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人間嫌いの魔人間と脳内嫁の聖女  作者: めんどくさがり
9.ネヴァーエンディング
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七十柱目 残酷なるは飽食の宿命

あと二話です

 俺はなんてどうしようもない男なんだ……もうダメだ、おしまいだ……。


「そう落ち込むなよ相棒ー。だから言ったろー?」

「いやでも……」


 自室の隅で落ち込んでいる俺を、リムルが柄にもなく慰めてくれる。

 やめろやめろ、急に親身なキャラになるのはやめてくれ。


「おいレクト、ちょっとホラーテイストで執筆してみたんだが……なんだこの状況は」

「あっ、ブッキー。聞いてくれよ、レクトがいよいよ飽食の時期らしくてさぁ」

「なるほど、それは仕方ない。長寿なる者、誰もがそれを乗り越えなければならない。時に不死さえ捨てて死の安寧に身を任せようとする者すらいる」

「ほらな相棒、普通のことなんだって。ちょっと気分転換すれば……」

「気分転換って言っても、なにすりゃいいのか……俺は怠惰だし、何かしたいって意欲が無いから……」


 怠惰の弱点は恐らくこの一点。

 惰性が延々と続き、惰眠を貪り飽きてなお、何か新しいことをするバイタリティもない。


「ところで、具体的には何に飽きたんだ?」

「まあ、端的に言えば……リステアに飽きたっぽい」

「うぐっ……!」


 改めて言葉にされると酷く突き刺さるな、これは……。

 そう、それは西の国、思わずラブホに泊まったときのこと。

 いつもどおりの最愛、決して色褪せることない、永久不変の愛欲の営みであるはずだった。


 だが、俺はどうしてか、なんということか……興奮しなかったのだ。

 安心感は変わらずある。信頼し、親愛している感情はある。

 ただ、情欲が湧かない。一向に湧いてこない。

 この世の誰よりも美しい肉体。きめ細やかな白い肌、黄金比を成す豊満な乳房、鮮やかな空を思わせる青い瞳……。


 どれもこれもが完璧なはずだ。そんな彼女に情欲を抱けなくなったということは、ダメなのは俺のほうだ。

 そう、俺はダメな奴だ。魔人間になろうと、俺も所詮はクソみたいな人間の一人に過ぎないと言うわけか。

 ……勘弁してくれ、マジで。


「ふっふっふ……お困りのようねマイワイフ?」

「うわ出た、痴女だ」

「私の仕込みの味はどう? レクト」

「仕込だと……?」

「新鮮なものはさぞかし上物。それでも使い込めば衰える。それは性欲も同じ」


 なんだこいつは、仕込み? 俺に何かを仕込んだ?


「確かにあなたの愛欲はすさまじかったわ。底無しとも思えるほどに……でも、底の無い欲望なんて無い。欲望は必ず満たされるもの。だからこそ、あなたは欲していた頃の熱こそを求めている」

「……的確だな」


 なるほど言われて見れば本当にそれらしい理屈だ。あながち間違いではないのかもしれない。

 悪魔だから信用は出来ないが。


「あなたは愛欲のために、さんざん私の誘惑を退けてきた。それはあなたが愛欲の熱の中に居たから。でも今、あなたの欲は既に満たされてしまった。でも、私の誘惑はあなたの記憶に刻み付けられている」

「なるほど、どーりで……」


 どおりでこいつのことがフラッシュバックすると思ったら、そういうことか。

 サキュバスの本懐、ここで発揮するか。


「なるほどな。俺は前の俺なら確実に闇黒地獄に落としたものだが、こうなっては俺にはどうしようもない」


 なにせこれは俺の問題だ。俺が見失った愛欲を、誰のせいにもできはしない。

 誰よりも自負し、誇りであった愛欲、情欲、最愛の……。


「クソ……このままじゃ落ちぶれたクズ男と同じだ」

「自分を責める必要はないわ。すべてはサキュバスのイタズラよ」

「どの口が言う……」


 ふと見上げれば、フェチシアは目の前にいた。

 俺の愛が枯れたのか、それとも欲が満たされたのか分からないが、こいつの体の淫靡さが今はやたらと目に付く。


「言ったでしょう? 欲は満たせばいい。あなたの肉欲を満たせば、また愛欲は復活する」

「……なるほどな。こうやって男は他の女を抱くわけか」

「知ってるでしょう、魔人間。人間は初めから醜いもの。汚い欲を満たしてこそ人は生きられる。それにクリスティアも許してくれるわ」


 そうだな、リステアは自らの意思で俺のハーレムを望んだ。

 もしかしたら、こういうことを予見してのことだったのだろうか。

 なら、俺がすべきは欲望の赴くままに身を任せることか。


「いいや違う。それは俺の求める愛欲の形ではない」

「むぅ、本当に堅牢な自制心ね……ならどうするつもり? 私はいつでも準備出来てるからね?」


 まずこのサキュバスの思惑に乗るのも癪だ。

 そもそも本当に俺の愛欲が満たされたというのだろうか。

 考えてみればそんなことはありえない。


 俺は愛欲を司る者。満たされたとはいえ、飽きるなどありえない。

 仮に飽きたとするならば、そこには何かしらの理由があるはずだ。

 つまり、リステアへの愛欲によって満たされない何かがある。


 それが何かを考えなければならない。

 俺の何が満たされない……いや、その答えは既に出ている。肉欲だ。

 リステアでは満たされない床事情、フラッシュバックするサキュバス。その意味は……。


「なるほどな。愛欲も難しい」


 そういえば、この世界に来てからそういうことはまったくしなくなった。

 魔界では強くなければ生き残れなかったし、この地上でさえ、その必要があった。

 だから、ここまで愛欲の限りを尽くしてきた。

 そうやってここまで来たのだ。だから、今度は俺の番だ。


 俺は立ち上がり、リステアを探すことにした。





 いざ、と扉を開けたらそこにリステアが立っていた。


「レクト、良かった。探していたんです」

「奇遇だな、俺もだ」

「というわけで、レクト以外の全員、この部屋から退出してください」

「ぐっ、まさかリステアの方から……これでようやくレクトを夢中にさせられると思ったのに! サキュバスだけに!」


 よほど確信をもって臨んだのだろう。このサキュバスは本当に……。


「と、いうわけで」

「結界まで張って、やたら原住だな……これじゃ悪魔の類はどうやっても入ってこれないだろう」


 聖女の力は魔力に対して耐性や特効力がある。リステアの力ならブッキーですら一苦労だろう。

 部屋の中央で、俺たちは手を伸ばせば触れ合える距離で立ち会っていた。


「レクト、私は見落としていました。あなたが欲していることを」

「俺が欲していること……」

「考えてみれば、私はあなたの辛さを癒すことばかりを考えて、あなたの欲望に触れることはありませんでした。そしてそれはきっと、それを触れさせまいとしていたからですね」

「愛ゆえにな……」


 愛欲などといいながら、愛を清く、欲は汚くと分けてしまっている。

 愛する人を欲望の捌け口とする行為は、やはり躊躇してしまう。


「だから今度は私の番です。私の欲をたくさん満たしてくれたあなたの、溜まった欲を受け止めたい」

「おっ、おお……?」


 ぐいぐいとこちらに踏み込んでくるリステアに、思わずよろけてベッドに腰が落ちる。

 リステアは尚も迫って、耳元で囁く。

 それは非常に淫靡で、淫乱で、節操の無いとても聖女らしからぬ言葉。


「り、リステア、そんな知識をどこで……」

「私はあなたの妄想ですから、それくらいの記憶はあります。だから……今日は存分に甘え、いえ、イタズラさせてもらいますね」

「うぐっ……で、でも」

「くすっ、こういうところで臆病なの、可愛いですね」


 俺はどう転んでもサディストではない。マゾヒストでもない。

 だが俺は攻めるよりは攻められる方が好みなのは間違いない。

 とはいえ、ここまで的確に俺の好ましい攻め方を出来るものなのか。


「ほら、もうこんなに興奮してますよ? 正直な身体ですね?」

「うぅ……あっ! ちょっ、やめっ……」

「丸見えですよ」

「っ!?」

「レクトが期待している展開こと、待ち望んでいる言葉こと。シたいこと、サレたいこと。どこまで耐えられるのか楽しみですが……あまり呆気なく漏らされてしまうと、ガッカリしてしまうかもしれません」


 が、ガッカリ? リステアが、俺に?


「もしかしたら、欲求不満で身悶えしてしまうかもしれません。もしくは我慢できずに自分で……」

「そ、そんな馬鹿な……」

「いいえ、あるいはそれに留まらず……もっと逞しいのを求めてしまうかも?」

「リス、テ……あ、ああ、なんて……!」

「さあレクト、ちゃんと満足させられますか?」


 まるで子供を扱うような慈愛と余裕に満ちた笑み。

 そして悪魔のような蠱惑と挑発的な文句。

 堅牢な信頼感が揺らぐほどに危機感を煽るシナリオ。

 ダメだ、これはもう術中にハマっている。きっと俺は造作もなく辱められ、果てる。


 否応なしに、一方的に悦ばされるこの感覚、ゾクゾクとキてたまらない。

 きっとこれもいずれは飽きてしまうのかもしれない。

 でも、俺とリステアならまたきっと新しいものを見つけられるはずだ。


 今はとにかく、このありがたい状況をしっかり堪能する以外にない。






 追い出された我らが悪魔。魔界生まれの魔界育ち。

 人間ごときに敗北を喫するなんて、本来ありえるはずはない。


 と、フェチシアは思っていたらしいな。


「結局お前は何がしたかったんだよ」

「くぅーっ! これでもダメって、これ以上どうすればいいってのよ!」


 もはや負け犬部屋とかしたフェチシアの自室は、もうサキュバスの部屋とは思えないほどにどうしようもない。

 さながら粗野な人間の一人暮らし部屋みたいだ。


「なぁ、お前は何がしたいんだ? そんなにレクトの精が必要だったのか?」

「……前にも言わなかった? 私に見合う男なんて、もうアレ以外ないのよ」

「アレってお前……」


 こいつ本当に重症だな。そりゃ確かに雌から見ればレクトって雄はごくの上に超がつくほど上物に違いないだろうけど。


 に、してもなぁ。


「あの、もしかして……」

「うわっ!? ってボーンかよ、驚かすなよ! ていうか居たのかよ!」

「もしかして、嫉妬、してるんじゃ……?」

「し、嫉妬!? サキュバスの私が!?」


 へぇ、嫉妬! インプリアルのサキュバスがジェラシー!


「インプリアルが色恋で嫉妬なんて、プハッ! クーッハハハ!」

「笑えない冗談ね……ちょっと胸が私より大きくて柔らかくて肌が白いだけで調子乗ってるの?」

「ち、ちがくて。自分に夢中になってほしいって言うのも、いちおう嫉妬だから……」


 嫉妬。それは独占欲や自己顕示欲。

 なるほどなぁ。そういえば確かにフェチシアの行動の源は嫉妬に近いな。

 肉欲を司るサキュバスが人間相手に嫉妬するなんて……。


 ああ、そいつぁ最高に素敵な話だな?


「まあまあ、悪魔だって恋することくらいあるだろ? 嫉妬くらいでそう過剰に反応しなくても」

「それは、そうだけど……」

「それに、嫉妬だって悪魔わたしたちを楽しめる貴重なもんじゃないか。せっかくだから楽しまなきゃ損だぞ?」

「それこそ言われるまでもないわ」


 そう、悪魔にとって感情の昂ぶりはとても貴重だ。

 私たちにそれを与えてくれるレクトは、その価値は命の恩人なんてのよりも遥かに重い。


「まあ、今は結界まで張られて手出しも出来ないけどさ」

「自分からハーレム作っといて、結界張って独り占めはズルすぎない?」

「確かに」


 聖女の力は神の力がベースになってる。悪魔や魔法の力ではそう簡単に敗れない。

 私の力で試してみてもいいんだが、あえてここは大人しくすることを選択した。


「これは一つ貸しってことにもできるからな」

「そうね。終わったら一人ずつ順番に、ね」


 今日も悪魔は、明日の野心を滾らせながら生きていく。昨日の敗北など嘘だったかのように。

 希望っていうのはきっとこういうことなんだろうな。いや、本当に。

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