪魔が手を貸すという時。それはこちらに見返りを要求したい時だ。

 純粋に目的によるものか、それともただの享楽の類か。


「その顔は言わずとも理解しているという顔だな。では述べさせてもらおう。私の要求は……人間と恋をすること」

「……なんて?」

「恋だ。人間とのロマンス! かの有名なベルゼビュートがビヨンデッタとなって人間の男と恋をした、あの物語のような熱い恋がしたい!」


 いや、そんなこと言われても、勝手にしてくれと言いたいところだが。

 しかしリムルの方はちょっと乗り気になってるし……


「その話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか!」

「うむ。つまりだ、お前たちが人間との友好を築くと、やはり我らの行動が阻害される恐れがあるな。復讐の手助けをしたりとか」

「……あー」


 そういえば考えていなかったが、友好を結ぶ上でやはり条件とかが設けられるのか。

 そうなると人間と悪魔の契約というものがどう扱われるか気になるところ。


「我は貴様等の計画に賛同し、協力しよう。その代わり、悪魔と人間の婚約を認められるようにして欲しい」

「人間と悪魔の婚約……婚約? 契約ではなく?」

「レクト、婚約も一応は契約の一部だぞ!」


 興奮したリムルに指摘される。そういうものか。


「我はビヨンデッタのあの物語が大好きでな、しかしあの物語は悲恋に終わってしまう。我はそれを、この身をもって覆したい。ハッピーエンドを迎えたい!」

「分かるっ!」

「分かってくれるか!?」


 あー意気投合しちゃったぞ。これは、良いのか悪いのか。

 どちらにせよ、こうなってしまったものは仕方ない。見守ろう。


「もしかしてドラっちもマンガとか読む?」

「ど、ドラっち? ま、まあ嗜む程度には」

「じゃああれ知ってるよな、変態協会長シルバーマスク!」

「いやぁ、知らんなあ……我が読むのは恋愛系で、例えば摩天楼ラビリンスとか」

「あーっ、そっち系かぁ! じゃあアレはどうだ。グールアンドラヴァーズ」

「貴様、何者だ? なぜ我の好みを……」

「フッフッフ、私は人間の創作物は大概網羅しているのさ」


 ちなみにリムルはマンガとアニメにしか興味が無いため、ドラマや劇の知識はない。


「ほ、本当か!? それではあれはどうか。キューピッドは堕天使」

「知ってる! 堕天使が人間の色恋沙汰で遊んでたら人間に恋しちゃうんだよな!」

「最終回のキューピッドとの戦いは不覚にも大泣きしてしまった……」

「泣いたのかー。あれは私は燃えたなぁ。やたら堕落寝取られエンドが蔓延る昨今の作品の中であれほど格好良い終わり方できるんだなぁって」


 ちなみにその最終回というのは、男の主人公を巡って堕天使キューピッドとキューピッドが争い、最終的に男が堕天使キューピッドを庇ってキューピッドの矢を受け、普通の人間の女性と結婚するも長続きせず、結局堕天使キューピッドと結ばれるというオチだ。俺も読まされたが中々面白かった。


「確かにあの人間の愛は確かな力を持っていた。浪漫だな」

「よーし、それじゃあお互いのラブロマンスの傑作が何か言い合ってみるか」

「貴様、分かっているのか。場合によってはそれこそ我に対する宣戦布告になるが」

「好きな作品に意地も張れない軟弱な悪魔ならそれこそ作品を語るに値しないね」


 もうそれ自体が宣戦布告みたいなものではないのかと思うが、どうやら互いの意気は投合しきってしまったらしい。


「では……サン、ニッ、イチッ!」

「小悪魔少女の純愛記じゅんあいき!」

「ブラッディ・アイ・ラブユー」


 そして、さっきまでの騒ぎあいが幻覚だったのかと思うほどに静まり返る。

 これいつまで続くんだよ。などと思っていると、リムルが先に沈黙を破った。


「……なるほど」

「やはり、種族で傑作というのは決まってくる」

「そういうことだな……」

「なんでもいいから本題に入ってくれ」


 瞬間、二人の眼光がこちらを向いた。

 魔人間になって、初めて命の危機を感じた瞬間だった。


「なんでもないです。どうぞごゆっくり」

「ダメっすよ番長、オタクを怒らせたら怖いっすよ。しかもどっちも絶対甚振るの上手いっすよ」

「だろうな……なあクロ。もう俺たちでアンダーストーカーを探そう」

「それがいいっすね。ブッキーさんもどうっすか」


 俺はやや驚いてクロとブッキーを交互に見た。

 リムルや俺はともかく、クロは特に力もない弱小悪魔だ。そんな悪魔がダクネシアの配下を軽々しい呼び方をしていいのか。


「構わない」

「いいのか? 創作者として、読者の声も聞いておかないで」

「私は私の書きたいものしか書けないし書かない。操り人形になる悪魔が居てたまるか」


 予想外に芯の通った意見だ。

 独善にして、我を貫く姿勢。やりたいことをやりたいままに押し通す心の在り方、精神の強度は打撃武器に出来る。

 不覚にも、そんなブッキーにちょっと心惹かれてしまった。


「なるほど。それくらいの気概から生まれた創作物なら一読の価値ありだな。サインくれないか」

「見る目があるな。私のファン一号として迎え入れてやろう」

「あの、早く行きましょうよ」

「あっ、わたし案内します!」


 白熱するリムルとドラキュリーヌを置いて、俺たちは城を上る。

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